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第十八話 まだ足りない

 潜航室に辿り着いた私、ヒューノバー。ヨークとサダオミも監視室に入り、今回の潜航対象者の概要を先輩バディの二人に説明される。

「今回の対象者は医療機関からの要請での潜航になります。犯罪を起こした方で連続殺人犯、複数人への通り魔的犯行で精神面での問題により責任能力が問われるかどうかの調査のための潜航です。表向き精神疾患故の異常行動が見られ、それが演技によるものかどうかを心理世界で精神鑑定していただきます」
「対象者の氏名、ディリス・ビリー。狸の獣人。二十一歳の男性で家族構成は両親と兄、交友関係は広くはなく、大学生らしいよ。バイトはしていたみたい」

 ヨークとサダオミの言葉に少々不思議に思ったことを問うてみる。

「一般の精神科医の精神鑑定じゃあディリスは分からなかったんですか? 責任能力」
「一般でも心理潜航出来る精神科医は居るんだけれどね。今回はちょっと特殊な心理世界らしい」
「特殊、と言いますと?」
「事前の検査で大体第六階層まであるのは判明しています。しかしながらひとつの階層に複数の本人が現れ、解離性同一性障害、所謂多重人格の疑いが出ていまして」
「こちらに回されてきたのは一般の医師に危険が及ぶ可能性があったからだね。心理潜航で自分が傷付けば最悪の事態、死もあり得る。一応ここは警務局。意味は分かるね」

 危険が及ぶ事案には警察と言うことだろうか。確かに医師に自分の身を危険に晒してまで潜れと言うのは酷か。一応私も一般人なんだけどな〜と思いつつもヒューノバーを横目で見る。こいつはガタイも大きいし、危機に陥っても頼りにはなるだろう。

「連続殺人と言いますと、何人手にかけたのでしょうか」
「五人だね。全員男性だよ。ディリスとの接点は発見されなかったから、通り魔的ってことになるね」
「なるほど」

 被害者には全く接点が無く、五人目の犯行の際に逃走したが現行犯逮捕に至ったという。全員ナイフで複数回刺されており、よく五人目まで捕まることがなかったな。と考える。

 ヒューノバーも同じ考えに至ったのか何故今まで捕まらなかったのか。と問うていた。

「犯行場所は非合法な賭場やクラブの近くでね。防犯カメラが意図的に破壊されていたんだよ。それを知ってか知らでかは分からないけれども、一ヶ月前の最初の犯行から一週間前の逮捕までずっと犯人像は不明だった」
「二人とも、潜航中は必ず揃って行動するようお願いします。特にヒューノバー、君はミツミのことを守るように。ミツミは深く潜るための鍵でもありますから」
「はい、了解しました」

 潜航室に移動して椅子に座る。対象者を挟んだ向かいのヒューノバーに話しかけた。

「ヒューノバーは危険な潜航したことある?」
「他のバディに付いてならあります。けれどこれが本番です」
「守ってくれよう。頼りにしてるから」
「ええ!」

 眠っている潜航対象者の胸に手を乗せる。私の手の上にヒューノバーの手が重なる。暖かな手で少しだけ安心した。

 目を瞑り深く潜るのを意識した。遠くに輝く緑色の光は輝きを増してゆき、瞼の裏に光が行き渡ったのを感じて目を開けた。

「ミツミさん」

 ヒューノバーの声に振り返る。いつもの穏やかな笑顔の彼だ。辺りを見渡してみると街中らしい。広くはない裏道に見える道を行き交う人々の顔はノイズがかかっておりはっきりとはしていない。

