激戦迸るビルサ城の外。城下の町では町人達が集まっている。その中央には隻腕の侍が座っている。
「なぁあんた! あの城でビルサ達と戦っている奴らがいるって本当かい? そいつら何者なんだ?」
町人達が、隻腕の侍を囲んで尋ねている。町人達は心なしか、少し息を荒くしている様に見える。
「・・・本当だ。どこの誰かも知らんが、恐らく二人組。一人は大きな薙刀を持った大男。もう一人は、まだ若いが世にも奇妙な能力を使うと聞いた。大男の方とは相まみえたが、向こうはかなりの手練れ。俺達では全く歯が立たなかった」
隻腕の侍が、ポツリポツリと呟く。町人達は息も忘れ、話を黙って聞いている。
「・・・しかし、ビルサは十二支将軍の幹部。皆も知るように、神通力も有している。更に、軍隊長のコルゾや二本牙の二人、城には百人以上の兵が待ち構えている。彼らにとって圧倒的に不利な状況だ」
状況を聞いた町人達は、顔色を曇らせる。
「・・・そうか。いくらその二人が強くたって、あいつら化け物とそんなに侍がいたんじゃあなぁ・・・」
「あのお兄ちゃんなら、きっと勝ってくれるよ!」
突然の声に皆が振り返ると、そこには一人の少年とその母親が立っている。母親は怪我をしているようで、体に包帯を巻いており、少年が傍で体を支えている。
「あのお兄ちゃんは、おれたちを侍から守ってくれたんだ! 二本牙の一人だって、あっという間に倒したんだから!」
少年が興奮しながら、身振り手振りを交えて皆に伝える。
「あの二本牙を・・・? そんなに強ぇならもしかして・・・」
町人達が、一様にビルサ城を見つめる。
「・・・俺は、もうビルサの支配下なんて嫌だ」
一人の男が呟く。すると、周囲の町人達が俺も私も、と続いていく。ビルサが支配するこの町では、まるで町人達の言動を監視するかのように、常にビルサの侍が町を徘徊していた為、思ってはいても口に出すことさえ出来なかったのだ。そこに来て、思いがけずにやって来た猛者に町人達は、この悪夢を断ち切ってくれるかもしれない、という希望を託さずにはいられなかった。
「・・・」
隻腕の侍は、町人達の声を聞き俯く。この侍は、元々ここの領地を統治していた大名に仕えていた。そこへ突如としてビルサ率いる軍が攻め入り、あっという間に占領されてしまった。その強さに、他の兵達は皆戦意喪失し寝返ったが、この侍だけは最後まで抵抗を続けた。だが、ビルサにその忠誠心を逆に気に入られ、主君と町人達の命を囮に揺すられ、ビルサの下で悪政の手伝いをさせられていた。町人達が苦しむ様子を見ていながら、強大なビルサの力を前に屈していたのだ。そのビルサに片腕にされてしまった侍は、様々な思いを胸に目頭を熱くする。
「・・・俺がやるべき事はただ一つ。・・・今更情けねぇが」
侍がギリッと歯を食いしばる。そして立ち上がり、城の方を向く。
「何が起きるか分からねぇ。皆は家でじっとしててくれ」
侍は町人達にそう言うと、城へ向かって歩き出す。
「あんたはどこへ?」
町人達が、侍の背中に呟く。
「けじめをつける」
ビルサ城内の大広場にて、対峙するしゃらくとビルサ。ビルサが体に纏っていた鎧は、しゃらくの一撃で砕け散り、下に着ていた着物だけを纏った姿になっている。しゃらくの方は、両手を血だらけにしており、かなり疲弊しているようで肩で息をしている。
「・・・グフフ。俺の鎧を破りやがったのは驚いたが、貴様はもうフラフラだな」
すると、しゃらくが自らの着物を破り、血だらけの両手に素早く巻き付ける。
「あァ、腹減ってフラフラだぜ。だからてめェをさっさとぶっ飛ばして、お渋ちゃんの手料理を腹一杯食うんだ!」
しゃらくが四つん這いに構える。
「幕引きだ! てめェの支配のなァ!!」
ヒュッ!! しゃらくが目にも止まらぬ速さでビルサに向かう。そしてビルサの頭上高く跳び、右腕を振りかぶる。ビルサが目を見開き、回転させた両腕を構える。
「“鎌鼬風”!!」
しゃらくがビルサの目の前で消える。次の瞬間、ビルサの全身から血が噴き出る。
「ゔっ・・・!!」
ビルサが思わず膝を着く。しゃらくはビルサの前に着地する。
