第十九話 爛れた生活
階段を降りた先は路地のようだった。路地を出た場所にあったのは暗闇の中怪しくネオンが光る歓楽街。行き交う人々はちょっとアウトロー気味のヒトも混じっている。
「怖いな〜、ヒューノバーちょっと裾掴んでてもいい?」
「手を握りますか?」
「それは……ちょっと恥ずかしいので裾で」
ヒューノバーの制服の裾をつまみながら人々を掻い潜るように進む。ディリスの姿は無いかと見回すが見つけることが出来ない。
「ここに出たと言うことは、ディリスに関係深い場所なんですよね?」
『近くにクラブがあるはずです。名前はアリシィード。そこで働いていたと言う情報があります』
ヒューノバーと共に看板を探して歩く。しばらく歩けば目的の店を見つけた。半地下のようで降る階段の先に扉が見えた。
「怖いよ〜」
「自分が居ますから」
ヒューノバーに背を抱かれながら階段を降りる。扉に手をかけて開けるとクラブ兼バーのようでダンスフロアとバーカウンターが見えた。人々の顔は相変わらずノイズがかったように見えるが、数名顔がはっきりとした獣人が居た。ディリスに関係深いヒトなのかもしれない。
「……なんか女性少なくない?」
「そうですね。男性が多いような気がします」
『そこはゲイのヒトの出会いの場みたいな店なのよね。まあ所謂ハッテン場ってカンジ?』
未来においてもハッテン場って存在するのだな。と少々驚いた。この惑星、同性婚は一般的だと聞いていたが、未来においても自分の性的指向を隠すヒトは居るようだ。進んでいるように見えてそうでもない場面もあるようだ。
「あ、ディリス居ましたよ」
ヒューノバーが指を指した先に男性の獣人と話し込むディリスの姿があった。そうして肩を抱かれてどこか別室らしき部屋へと入って行った。
「あのさあ、ここハッテン場なんだよね?」
「そうらしいですね」
「なんか個室みたいな場所に入って行ったってことはさあ、そう言うことだよね」
「……そうですねえ」
ヒューノバーが遠い目をしている。ハッテン場に売春買春文化があるのか謎だが、恐らくこの店の店員だろうディリスはサービスをする側でもあると言うことだ。あまり考えたくはないが、金銭が発生する関係を客と築いているのかもしれない。前の階層で金に執着しているような気配を見せていたディリスだ。あり得なくはない。
個室を除く訳にもいかず、酒でも飲んで様子を見るか。とカウンターに向かうと、カウンターにディリスの姿があり驚く。
「何かご注文でしょうか?」
「え、あ、ノンカクテルでも大丈夫ですか?」
「可能ですよ」
「おまかせで……二人分お願いします」
「はい、賜りました」
ヒューノバーと小声で話をする。
「なんでディリスここにもいるの?」
「事前の説明で多重人格の可能性が示されていましたよね。一般的にひとつの階層に本人が現れるのはひとりなのですが……」
『そこが問題点なの。ディリス、他にもこの空間にいる可能性が高いわ。探してみてちょうだい』
お待たせしました。とカクテルグラスにノンカクテルの飲み物が出てきた。口に含むとオレンジベースのノンカクテルだ。少しずつ飲みながらバーカウンターに座って辺りを観察した。
すると他にもディリスの姿が見えた。話している相手は顔がはっきりとした獣人だ。唐突にサダオミの声が聞こえてきた。
『彼、被害者のひとりですね』
「え?」
『今こちらで調べてみましたが、二人目の被害者です。シャルディ・ノーマ。……今まで関係を持っていた方が被害者の可能性がありますね』
この店で関係を持った男性を殺害。それは何故なのだろうか。複数人のディリスが存在するこの空間。カクテルを飲み終えてフロアをヒューノバーに掴まりながらうろつく。他にもディリスの姿を確認し、相手の顔もノイズがかかっていない。顔がわかるのは複数回関係を持つに至った男性なのかもしれない。
「売春行為までして金を稼ぐって家出たいからバイトしてるって第一階層で聞いたけれど、……もしかして家庭環境が根本にあるのかな」
