2
営業モードの春香が声をかけると、テーブルに突っ伏していたおじさんは顔を上げた。
「お客様、そろそろ閉店になります」
おじさんは寝ぼけた表情で周りを見回した。「あれぇ?まだ飲んでる人いるじゃんか」
「もうラストオーダー終わってるんですよ。お会計の方させて頂いてもよろしいでしょうか?」
そこでおじさんが、春香の腕を掴んだ。「あと一杯!一杯だけ!頼むよ〜」このやりとりも何度目か。春香は表情を変えず笑っているが、その笑顔が怖い。
「申し訳ありません、閉店になりますので。只今お会計の方お持ちしますね」
すでに用意していた伝票を春香が取りに来る。人間の顔って、ここまで変われるものなのか。「目据わってる。ご苦労様、はい伝票」
「セクハラクソじじい」新たに、クソが加わった。春香が伝票を持っていくと、おじさんはしぶしぶと財布を取り出した。「お客様、あと50円足りません」
「あ〜、50円ね、50円」ズボンからジャラジャラと小銭を取り出し、テーブルの上に広げると、数枚が転がり床に落ちた。
春香が一瞬、舌打ちの口になったけど、おじさんは気づいていない。
「拾いますので、そのままで」春香がしゃがんで小銭を拾っていると、おじさんは上から覗き込むように春香を見た。正確には、春香の胸元を、だ。
あのクソエロジジイ。春香じゃないが、水をぶっかけてやりたい。
会計を済ませたおじさんを、春香はやや強引に店のドアまで連れて行く。
「ありがとうございました〜、お気をつけて」
「はいは〜い、また来るね」おじさんは最後に春香の肩にシッカリと手を置き、千鳥足で帰って行った。
深々と下げた頭を戻した春香は、すぐ変身を解いた。「2度と来るなっつの」
「春香、もう少しシャツ締めたら。あの人、上からずっと見てたよ」
「知ってる。でもイヤ。このクソ暑い店内で、死ぬわ」
確かに、と納得。店内の空調は適温に設定されているけど、常に動き回っているわたし達にとって、適温という概念はない。