「・・・貴様。俺の部下の技を・・・」
「へへ。技は盗むもんだぜ」
すると、ビルサがゆっくりと立ち上がる。
「・・・貴様は確かにやるようだ。・・・だが、こんな小僧にここまでされちゃあ、俺の立つ瀬が無ぇんだよ!」
ギュイィィィン!!! ビルサが両手両脚を高速回転させる。
「俺は十二支将軍幹部! 貴様ごとき愚民に敗れるなどありえんのだ! 愚民共は我らに服従し、我らの為に働き、死んでいかねばならんのだ! それが自然の摂理というもの!」
ビルサが物凄い気迫を放つ。あまりの気迫に、少し離れた陰にいるお渋がガタガタと震えている。ウンケイがそれに気がつく。
「おい。どうした?」
震えるお渋の目からは、涙がボロボロと溢れている。
「・・・分からない。・・・分からないけど、とても恐いの。・・・私達は、ただ従うしかないの・・・?」
お渋が涙を流して、ウンケイを見つめる。
「・・・!?」
ウンケイは目を見開く。たった今ビルサが放った言葉を、ウンケイ自身負け惜しみのように聞いていた。しかし、震えて涙まで流しているお渋を見て、戦いとは無縁の暮らしをしている者達にとって、この国を支配する侍はこんなにも恐ろしく、日々怯え従っているのだと気が付く。ウンケイはギリっと歯を食いしばり、握った拳に力が入る。すると、向こうにいるしゃらくが、四股を踏むように片足を高く上げ、地面に勢いよく振り下ろし、地面にひびが入る。
「しゃらくせェ!! 十二支将軍は全員ぶっ倒して、おれが天下を取る!! 誰も泣かねェ国にする!!!」
しゃらくが再び四つん這いに構える。
「グフハハハ!! くだらぬ夢よ! 貴様はここで死ぬ! 天下を取るのは、“亥のウリム”だ!!」
するとビルサが脚を閉じ、両腕を広げる。そして、ギュイィィィィン!!!! 独楽のようにビルサが高速回転する。
「“螺肢旋烈大独楽”!!」
ギュイィィィィン!!! 回転したビルサが地面を抉りながら、物凄い勢いでしゃらくに向かって来る。回転の風圧も物凄く、強烈な風がしゃらくに吹きつけ、思わず体が仰反る。
「やべェ!」
勢い止まらず、回転したビルサが目の前まで迫る。
「“獣爪十文字”!!!」
ガキィィィィン!! しゃらくがビルサに突っ込むも容易く弾かれ、後方へ吹っ飛ばされ壁へ激突する。
「・・・いてェ!!」
しゃらくはすぐに立ち上がり、依然こちらへ向かって来るビルサに、四つん這いで構える。
「“鎌鼬風”ィィ!!!」
ガガガガッ!!! しゃらくが連続攻撃するも弾かれ、また吹っ飛ばされ城壁に激突する。
「ゔっ!!」
受け身が取れずに何度も壁へ激突する為、意識が朦朧としてくる。
「グフハハハハ!! さっきの威勢はどうした天下人! ハァハァ。十二支将軍を全員倒すのだろう?」
ビルサが回転を止め、高らかと笑う。しかし、ビルサの方もかなり疲弊しており、両手を膝に着き肩で息をしている。
「十二支将軍は俺でも全く歯が立たねぇ。格が違う。ハァハァ。天下に近いと言われるのには、理由があるのだ。貴様のような生意気な奴が沈められるのを五万と見てきたぜ」
すると、しゃらくがフラフラとゆっくり立ち上がる。
「くそっ! ・・・まだ動くか」
ギュイィィィン!!! ビルサが再び両手両脚を回転させる。
「・・・そりゃア良かったぜ。てめェで歯が立つ相手なら、咬み応えが無ェからなァ!!」
しゃらくがニヤリと笑う。ビルサは顔を真っ赤にし、再び独楽のように回転してしゃらくに向かって来る。満身創痍のしゃらくも力を振り絞り、再び四つん這いになって、向かって来るビルサに物凄い勢いで突進して行く。
「望み通り殺してやる! “螺肢旋烈大独楽”!!!」
「取ってやるぜ、みんなの仇ィ!! “猪突爆心”!!!」
バゴォォォォン!!! 両者激しくぶつかるが、ビルサの方が吹っ飛ばされ、城壁へ激突する。ガッシャアアアン!!! そして、ビルサの方が吹っ飛ばされ、自分の城に勢いよく激突する。ビルサは白目を剥き完全に気を失っている。
完
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