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第二十四話 ときめく自分が嫌

「あなた、何をしているの」

 女性の声が降ってきた。助けを求めようと声を上げようとしたが掠れてか細い助けてという声が漏れるだけだった。

 ばきぃ! と何か砕けるような音がすると共に男の悲鳴が派手に上がった。背中への圧迫感が消えて自由になる。身を起こして確認すれば、犬の獣人は伸びて倒れている。

 助けてくれたヒトに礼を言おうと顔を上げると、無機質な、機械的な顔が体に乗っていた。人間じゃない。と一瞬思ったが、咄嗟に出たのは礼の言葉だった。

「あ、あっ……ありがとうございます。助けていただき」
「大丈夫かしら。たまにあるのよね、人間を狙った強姦」
「う……や、やっぱりそういうことですよね……」

 今更ながらに体が震えてきた。女性、おそらくサイボーグか何からしい彼女は高いヒールの靴をカツンと鳴らし、しゃがみ込んで私の肩を抱いた。

「大丈夫よ。あいつは駅員に引き渡すから。もう怖いことは起こらないから」
「は、はい……」
「名前は? ああ、連れのヒトとかいるかしら。そのヒトのところにつれて行くわ。駅員に話もしなくちゃ。その前に用足してきたら。私居るし」
「あ、そ、そうですね」

 とりあえず用を足してから女性用トイレを出る。伸びている男をサイボーグの女性は肩に担ぎ、私をヒューノバーの元まで送り届けてくれた。

「な、何かあったんですかミツミさん!」
「あなた、彼女の連れならもう少し注意深くしないと。駅員室まで着いてきてもらってもいいかしら」
「ヒューノバー、その、あの」
「強姦未遂ってやつ。一応聴取受けて」
「大丈夫ですかミツミさん」

 ヒューノバーが肩を抱いてくれる。震えが未だ止まらないのもあり不安にさせてしまっているらしい。どうにか震えを止めようと思うが、なかなかどうしてうまくいかない。

 道すがら女性は駅員を見つけると話しかけて事情を話し、駅員室へと案内される。
 ヒューノバーを介しての聴取。その後警察の到着後犯人の身柄は拘束され、被害届を出すためにヒューノバーに書いてもらう。その後解放された頃には数時間経っていた。

「気を付けてね。この国人間相手だとやらかすやつ多いから」
「はい、ありがとうございます。……あれ、言葉……」

 今更気が付いたが、彼女は何故私の言葉が分かるのだろう。その疑問に彼女はすぐさま答えてくれた。

「私の機体、言語補助の機器も積んでるから。あなた随分と聞き慣れない言葉話していると思ったけれど、よほど田舎から出てきたのね」
「ああ、はい、まあそうですね」
「じゃあ私はこれで」
「あ、お名前を!」
「ルドラ、よ。今度からもう少し気をつけて見るのよ虎ちゃんも」
「ありがとうございました。では」
「ええ。それじゃあね」

 サイボーグの女性か。なんか、格好いいな。

「あの方ってサイボーグなの?」
「恐らく身体補助のためにサイボーグ化された方かと。確か、頭以外にも胸部と右腕と左脚は機械化されていたように見受けられました」
「左脚? よくわかったね」
「服の上からラインが見えましたから。……今日はもう帰りましょうか」
「え、でも……」
「怖い思いをされたんです。帰って休みましょう。大丈夫ですよ。また落ち着いたら一緒に出かけましょう」
「……そうだね。案内、次もお願いね」
「ええ!」

 ヒューノバーと共に駅から出るための道筋を歩く。だがすれ違う犬科の獣人を見ると少し、どきっと嫌な動悸がしてしまう。
 すると左手を何かが包んだ。手を見ればヒューノバーの手が重なっていた。顔を見上げるとこちらを見ながら、ヒューノバーは柔らかい笑みを浮かべた。

