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第二十六話 VIP対応させていただきます

「今日は我々の補佐役をしていただきます」

 目の前に居るのはグレーのハスキーの獣人の男性、シャルル。ブラウンのプードルの獣人の女性、エミリーだ。今回はこのバディの補佐役に回ることになった。

 まだあまり話したことがなかったが、サポート役か、出来るだろうか。まあヒューノバーだったのなら勝手は分かっているだろうし聞けばいいか。手元にあるデバイスで情報を閲覧する。

「今回の潜航対象者の概要を説明してみて、ヒューノバー、ミツミ」
「はい。今回の潜航対象者は女性ですね。リンダ・トワーズ、四十三歳。象の獣人です」
「マフィアグループ、チーム・カルカロットの幹部みたいですね。女性幹部ってのも珍しいですね」

 私の疑問にエミリーがそうねえ。と考え込んだ。

「アースだとどうだか知らないけれど、割と多いわよ。女性幹部。なんなら女性だけで構成されてるグループもあるしね」
「へえ。で、ですが。今回の潜航理由は内部情報の裏付けを得るためですか」
「上級幹部らしく組織内の情報に精通している人物だそうです。より上の大元の組織の情報も多く扱っている情報屋的な立ち位置だったようですね」
「うん、概要は大丈夫そうだね。今回補佐役、ミツミは初めてだろうからヒューノバーに教わりながらやってくれると有り難いな」

 シャルルは目を細めて笑顔を浮かべる。そういえばいつもは眼鏡をかけていないのに、今はかけているなと気がつく。

「その眼鏡は?」
「あ、これ? 潜航中に君たちに映像データを送る用だよ。君の眼鏡と同じだね」
「え、この眼鏡、翻訳補助だけじゃないんですか?」
「色々多機能でね。レムリィが一部使われてるんだ。だから心理内からの映像を具現化可能になっている」

 レムリィが使われているとは言え、映像データをこちらに送ることが可能……夢も映像化出来ていそうだな、この惑星。

「今回の潜航対象者の階層は第五階層までだと事前調査で判明しています。先輩方二人なら潜航可能深度ですね」
「まあだからわたしたちに回ってきたんだけれどね。サポートよろ〜」

 軽いな、エミリー……。二人は潜航室へと向かい、私とヒューノバー二人になる。マジックミラーから向こうを見ていると二人は席に座る。そろそろ潜航が始まるだろう。

「色々教えてね、ヒューノバー」
「うん。分からないことがあったらなんでも聞いて」

 砕けた口調のヒューノバーになんとなくむず痒くなる。嫌なむず痒さではないのだが、慣れが必要だ。

「潜航開始したみたい」

 ヒューノバーの言葉に監視室に備え付けられたモニターを見る。明瞭な映像が送られてきており、二人の会話も聞こえてきた。

 第一階層はどうやら自宅のようだ。自宅に情報があるかどうか謎だ。潜航対象者が捕まった時点で自宅での情報は現実世界で既に得ているだろう。
 一応書斎を調べてみてくれ。とヒューノバーが指示を出す。

『この家だだっ広いね〜』
『マフィアになったら稼げるなら転向するかい』
「先輩……冗談でも言わないでくださいそう言うこと」
『かー! ヒューノバーはお堅いねえ。流石番に選ばれただけある〜』
「はいはい、で、書斎どうなっていますか」
『目ぼしいものは無さそう。さっさと次の階層行った方がいいかもね〜。現実で警察サマがもう調べた後でしょどうせ』

 エミリーの言葉に降下のための入り口探しに移る。地下室へのハッチがあり、そこが階段になってるようだ。降り始めた二人に次の階層の情報を渡す。

「えーと第二階層はっと。学校、みたいですね」
『青春時代に傷でも負ったのかな〜。マフィアに身をやつすような』
『可能性としては無くはないだろうね』

 二人の会話を聞きながら学校の情報を見てみる。地方の高校らしい。はみ出し者でも無く、あまり目立った生徒でもなかった。と書かれている。どこからの情報なのだろうか。身辺調査でもしたのか。

