第二十五話 食事時の女子会
「それで、初めてのお外はどうだったのよ。ツガイちゃん」
「……なんで毎度そんな小馬鹿にした呼び方するんですか」
夕食時、散々部屋でうめいた後食堂へ向かい、食事中の私をミスティが見つけて食事を持って現れた。目の前に座ったと思ったら開口一番これだ。
「だあって、番の行く末は皆気になってるわよ。ここに勤める職員はね」
「人の色恋沙汰に首突っ込まないでくださいよお」
「あ、そういうの言うってことはちょっとは何かあったのね」
ミスティの勘は当たらずも遠からずだ。黙々と食事を摂っているとミスティからやじが飛んでくる。
「ねえ何あったのよ」
「……」
「キスまで行ったかしらね」
「…………」
「まさかまだ手すら繋いでないとか言わないわよね」
「………………」
「ちょっと! 無視すんな!」
「え〜? 面倒臭い」
顔を苦々しく歪めて見せると、そういう態度どうかと思うんだけど。とミスティから返事が返ってくる。そっちだって小馬鹿にするのだからこちらだって無視する権利はある。と言えば、素直な謝罪が返ってきた。意外だ。
「なんか変なモン食べましたか」
「ヒトをなんだと思ってるのよ!」
「猫ちゃん……」
「あらそうツガイちゃん! あのねえ、あなたとヒューノバーが番前提だって言ってもね。外野から掻っ攫おうとするやつは居るのよ。あんまりちんたらしてる場合でもないの」
「ふうん」
「聞いてんの?」
このガパオライス美味えなあ。なんて思考を飛ばしていると、ばちん!と目の前で破裂音が鳴り肩が跳ねた。
ミスティの両手が遠ざかってゆくのを見て、猫騙しでもされたらしいと理解した。
「聞いて。ヒューノバー狙ってるやつの噂流れてきたのよ。ちょっとくらい進んでくれないと困るのよ総督も」
「まあ、手は繋ぎました……」
「なんだ、ちゃんと進歩してるじゃない」
「ついでにもふもふさせてもらいました」
「……一気に進んだわね」
やはり獣人的には体毛を触らせるのは親しい間柄だけらしい。私にとっては通りすがりの猫でも撫でるくらいの気安い感覚だが、獣人と人間の間の感覚の違いだろうか。
「喚びビトって獣人からすると感覚バグってる認識で合ってますか」
「そうねえ。まあ、距離遠すぎたり、逆に近すぎたり、その認識でも以前の喚びビトたちは間違いではなかったとは聞き及んではいるわね」
「まあ、そこら辺の猫撫でるみたいな感覚でいるので、相容れない部分あるんですかね」
「ペットと同じ感覚で居られると困るわよ。あなた私のこともあわよくば撫でようなんて思ってないでしょうね」
無言でミスティを見つめると、次第に引き気味の表情に変わってゆく。ちょっとは期待していたところ、あるよね。
「撫でるのはヒューノバーだけにしとくのよ。ツガイちゃん……」
「そこまで引きますか……認識の齟齬ですね」
「まあアース出身者なんてこの惑星のヒトからすればどこかおかしいって認識ですもの」
「おかしいヒトをわざわざ喚びつけるの、どうかと思いますがね」
それなんですか。とミスティの食事を聞いてみる。ミートパイらしく今度頼んでみようと考える。
「話逸らさないで。ライオンの獣人の女、近々ヒューノバーに近づくかもしれないわ。気をつけてね」
「へえ〜肉食系女子ってやつですか」
「まああながち間違いではないのだけれどふざけてる場合か!」
けたけたと笑いながら言うとミスティは怒り出す。
「あなた前から思ってるけど結構楽観的よねえ」
「悪い方向に考えても物事好転はしないですからねえ」
「そういう意識若干見習いたいわね」
食事を終えて水を飲みながらミスティの食事風景を眺める。八重歯が鋭く猫ちゃんだな〜なんて呑気に考えていた。
「ま、初日に泣いてたのは女々しいけどね」
「いや〜……お恥ずかしい。でも家族友人もう死んでますって言われて泣かないやついますか」
「そりゃそうよね。なんの覚悟も無く永遠の別離なんですもの。泣きたくもなるか」
「今後の生活保証されても、やっぱつらいものはありますよ」
ミスティが食事を終えてコーヒーを飲み始めたのを見て、私もコーヒー頼んで来れば良かったな。と思考を飛ばす。手慰みにおしぼりを指で弄る。