「ここはどこだろう」
「この後ろの店、恐らく対象者の勤めていた店かと」

 見た感じシンプルな作りだ。外からはどんな店なのか分からなかったが、ヒューノバーと共に中に入ってみることにした。自動扉が開き、そこに並んでいたのは……。

「アダルトショップゥ!」
「わあ〜……なんか、カラフルですね」

 流石のヒューノバーでも言葉が見つからなかったらしく無難な答えが返ってきた。なんかAVとかエロ漫画に出てきそうなバイブとかオナホとかがところぜましと並んでいる。まあ、自分には無縁の世界だし観察してみるか! と私は開き直って店内をうろつく。

「おいおい、未来のオナホって遠隔機能付いてんのかよ! 魔法のオナホか!? エロ漫画じゃあねえの!」
「なんか興奮してませんかミツミさん……」
「ごめん面白くって……」

 オナホとディルドが二つセットになっているパッケージを手に思わず叫ぶと、若干引き気味のヒューノバーの声が降ってきた。お前も自由に見て回りなさいよ。

『ちょっとあんたら、あたしたちのこと忘れてないかい?』
「面白くないですかアダルトグッズって。私興味深々ですよ。未来のアダルトグッズ面白すぎる」
『そういうのはヒューノバーと現実世界で行きなよ』
「現実世界ではちょっと怖いので……もうちょっと! もうちょっと見せてください! 推しカプの妄想の肥やしにしたいんです!」
『仕事しな!』

 ヨークに叱られて泣く泣くアダルトグッズを棚に戻した。泣き真似をしながらヒューノバーに背を押されてレジの向こうのバックヤードらしき入り口に向かう。誰かの怒鳴り声が聞こえてきて思わず跳ね上がる。

 ヒューノバーの後ろに隠れて盾にしながら入ってゆく。棚の影にヒューノバーが身を隠しながら見てみろとジェスチャーが来たので覗いてみると、潜航対象者のディリスの姿があった。

「お前は何度言や分かるんだよ。あの会社は大口なんだよ。お前がコミュニケーション能力に問題あるったってなあ、ちゃんと接客してもらわないと困るんだよ!」
「すみません……店長……」
「あーも、その陰気くせえツラ見たかねえんだよ。言い過ぎたよ。ちょっと休憩してろよ!」

 店長と呼ばれた獣人が奥の部屋に入って行った。ディリスは椅子に座り込んで俯いている。ここは出て行くべきかと問おうかと思っていると店長の姿が見え、大人しく隠れていることにする。

「ディリス、ほれコーヒー」
「あ、ありがとうございます」
「ディリス、おまえ早く家出たいんだろう? もう少ししゃんとしなきゃいけねえよ。大学行きながら目標持って働くのは偉いよ。おまえの元々の気性でもよ、もうちょっと頑張らねえとな」
「はい……すみません店長、僕なんか雇ってもらってるのに、しっかりしないといけないのに」
「……おまえがどんな人生歩いてきたかは知らねえよ。でも助けてくれって声あげりゃ、助けてくれるやつはいるんだよ。どっかの言葉で声あるものは幸福なりっつーしな」

 ディリスはありがとうございます。と告げると再び俯く。ディリスにとってはこの店はどんな存在なのだろうか。下に向かう入り口を探すべきかとヒューノバーに告げるとそうしようと返ってくる。ここは夢想の世界だ。ディリス自身に気づかれなければバックヤードの奥にゆけるだろう。

 そう広くないバックヤードの裏に、ディリスにばれないように向かう。一応店長の視界からも隠れるようにこそこそと向かうが、ほぼ堂々と言う言葉が似合う通過方法で裏に向かった。
 更衣室らしき部屋、更衣室はカーテンで仕切れるように作られ、他の空間はダンボールが積まれた倉庫のようだ。外に出る裏口らしき扉を開けると暗い空間に階段が存在していた。

『次の階層は第二階層だよ。事前調査では大学だ』
「行きましょう、ミツミさん」

 ヒューノバーと並んで階段に足を踏み出す。かつかつと靴音が空間に響き、振り返ると入り口が遠ざかってゆくのが見えた。前を向くが、一面暗闇でまだ出口は見えない。

 五分ほど階段を降りただろうか。木製の扉が遠目に見えた。そこまで降りてヒューノバーがノブを捻って開ければ、学校らしく獣人が廊下を行き交っていた。顔はノイズで見えない。