 シャルルとエミリーが階段を降り切ると学校内に辿り着く。若干この惑星基準で言えば古臭く感じる校舎だ。まあ田舎の学校らしいので修繕などあまりしていなかったのだろう。

「対象者の教室は3-Bのようですね。行ってみてください」
『りょーかい』

 モニターを見ながら持ち込んでいたコーヒーに口をつける。なんとなくヒューノバーに話題を振る。

「心理潜航中の映像見れるなら、夢も見れたりするの?」
「ああ、夢も映像化出来るよ。録画も出来る機器も売られてるし。まあ悲惨な夢見たりすると、記憶に焼きついてたまに思い出しては苦々しい思いをすることになるけど……」
「……やったことあんのね」
「うん……世界が崩れゆきながら撲殺される夢」
「悲惨だなあ」
『ちょっと〜二人とも雑談してないで〜』
「あ、すんません」

 なんて謝りつつも、シャルルとエミリーも散々雑談をしているのでどっちもどっちである。

 潜航対象者の教室に着くと、笑い声が扉の前から聞こえてくる。楽しげ、と言うよりは嘲笑ってる。と聞き取れそうな笑い声だった。

 シャルルが扉を開けると、対象者、象の獣人のリンダの若かりし頃の姿があった。しかしリンダは全裸であり、身を縮こませながらびしょ濡れで写真を撮られていた。

『うっわ〜、悲惨ないじめ〜』

 げらげらと笑う周りの生徒の顔は黒塗りで素顔は判別出来ない。記憶から消したいほどだったのだろう。このいじめが普通の道から外れ、マフィアに身をやつした理由のひとつなのかもしれない。

『ここは多分情報は得られないだろう。次の階段を探すよ』
「はい、お願いします」

 シャルルの言葉にヒューノバーが返事をする。学校の中を散策し始めたシャルルとエミリーに話を振る。

「後学のためにお二人にお聞きしたいんですが、心理潜航捜査官になってから一番危険だった潜航ってありますか?」
『ああ〜そうだね〜ん〜。なんかあったっけシャルル』
『いきなり密林に降りちゃって釣り野伏になった時じゃないか?』
『あ〜、あれね。やばかったよねあれ〜。内戦地域の傭兵だった潜航対象者だったんだけどさあ。密林の中に入ったと思ったら至る所に即死系の罠張り巡らされてんの。しかも深層心理内なのに仲間上手いこと動かしまくってんのよね。死ぬかと思ったわ』

 怖すぎる。そんな潜航対象者に今後当たらないように祈ることしか出来ない。しばらく探索する二人だったが、体育館に行き着くとあそこ怪しいな〜と倉庫らしい扉を開けた。

『あ、あったあった。体育館倉庫の中』

 下降への階段を見つけたらしく二人は降りてゆく。長ったらしい階段だが、各階層別の場所に出るし思考のリセットにはなるだろう。
 コーヒーを再び口に運ぶ。ヒューノバーに話を振る。

「潜航酔いって慣れると無くなるものなの?」
「うん。深層心理へ近づく場合は捜査官側にも負担がかかるんだけれども、何度も繰り返し潜るとか、深く潜れる人と一緒なら軽減されていくよ。自分の精神も負荷に対応して強化されていくんだ」
『僕とエミリーは潜れて第七階層くらいかな。それでも結構きついんだけれど』
『ミツミはいいねえ。ヒューノバーから聞いたけれど、一気に潜っても酔ったりしないんでしょ? 才能あるの羨ましいよ』
『そもそも才能がないと弾かれる場合があるから、深層心理に潜るのは簡単じゃあないんだよ』
『一般のヒトだと潜れても第二階層。それ以上は対象者に拒否されて弾かれるか、無理矢理潜ろうとすれば自分の精神に異常をきたす場合も多いからね』