「便利な世界ではありますけど、親がいたらなとか友人いたらなとか思わないことないですもん。もう死んでるとか考えたくないですよ。そんな残酷な事実」
「……私から言う言葉ではないだろうけれど、申し訳ないとは思うわよ。自分があなただったらって考えたことはある」
「謝罪はグリエルさんにもらったからいいですよ。ミスティさんは別に実行者でもないですし、意見できる立場でもない。ずっと続いてきた文化制度なら仕方ないところもあるでしょう」
「まあ、ね」
気まずくなりつつあったのもあり、話題でも変えるか。と今日起こったことの話をすることにした。
「私今日強姦未遂にあったんですけど」
「はあ!?」
「いやトイレ入ったら頭ぶん殴られて。サイボーグの女性の方に運良く助けられたんですが」
「……この国、人間にとっては治安良いかと言われると微妙なところもあるのよ。大丈夫?」
「ヒューノバーもふもふしたので落ち着けました」
「ああ……あなた不安そうだったから撫でさせるの許可したのね」
納得が行ったようで大変だったわねえ。と労わりの言葉が返ってくる。ミスティは目を伏せてひと息付くと私の目を見つめて話出す。
「獣人にとっちゃ、この国は住みやすい国だと思うわ。なんせ獣人が獣人のために建てた国なんだもの。人間なんて外国人感覚が強いから、排他意識強い場所もあるの」
「なんでそんな国に喚ばれたんだか」
「運が悪いわね。私が言うべきじゃないけど」
「……別に私じゃあなくても、良かったんですよね。喚ぶの」
心の奥に閉まっていた言葉が出てきた。私じゃあなくても良かった。運良くか運悪くなのか、そのどちらかと判断はできなかったが、それが私の本音だ。私じゃあなくても良かった。
「強い力を持っていたからよ」
「私以外にも居たでしょうよ。強い力の持ち主なんざ」
「……それ言われると弱いわね」
「独身で? 女で? たまたまスフィアダイブの適正があって? ヒューノバーの番にするのにうってつけだった? 私以外にもごまんと居たでしょうよ」
水を全て飲み干した。グラスをかつ、と机に置くと、肘をついて頭を抱えた。
「運悪いな〜ホント」
「……あなたには今後、幸せになってほしいとは、皆思っているわ」
「ヒューノバー狙ってる肉食系女子も居ますけどね」
「あいつが優良物件すぎるのも考えものね」
でもね。とミスティが続ける。
「あなたは幸福であって然るべきだと。少なくともヒューノバーと私やグリエル総督は思っている。それは本当」
「……ありがとうございます。その言葉だけで充分です」
「あなたにかけられる言葉は、正直私にはないかもしれない。資格もないかもしれない。それでも、満ち足りた幸福を願っているわ」
へ、と鼻で笑う。幸福。本当にそんなものがあったのならこの惑星には来ていない。怒鳴り散らすのは簡単だった。けれどミスティにぶつけるべき言葉ではない。彼女は決定権なんて持ち得ない一職員でしかない。
ミスティが私の身を案じてくれているのは事実なのだろう。たまに私を見つけては共に食事も摂ってくれる。心配だと思っているから様子を見てくれているのだろう。まあグリエルに様子を見て来いと言い付けられている線も無くはなかったが。
顔を上げてミスティの瞳を見つめた。
「ミスティさん、ありがとうございます。私のこと気にかけてくださって」
「……ええ」
「私、自身の手で幸福を掴み取るまで、頑張ってみようと思っています。前に進むしかない。後ろを見たところで、もう道はありませんからね」
私そろそろ部屋に戻ります。と席を立つ。ミスティは何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。
「また食事一緒に摂りましょう。見つけたら声かけてください」
「ええ、じゃあね」
トレイを戻して自室へと向かう道を歩く。気にかけてくれるのは有り難い。正直言って安心感もミスティに対しては抱き始めていた。けれどどうしようもない悲しみの事実だけが、胸につっかえ続けている。
この惑星に連れ去られた件、許すどうこうの話ではないのは分かってる。受け入れる他ない。誰かに当たり散らせたらどれだけ楽だっただろうか。まあヒューノバーにはキレたが。
部屋に戻ったら、掃除でもして気を落ち着けようと途中売店に寄り道して要らぬ菓子を買った。