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オネエが、パッとこっちを向いた。「ふふ、どういたしまして」そして、いつもの笑顔に戻る。それが子供みたいで、可愛くて、おかしくなった。
「何笑ってるの?」そういうオネエ、もとい、早坂さんも笑っている。
「いえ、なんでもないです」
「気になるわね。なあに?」
「いえ、それより前向いてください」
「ねえ、何の笑み?」
「いいから、前を向いてください」
それから15分程車を走らせると、窓の外の景色は住宅街へと変わっていた。
見えるのは立派な一戸建てばかりで、これぞ正に高級住宅街。車線のない道路を進んで行くと、緩い上り坂に差し掛かった。道路脇には、進入禁止の標識が設置されている。
早坂さんは、坂の手前で車を停めた。
「ここからは歩きなのよ。ちょっと上るけど大丈夫?」
子供でも余裕そうな傾斜だが。「これくらいは上るうちに入りません」
早坂さんは、でしょうねと笑った。
車1台通れるかの狭い道を、2人並んで進む。街灯まで高級に見えるのは、先入観か。
「抱っこしてあげるわよ?」
「結構です」
坂を上り切ったところに見えてきたのは、一軒の平屋だった。周りに建物はなく、家を囲むように木々が生い茂っている。先程まで見ていた景色とは別世界のようだ。
「あそこよ」早坂さんが、その平屋を指さした。
暗闇でよく見えなかったが、近づくにつれて、とても古い建物だということがわかった。日本の伝統を感じるような、木造の和風家屋だ。
草に囲まれた石畳のアプローチを抜けると、早坂さんはインターホンも鳴らさず、玄関の格子戸を開けた。
「財前さん、来たわよー」
「入りなさい」男の声だった。
早坂さんに続き、靴を脱いで中に入る。「お邪魔、します・・・」
そして、入ってすぐ右手の襖を開けた。「あら、瀬野はまだね。いつも誰より早いのに」
「さっき、向かってるって連絡があったよ。間もなくじゃないか」
早坂さんの大きな背中に視界を奪われ、声しか確認出来ない。
「雪音ちゃん、どうぞ」早坂さんの手が背中に回り、わたしを先に部屋に通した。