夜会での再会
夜闇が王都に降りてきて、粗をその懐に隠す頃。
シャンデリア煌めく王城大広間には、着飾った貴族たちが集まっていた。
楽団の生演奏が柔らかに会場内に響いていても、貴族たちの上品に見せかけた侮蔑含みの囁きや嘲りを含んだ笑い声を隠しきれてはいない。
賑やかに響いていく人々の声も、飾られた花と同じように夜会の華なのだ。
アデルは、グルリと会場内を見回した。
ドレスアップした彼女は、丁寧に結い上げたハーフアップの赤い髪には自前の金の髪飾り、形の良い耳には大振りの金のイヤリング、スラリとした長い首元には赤い石のはまった太い金のネックレスをまとっていた。
赤地に金の刺繍が賑やかに散るドレスで細い体を包んでいる彼女は、十分に華やかで魅力的だ。
にもかかわらず、隣に婚約者であるエミールの姿はない。
金髪碧眼の美形である婚約者は、アデルを会場の隅に一人残し、お気に入りの男爵令嬢と談笑していた。
アデルの目から見ても、今夜の男爵令嬢は美しく輝いていた。
ハーフアップのピンク色の髪は高く結い上げられ、そこには金の台座に青い宝石のはまった髪飾りが眩いばかりに輝いている。
可愛らしい両耳には、耳が可愛そうになるほど大きな金のイヤリングが輝いていた。
流れ落ちるピンク色の髪の先、細くしなやかな首元には青い宝石のはまった立派なネックレス。
大きな胸を目立たせる襟元に細くくびれたウエストを際立たせるピンク色のドレスは、白いレースが効いている上に腰のあたりからフワッと膨らんでいて愛らしい。
そんなお人形のように可愛らしいイングリッドが、白い頬を赤く染めてエミールを見上げている。
「あれでは、誰が婚約者か分からないな」
聞き覚えのある声に、アデルはハッとして振り返った。
そこには、ありきたりな茶色の髪と瞳で地味ではあるけど、顔立ちの整ったスラリと背の高い男性が、煌めきながら立っていた。
「……オスカーさま?」
「こんばんは、アデルさま。お久しぶりです」
オスカーが身に着けているのは茶色と白、アクセントカラーは黄色といった具合で服装まで地味ではあったが、彼の立っている場所にはパッと光が差しているのではないか、と思えるほどの存在感があった。
アデルは自然に緩む頬をそのままに、笑顔で話しかけた。
「こんばんは、オスカーさま。学園を卒業してから会う機会もなかったから……本当に久しぶりね」
「ふふふ。季節がひとつ動いた程度には久しぶりだけど。まだ半年もたっていないよ」
「あら。言われてみれば、確かにそうね」
学園生活は、今のアデルにとってはひどく遠いモノに思えた。
だが実際には、あれから一年もたっていないのだ。
時間感覚が乱れるほど最近の変化は大きいものだったのだ、とアデルは改めて思った。
楽団の奏でる曲が変わり、国王陛下がお出ましになる。
王族のダンスが終わって席に着けば、次は貴族たちが踊る番だ。
アデルを混乱させている婚約者、エミール・カルローニ伯爵令息は、機嫌よく男爵令嬢と一曲目のダンスを踊るようである。
本来であればエスコートしているパートナーと踊るべき一曲目なのだが、そこは彼にとってさして問題ではないようだ。
男爵令嬢とエミールが踊っているのを、アデルはオスカーと共に並んで眺めていた。
今夜の男爵令嬢は、クジャクのように美しく飾り立てている。
その高そうなアクセサリーやドレスを買ったお金は、どこから出ているのだろうか。
ふわふわとした綿菓子のように甘い容姿を持つ男爵令嬢は、中身までふわふわしているわけではない、とアデルは思っている。
そして獲物として狙っている令息は、エミールひとりではないだろうと踏んでいた。
実際、男爵令嬢はエミールと一曲目を踊った後、さっさと他の令息のもとへと行ってしまった。
エミールの名残惜し気な表情が滑稽に思えるほどだ。
アデルは長いまつげに縁どられた大きな目で婚約者とその恋人を観察しつつ、オスカーとの久しぶりの会話に心ときめかせていた。