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小さな村の大きな戦い 後編

デザートが出てしばらくしたらトガリとイーグがいなくなった。そうだ、今度はこっちの番なんだった。
しかし、圧倒的だったな……モグラ連中の出す料理は。まあ祝いの席に出す料理だから超豪華だってのは分かるけど、その内容が凄まじすぎた。長老の交代の儀式の時でしか出さないってきたもんだ。
だからこそ逆に心配なんだ。トガリは一品で勝負すると話していた。しかもモグラたちからは材料の提供を一切受けずに、もってきた食材だけで挑むと豪語していたし。
勝算あるのか……? いやそれ以前に、俺の方だって一刻も早くスーレイに行かなきゃならねーんだし。こんなトコで足止め食らってるわけにはいかないんだ。
「おとうたん、お腹いっぱい?」
俺の膝の上にいるチビが聞いてきた。こいつもすごい食いっぷりだったしな。
「まだまだ食えるぞ。そっちはどうだ?」
と聞いたら答え代わりにゲフゥと大きなげっぷで返してきた。かわいいもんだな。

「たしかに今まで食ったことないメシだらけで圧倒されたし全部平らげちゃったけど、あまり心には残らなかったな……」
「そうだよね、パチャのとこで食ったお祝いの料理の方がずっと良かったっていうか」
トカゲと人間の年の差夫婦がふと、そんな会話をしたのが耳に入った。
なるほど……な。それをチビに聞いてみても、全部おいしかったとしか言わなかったし。
「結局のところ優等生すぎた……って感じですね。後からこんなこと言うのもちょっと気が引けますが」

ロレンタが追い討ちをかけるようにそう話した。うん。まさにそれかも知れない。
あくまで「勝負のために贅を尽くしただけ」の中身。「俺たちを歓迎して、心を込めて作ってくれたのか?」要はそれに尽きる。
たしかに美味かったし、味の勢いに任せて食ってしまったが、それだけなんだよな……

あれこれどうでもいい考えをめぐらせていたら、トガリたちのいる厨房の方から香ばしい香りが漂ってきた。これはイーグのパンだな。つまりはパン料理……まさかそんな。それじゃトガリの出る幕無いし。

耳を澄ますと、イーグとジールの会話が入ってきた。
「ルースがいなくなった……?」
「ああ、いちおう例のスパイスだけは置いてあったんだけどな」
「どうしたんだろう……まさか捕らわれたとか、かな」
「その前もあるしな。ついでだから俺っちはちょっとあいつを探してみる。トガリにはこのこと言うなよ」

え、ルースが行方不明……!? 何か事件に巻き込まれたのか?
いや、俺も動いた方がいいのか……くそっ。こんな時に!
そんな苛立ちを抑えるべきか迷ってる矢先のことだった。ついに……トガリの作った料理が運ばれてきたんだ。
従者みたいなモグラたちが石のテーブルに乗せて運んできたのは、まだ熱く湯気のたちのぼる丸いパン。
それだけ……ああ、それが全てだった。

そして当然、疑問の声だって上がる。
ー聞いた話だと、このパン一品だけだとか?

ーふざけるな! 我々があれだけ用意したにもかかわらずたったこれだけとは!

ードゥガーリはわしらをバカにしているのか!?

ーこんなもの食うに値しない!

徐々に怒りと疑念の声が大きくなっていく。いや当然と言えば当然かも知れねーけどな。
「ドゥガーリ、お前は我々をもてなす心を持ち合わせてはいないのか!」
一人の放ったその声に、たちまち周りが賛同していき、いつしか大広間を埋め尽くすほどの罵声にまで発展していった。
「なんでだよ……僕らアラハスは穏和な一族じゃなかったのかい? なんで……なんで分かってくれないんだよ……」
声に押しつぶされ、今にもトガリは泣きそうだった。
もちろん俺だってそうだ。この一品に込められた想いを食わずにダメにする気かこいつら!
頭にきた……本来ならコイツら全員ぶん殴りたい気持ちだが、そんなことしたらトガリの一族皆殺しにもなりかねないし。

「いいかげん黙れ! このクソモグラ!」

……悪い、久々にキレちまった。

チビを除く俺の周りの連中がみんな驚いてた。でもってモグラ共はみんな驚いた顔をして静まり返っていたし。
唯一ビビってなかったのは、俺の足元にいたチビ一人だけ。そうだな、慣れてるからかな。

「ごちゃごちゃうるせえんだ! 出したメシが一つだろうがなんだろうが関係ねえだろうが!」
悪い。こんなにイライラと怒りがおさまらなかったのは久しぶりだ。いや数年ぶりか?
「いいかクソモグラ! 戦いを挑んできたのはお前らだろうが! それに対してグダグダ文句言うのはお門違いだろ! 出された以上屁理屈言わずにさっさといただきますしやがれ! それが礼儀ってモンだ!」
ああ、こんだけ怒鳴ってもまだ怒りがおさまらない。
「トガリはお前たちの家族だろ!? コイツのもてなしになんでいちいち文句叩くんだ! てめーらの都合で縁切ったりするなんてもってのほかだとは思わねーのか!」
「し、しかしな……こここれはアラハスを出た者に対する我々の儀礼であって……」
俺の気迫にみんなが怯えるなか、一人歩み出てきた白髪頭が。コイツ長老だっけか?
「おうよクソジジイ! いいか、俺はトガリのダチだ。コイツのいいとこも悪いとこも全部、あいつのクソ親の次に知ってるつもりだ。だから分かるんだ! あいつがどんな気持ちでこの勝負に挑んだかってな。トガリは少しでも親に報いたいんだ、そして超えてみたいんだ! 口ベタだから絶対に言えないと思うけどな。だから俺が代わりに言ってやる!」