 私の能力、ある意味チート能力らしい。心理潜航は一般では資格者以外は禁止されている行為。医師やカウンセラーなど専門機関に勤める人間しか行えないのだそうだ。

 しかし違法ダイブが横行している場合もあるらしく、そう言ったのは警察が取り締まるそうだ。

『第三階層はどんなとこかな〜』
「データではマフィアグループが運営しているクラブのようですね」
『薬物売買横行してそうだね。ここからは気をつけようエミリー』
『りょうかーい』

 クラブらしき場所に出ると人々が群れている。私だったらヒト多すぎて具合悪くなりそうだな。と思っていると、あそこ怪しくな〜い? とエミリーがある部屋を指差した。クラブについての情報はこちらにあったので閲覧してみると、VIPルームらしい。

『怪しいね〜お姉さんの鼻が嗅ぎつけちゃうよ〜』
『エミリー軽はずみな行動はしないように』
『はいは〜い』

 二人は酒を頼み飲み始めた。まあ心理潜航中に酔うことはないだろう。店員に何か話しかけると、店員がカウンターを離れた。戻ってくるとリンダが現れた。

「リンダはこの店のオーナーを務めていたらしい。恐らく何かしら薬物か情報のやりとりがあったんだろう」
「なるほどねえ」

 リンダがシャルルとエミリーを先導し、VIPルームへと入る。二人がソファに身を預けると、リンダと話が始まった。

『私、エレノアと申します。上質な薬が欲しい。情報が欲しい。対価は頂きますが、ご用件は?』
「あれ、偽名使ってるのか?」
「恐らく。表向きはマフィアが関わっていない普通のクラブで通していたんだろう」

 シャルルとエミリーは情報について欲しいものがある。と机に札束を五個並べてから交渉を始めた。

『あるマフィアについてをお聞きしたいのですが』
『名前は?』
『チーム・ゼパル』
『ゼパルですか。彼らは少々荒々しいチームですね。何をお聞きに?』
『最近ゼパルに銃を流したチームがあるはずなのですが、ご存じですか? 下っ端による発砲事件が続いている』
『チーム・カルカロット。ですね。あなた方、刑事さんか何かかしらね。こんな場末のクラブに情報を求めるなんて、ちょっと腐敗してない?』

 リンダは柔らかな笑みを浮かべながら二人の様子を伺っている。

『チーム・カルカロットはわざとゼパルに銃を流したのではないかと思いまして』
『それはあり得ませんわ。カルカロットとゼパルは大元は同じマフィアの傘下ですが、ほとんど敵対関係ですもの。ボスの仲が悪すぎる故に、ね』
『しかし、部下、幹部の一存で密かに行われた取引だったら?』
『あら、そんな義理を欠く幹部いるのかしらね』

 リンダは考え込むような素振りを見せ、ああ、そうだわ。と話を再開する。

『幹部のアゼルが怪しいわね』
『違うと分かっています』
『……あら、ご存知なの』

 ふうん。と目を細めたリンダは脚を組んで笑みを浮かべた。

『抗争を故意に引き起こそうとした人物が居ます』
『へえ、そこまで知っているの』
『リンダ・トワーズ、あなただ』
『よく調べたわね。……スフィアダイバーさん』
「え、ばれてるの?」
「……もしかしたら、なんだけれど」
「うん」
「違法ダイブで上層心理なら操れるよう訓練したのかもしれない。前に気が付いたヒトがいたけれど、あれは偶然だ。ほとんどのヒトは気が付かないはずなんだ」
「うへえ」

 流石多くの情報を握っているだけある。深層心理内の自分にも口を割らないように訓練したと言うことなのだろう。

 リンダは揺らぐ煙のように掻き消えてしまった。この階層では情報はもう得られないだろうと下降への階段を探し出しシャルルとエミリーは階段に足を踏み出した。

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