「大学って言っても、ディリスはどこに所属を?」
『法学部法律学科です。司法書士を志していたようです』
「法律学科の生徒がアダルトショップの店員ねえ」
「親に隠したい事情だったのでは? 家を出たいということが」

 アダルトショップならば普通の学生は訪れることも少ないのかもしれない。誰にも働いて金を貯めることに関して知られたくなかったのだろうか。

 大学は広そうだが、どこを探すべきかと思案する。

「ディリスはゼミとかには所属していたんですか?」
『東棟のカナサと言う教授の研究室に所属していました。地図を送りますので行ってみてください』

 眼鏡型デバイスに位置情報が送られてきた。ヒューノバーと共に大学構内を歩き出す。中庭には自然が溢れており休憩中の学生も多い。

「ここ、自分が通っていた大学なんです」
「あ、そうなの」
「カナサと言う教授は確か、民法などの法学の教授だったと記憶しています。まあ自分は履修しなかったのでどう言った人物だったかは覚えてはいないのですが。友人が法律学科だったので話を聞くくらいで」

 ちちち、と鳥の鳴き声の聞こえる中庭は穏やかだ。しばらく中庭を進み構内に入る。位置情報の教授の研究室に辿り着き、中に入ってみる。

「……誰も居ないね」
「留守ですか。あ、ボードデバイスに留守にしますって書いてありますね」
「あ、本当だ」

 ホワイトボードの代わりに使われているボード型のデバイスには達筆で留守にしますと書かれている。研究室の壁の棚一面に本が並んでおり、題名を眺めてみると法律や経済に関する書物が多い。やはり以前の潜航でも思ったが、紙の本はある程度重宝されているらしい。私も電子書籍より紙の本の方が好みだ。

「ちょっと隣の部屋覗いてみます」
「うん」

 ヒューノバーが隣の部屋に向かったのを見た後、本棚の本を眺め続けていると私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「どったの?」
「そ、その……ちょっと、この部屋は見ないでください」

 何か見つけたらしい。見るなと言われると見たくなるのが人の性。向かおうとするとヒューノバーが通せんぼするので、じり、と拮抗状態になり腕を広げている。

 私はここだ! とヒューノバーの脇をするりとすり抜けて扉を開いた。そして瞬時に閉めた。

「フェラしとる!」
「だから見ない方がいいと……」

 ディリスが誰か男性の性器を口に咥てて、……まああんなことをしていたのだ。部屋の状況からして恐らく教授だろう。留守にしますというボードの言葉は人避けか。と納得がいった。

 扉を薄らと開いてみると、行為は終わったらしい。ディリスは何か紙……紙幣らしきものを受け取っていた。教授がこちらに向かってくるのを見てヒューノバーと共に机の下に隠れる。部屋を出て行ったのを確認し、ディリスも奥の部屋から出てきた。紙幣を数えながら、まだ足りない……と呟くと部屋を出て行った。

 二人で机の下から出る。

「ディリス、売春行為してまで金貯めてたってことなの?」
「体を売ってまで家を出たいと思っているんでしょうか」
『一応隣の部屋を探してみてください。下層への入り口があるかもしれません』

 やだな〜行為していた部屋に入るの。とためらいつつ隣の部屋へと入る。PCや書類などが積まれた机、掃除用具入れらしいロッカーが目に入った。

 掃除用具入れを開けると暗闇が包む階段が見つかった。

「降りてみようか。まだ手繋がなくても大丈夫?」
「はい。まだ普通に潜航は可能です」
『次の階層は、ちょっと危険かもしれません。気をつけて』

 サダオミの声に深く息を吸う。ヒューノバーと共に階段に足を踏み出した。

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