勢いで俺はトガリの頭を鷲掴みにし、まるで赤ちゃんを見せるように大きく掲げた。
「トガリはな、これから世界一の料理人になるやつだ!」
「ちょ、ちょっとラッシュ! そんなの無理!」
トガリが空中で足をバタバタさせながら言ってきたが、俺はそんなこと関係ない。

「こいつは最高の料理人で俺にとって最高のダチだ! 文句があるなら全員かかって来い! まとめて相手してやる!」
「ドゥガーリ……」

ふと、俺の声をさえぎるかのように、またモグラ共の中から一人が立ち上がった。
手には例のパンを持って、メガネの奥から大粒の涙を流しながら。
「いま、いま食べてようやく分かったわ……あなたの言いたいことが」
そう、立ち上がったのはトガリの母ちゃんだ。
少しづつちぎったパンの中からたちのぼる湯気。その中には熱々の赤いシチューが詰められていた。
それに触発されたかのように、一人、またひとりとパンの蓋をあける。
特製のトマトの煮込まれた香りが、瞬く間にあたり一面にただよってきた。

「……そうだよ母さん。そうやって食べるんだ。器のパンをシチューに浸してね」
俺の元から離れたトガリが、小走りで両親のところに向かった。
「今ぼくのいるリオネングはひどい飢饉なんだ。食べるものがことごとく傷んできちゃって、残されたものはほんのわずか。けどそれもだいぶ味が落ちてきてしまって……それをかき集めて作ったのがこのパンシチューなんだ」
口にしたモグラ共がざわめき立つ。
「けどね、パンだけじゃダメ。それにシチューだけでもダメなんだ。ほらね、なにか味が足りないでしょ? けど二つを合わせればきっと美味しいって思うはず」
そうしてトガリは、笑顔で俺に向き直った。

「片方だけじゃダメなんだ……まだまだ僕たちは。だからこそ力を合わせて最高の料理を作れるまでにした。今はこれが精一杯のもてなし」
そんな最高のパンシチューを口にしたモグラの中から、すすり泣く声が聞こえてきた。

「勝ち負けなんか僕はまったく考えてない。今はただ、アラハスのみんなに分かってもらいたかった……一人だけでは未熟な僕たちのことをね」

トガリの母ちゃんは、パンとシチューと交互に食べていた。
「そうよね。あなたの言う通り。パンだけじゃ、シチューだけじゃ全然味が足りないわ……けどこの二つが合わさるとすごく優しい味になるの。とっても不思議。懐かしくて、それでいて心の中が洗われるような」
「母さん! 騙されてはいかん! それはトガリたちの罠だ……ってムググ」
後ろで文句を垂らしているのが親父か。母ちゃんは笑顔で口にパンシチューを突っ込んだ。内心怒っているのだろうか。
「んぐ……ハッ!?」どういうことなんだ? あれほどまでに頑なな態度だったトガリの親父まで、トガリの料理を食った途端、突然がくっとひざから崩れ落ちた。
そのまま何も言わず、一心に、黙々とパンシチューを。
「……パンの香ばしさが全然生かされちゃいない。それにジャガイモまで煮込まれすぎて溶けちまって……相変わらず成長してねえじゃねえかドゥガーリ……」
「父さん……」
「だけど、だけどなんでこんなに胸の奥にまで染み渡るんだ。美味くもねえし不味くもねえ。けどこれはお前なんだ、お前たちなんだ……!」
駆け寄った二人は、そのままぎゅっとトガリの身体を抱きしめた。
「母さん、父さん……!」
「ありがとうドゥガーリ。そして私達の負けよ。どんな高級な料理だって、あなた達の心のこもったものの前では無力だってことをね」

三人のメガネから大粒の涙が滝のようにこぼれ落ちていた。それを見ていた俺もちょっと泣きそうに……ってそうじゃねえ!
「目を覚ませ! 騙されているのはお前たち二人の方だ! リオネングの者どもは我々アラハスを……!」
「イーグ、頼んだよ!」
「よっしゃあ!」イーグはまだまだ文句を垂れまくるクソモグラの口に、奴らが手にしていたパンシチューを詰め込んでいった。
なんなんだこれ、つまりはトガリの料理になにか仕込んでいたってことなのか?
「なるほどな。催眠を解く逆位のスパイスを使ったということか……あのモグラ、なかなか頭が切れるな」
足元でチビが……いや、声はそうだけど口調が違う。またネネルが乗り移ったのか!?
「ラッシュ、お主も勘づいておったろう。アラハスの連中は集団催眠にかかっていたことにな」
それはさっきトガリから聞いてはいたが……一体誰がなんのために?
「仕掛けた者はある程度察しはつく……つまりはここでお主らを足止めする気だったのであろう。しかし……」
「しかし……ってまだ何かあるのか?」
虚な目のチビは、一呼吸置いて大広間にいるたくさんのモグラ共に目をやった。
「あてがわれた料理はごく僅か。催眠を解くにはまだまだ足りなすぎるぞ」

そっか。トガリの親だけじゃなかったんだ……ここにいるクソモグラ共全員にトガリの料理を食わさせなきゃならない。
しかし流石にそれは……

その時ふと、違和感のある匂いが俺の鼻の奥をくすぐった。
さっきの料理の匂いとか、大広間の人いきれとはまた違う。草を燃したような……ってこれ、親方の部屋で頭痛くなるくらい嗅がされた記憶が!
お香だかなんだかよく分からねえけど、とにかく人間が好きな匂いだったっけか。

「ふう、どうやら間に合ったみたいだね」
その声に振り向くと、肩で大きく息をしているルースの姿が。おまえ今までどこに消えてたんだ!

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