「手、繋ぎましょう」
「……うん、ありがとう」

 私の恐怖心を察してくれたらしく、お言葉に甘える。暖かでふわふわの手に安堵が浮かんだ。もみもみと揉んでみるとヒューノバーも私の手を揉み始めた。

「なに〜? 揉まないでよ」
「お返しですよ。手、小さいですね〜」
「ヒューノバーがでかいだけだろ」

 外に出るとまだ日は高くはあったが、それでもなんだか気疲れしてしまったのか疲労が襲ってくる。ヒューノバーがショッパーをかさかさと揺らす音と街の喧騒に耳を澄ませる。

 この国では、私たち人間は異物扱いなのかもしれないが、サイボーグの彼女、ルドラのように助けてくれるヒトも確かに居る。この国が自身にとって危険かどうか判断するのはまだ早いだろう。これから先ヒューノバーと共に仕事をして、外を知っていけば、また違った形が見えてくるはずだ。

 暖かな手に少し力を込めると、ヒューノバーも強く握ってくれた。今は彼が居てくれる。それだけでいいような気がした。

 総督府に帰り着き、自室までヒューノバーと共に歩いてゆく。流石に総督府内では手は離したが、少しばかり手が寂しい。自室に着き扉を開ける。ヒューノバーに中に入ってもらい荷物を置いてもらう。

「色々荷物持たせてごめんね」
「これくらいなんて事ありませんよ」
「ヒューノバー」
「何でしょうか」

 私は少々言い淀んだが、口を開く。

「その、ちょっと撫でさせて」
「へ?」
「あ、その、怖いのは去ったんだけれど、なんか癒されたいと言うかなんと言うか……。ヒューノバー撫でたらもうちょっと落ち着くかなあって」
「……ミツミさん」
「あ、やっぱり嫌だよね」
「いいですよ」
「え?」

 まさか許可をもらえるとは思わず間抜けな声が上がる。ヒューノバーが言うには撫でさせていいのは親しい間柄だけ、と聞いていたので少々拍子抜けした。

「その、私たち、親しい、かな」
「自分はあなたに心を許しても良いと思っていますから」
「そか」

 ベッド横の椅子に座ったヒューノバーは、どうぞ、と頭を少し垂れる。おずおずと首元の体毛に手を埋める。

「うーん、やっぱりふわふわしている。羨ましいことこの上ない」
「……くふふ」
「あ、くすぐったい?」
「そうですね。初めて撫でられた時はちょっと手つき、いやらしかったですから、今回は優しいですね」
「お前そんな風に思ってたのか……」

 そんな下心……大ありだったなあ。と懐かしくなる。耳を撫ぜたり頬を撫ぜたり、好き勝手しているがヒューノバーはくすくすと笑っている。

「その、さあ」
「はい、何でしょう」
「口調もっと砕けてもいいんだよ」
「……そうだね。そうするよ」
「うん、そうして」

 二人で顔を見合わせて笑った。なでなでと弄り回して満足すると、恐怖心はどこかに消えていた。なんだか胸が温かくもあり、ヒューノバーに礼を言う。

「今日はありがとうヒューノバー。色々世話焼いてくれたり、心配かけさせちゃったりしたけど」
「もう大丈夫?」
「うん。充電完了しました」
「はは、そっかあ」

 ヒューノバーは朗らかに笑うそろそろお暇するよ。と椅子から立ち上がったが、私に近づくと私の両手を絡め取ってぎゅっと握った。

「これからはもっと気をつけるよ。絶対守る。だから、これからも一緒に頑張ろう」
「うん」

 ヒューノバーは私の左手の薬指の指輪の上に口付けを下ろすと、ミツミ、と呼び捨てで私を呼んだ。琥珀色の瞳が私を静かに射抜き、顔に熱が上がってくるのが分かった。

「……じゃあ帰らなくちゃ、戸締りはしっかりね」
「あ、う、うん」

 入り口まで送るとヒューノバーはじゃあね〜といつもの調子で手を振りながら帰っていった。扉が閉まったのを確認して私はしゃがみ込み膝に顔を埋めた。

「ちょっとあれは絶対ときめいちゃうだろうが!」

 ヒューノバーの行動にときめいてしまった自分に、幸せだと感じる部分と反則だろうと言う腹立たしさが湧き上がり、夕食時までベッドに潜り込んで掠れた奇声を上げていた。

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