『可能性として高いね。虐待やネグレクトの可能性が浮上してくる』
「でも、どうして殺害に至ったんでしょうか。過去の精算、とか?」
『一旦ヒューノバーに口説かせるかい?』
「えっ!」
ヒューノバーが声を上げた。流石にそれはちょっと複雑だな。と思いつつヒューノバーに行ってみろと話してみる。
「じ、自分はミツミさん一筋です!」
『まー、無理にとは言わないけれど。じゃあ次の階層への入り口探してみな』
この店での下層への入り口か。どこにあるのか検討も付かない。ヒューノバーに捕まりながら目ぼしい場所を探してみるが見つからない。残る場所は。
「あのハッテン部屋に一番下層への入り口がある可能性高いか」
「あまり覗きたくはないですね」
別室、というか個室が数個並んでいる。この中、とんでもねえ場面が待っているんだろうな。と思いながら最初にディリスが入って行った個室の前に来た。
「頼む……このまま下層への入り口であってほしい」
「自分もそう願います」
ノブに手をかけてゆっくりと開く。下層への入り口があったことにより二人揃ってほっとした。
「異性だろうが同性だろうがまぐわいは見たくない」
「同意します……」
「まだ手繋がなくて大丈夫か?」
「はい、まだなんとか」
下層への階段に踏み出して暗闇に包まれる。ヒューノバーと共に降りながら話をする。
「この惑星って同性婚は普通って聞くけれど、やっぱり一部には受け入れられないヒトも居るものなの?」
「表立ってはありませんが、ネット上だと批判的な意見は散見されますね。友人にも同性愛者は居ますが、カミングアウトする方はやはり慎重になるそうです」
「私の時代よりはマシなんだろうけれど、ちょっと悲しいことだね。誰にだって愛する権利はあるのに、認めてくれないヒトも居るって」
私自身にも両性愛者の友人は居た。私だけに教えてくれたらしいが、両親など自分の性的指向を受け入れてくれないと、なるべく隠しながら生きていると言っていた。生きづらいものなのは地球から遠く離れ時間が随分と経ったこの惑星でも一定数居るらしい。それを思うとやるせない気持ちになる。
「ヒトがヒトを愛することができない理由が、性別って壁ってのはどこに行ってもあるものなんだね」
「性別の壁が立ち塞がる時点でアースを出た我々の意識改革が進んでいないことを思い知らされますよ、ミツミさんの言葉で」
「もうちょっと生きやすい世界になってほしいよ」
階段を抜けた先にあったのはホテルのような一室だった。玄関が入り口になっていたらしく、部屋に入ると寝息が聞こえてきた。ダブルベッドに二人獣人が眠っている。部屋を見て回ってみると、ガラス張りの風呂に大きなテレビを発見した。テレビに写っているのは、AVだった。
「ここラブホや!」
「そう、ですねえ」
スキンがベッドの周り数個散乱している。中身の液体は、言うまでもない。
「この潜航対象者の心理世界なんでこんなアダルティなんだよ。もっと優しくしてほしい私に」
『こういう場面割と多いんだよ? 心理世界って』
「心理潜航捜査官続けてたらスレそう」
心の秘密を暴く仕事なのだ。仕方がないがどうにも納得いかない私であった。
『一緒に寝てるの、三人目の被害者だね』
「そうなんですか?」
『関係を密かに持っていた人物を狙って犯行に及んでいた可能性が高くなってきましたね。事前の聞き取りや関係の掘り下げでは判明しなかったのは被害者以外にも複数人との関係を隠していた。と見ていいでしょう』
「とりあえず、下層への階段探そうか」
部屋数は多くはない。トイレや風呂を見たが別に変わったものもなく、入り口を再度開くと登り階段だった。こういう時にあり得るのは……。と玄関横のクローゼットを開けると階段があった。
「手を繋いでもらっても? ここから先は少々負荷がかかってくると思います」
「ん、手ぇ繋ご」
ヒューノバーと右手を繋ぐ。共に第五階層へと繋がる下層へと足を踏み出した。