贈り物? いや、ゴミでは?
春が終わりを告げる頃。
入れ替わるようにして始まるのが、夜会という名の社交である。
なかでも一番最初に行われる国王主催の夜会は、貴族にとって最重要行事だ。
特に婚約したばかりのアデルにとって、この日は特別な夜になる。
……はずである。
だが――――
「これは……着られないわね」
「そうですわね、お嬢さま……」
アデルは、エミールから届けられたドレスを広げて困惑していた。
隣から覗き込むメイドも、同じように困惑している。
アデルにとって、婚約者へのプレゼントとしてドレスが届くのは、想定内のことだ。
エミールと夜会へ同行することは決まっていた。
婚約後、初めての夜会は、お披露目の場でもあるのだ。
婚約者からのプレゼントで着飾るのは、お互いにとって礼儀ともいえる。
アデルもエミールに、赤い石の入った金のカフスを贈った。
婚約者が互いに贈り合うプレゼントは、なんでもよいというわけではない。
自分の色と相手の色が入った、それなりの品物を贈り合うのが通常だ。
婚約が決まると、相手へのプレゼントを用意するための予算も付く。
実際、アデルはその予算を使って、エミールへのプレゼントを用意した。
カルローニ伯爵家でも、アデルへのプレゼントを用意するための予算が、エミールに付けられたはずだ。
なのに――――
「こんなペラペラの安っぽいドレス……どこで見つけてきたのかしら?」
「そうですわね、お嬢さま……」
プレゼントされたドレスは、見るからに安っぽい。
青と金のドレスは、刺繍やレースもほとんど使われていないうえ、生地そのものがひどく薄かった。
貧乏な家の令嬢でも、コレは着ない。
コレが届けられたとき、リボンひとつ付いていない、全くラッピングが施されている様子のない箱に入っていたから、期待などはしていなかった。
だが、これはいくらなんでも酷すぎる。
「これは……平民が仮装するときに、使うようなドレスではないでしょうか?」
「そうね。そんな気がするわ」
メイドの言葉にアデルはうなずいた。
エミールはカルローニ伯爵家という、財力に恵まれた家の嫡男だ。
家の体面を保つため、それなりの額の予算が用意されたはずである。
なのに、こんなペラペラのドレスとは。
「これを着ていったら、かえってカルローニ伯爵家が恥をかくわ」
アデルは額に右手の平をあてて、溜息を吐いた。
言葉通り、ペラペラのドレスを着ていけばカルローニ伯爵家は赤っ恥をかいて、貴族たちの笑いものになるだろう。
プレゼントは、贈った側の財力がモノを言う。
贈り主の財力をアピールするために、プレゼントする習慣があると言っても過言ではない。
だからプレゼントされた側は、贈り主の財力を広く世間に見せつけるために身に着けるのだと言ってもいいのだ。
そんなことは分かり切っていることなので、このドレスを着ていけば、恥をかくのはアデルだけではない。
むしろ恥をかくのは、カルローニ伯爵家なのだ。
いくらエミールが気に入らないからといって、カルローニ伯爵家に恥をかかせるわけにはいかない。
「仕方ないわ。私のドレスを着ていきましょう」
むろん自前のドレスを着ていくことも、カルローニ伯爵家に恥をかかせることになる。
だが仕方ない。
宝石や髪飾りといった物も贈られていないから、カルローニ伯爵家に恥をかかせないために、他の物で乗り切るということもできない。
婚約後、初めての夜会だというのに、アデルはカルローニ伯爵家からのプレゼントを身に着けることも叶わないのだ。
とんでもない侮辱である。
(エミールさまのことは好きでもなんでもないから、傷つくこともないけど。せめて外向きに最低限の礼儀はわきまえて欲しいわね。貴族の社交が面倒であることは確かだけれど、だからってコレはないわ。エミールさまときたら、全く)
せめてエミールの色を、と考えてはみたものの、アデルは赤毛に茶色の瞳だ。
青はあまり似合わないし、金のドレスなんて派手なものはアデル好みでないので、それっぽいものは手持ちがない。
かろうじて金であれば、金刺繍の入ったドレスが数着はあるだろう。
後は金のアクセサリーを使って、どうにかごまかそう。
アデルはメイドに自前のドレスを用意させると手持ちのアクセサリーを合わせ、あれこれと悩みながら夜会の準備をしたのだった。