第27話
シャチは怒りを覚えていた。怒りを胸に抱きつつ海原を泳いでいた。
何に対しての怒りであるか──タイム・クルセイダーズに対するものだ。彼は、双葉のような形をしていると聞くタイム・クルセイダーズに、怒りの炎をたぎらせていた。
なので海上の空中を浮揚推進しているレイヴンと収容籠を見かけた時、彼らはタイム・クルセイダーズではないのだということを何故かはっきり確認したいという欲求に抗えなかった。
結局のところ、自分の思うことを誰かに伝えたかっただけかも知れないが、とにかくシャチは遠慮も躊躇もしなかった。
ざばっ。
とりあえずシャチはレイヴンの行く手の水面から顔をのぞけた。
「わっ」
「うわっ」
「きゃっ」
「おっ」
複数種類の反応信号がシャチの器官に届き、シャチは自分の存在を相手に知らしめたことを知り満足し、直ちに対話を開始した。「やあどうも、ごきげんよう」
「あ、こんにちは」答えたのは触手の持ち主。音に聞くレイヴンだ。
「ねえ君、タイム・クルセイダーズのことをどう思うかね?」シャチは問いかけた。
「え」レイヴンは驚き、訊き返した。「タイム・クルセイダーズを?」
「そうさ。彼奴らは本当に怪しからん存在だ」タイム・クルセイダーズに対してレイヴンがどう思っているかを聞く前に、シャチは自分がどう思っているかを語り始めた。「彼奴らはあらゆる種の生き物をさらっていく」
「そう、だね」レイヴンはまだどこか警戒しつつも、大筋ではシャチの意見に賛成した。「彼らは」
「たとえ一頭ずつだけだとしても」シャチはレイヴンの言葉尻を跳ね飛ばした。「その生き物を連れ去ることで将来その生き物が産むはずだった命、またその子、その孫が産むはずだった命、それらがそこですべて摘み取られるということになる」
「そう、だね」レイヴンは、突然目の前に現れた海棲生物が遠い未来のことにまで想いを馳せる能力を持っていることに衝撃に近い感動を覚えた。「すごいな、君」
「これは」シャチはレイヴンの言葉尻を跳ね飛ばした。「我が地球生物の生態系に対する大きな妨害だ」
「おお」地球という惑星スケールで語る海棲生物に、レイヴンは称讃ばかりでなく畏怖の念すら覚えた。「すご」
「この」シャチはレイヴンの言葉尻を跳ね飛ばした。すごいと思ってもらえていることに彼は気づいていないようだった。「我々に与えられる大きな損害に対し、彼奴らは何ひとつ弁償しようとは思っていない」
「弁償?」訊き返したのはコスだった。
「我々は」シャチは訊き返されたことにもまた気づいていないようだった。「彼奴らに対し賠償を請求する。彼奴らがテーブルに着かないというのであれば、こんなことはしたくないがあの双葉の者たちを捕獲することもいとわない」
「けど、賠償って何を支払ってもらうの?」キオスが、シャチの呼吸の隙間をついて質問した。「君たち貨幣経済システムは持ってないでしょ」
「──」シャチは吸った息をそのまま止めたように見えた。
「貨幣経済のことを知っているのかい君、キオス?」代わりにレイヴンが驚きをもって質問返しをした。
「サバンナゾウに、少しだけ聞いたんだ」そう答えるキオスから、悲しみをもたらす分子が漂いはじめた。
レイヴンは急いで収容籠をサブ触手に抱きかかえ直し、そっと安心効果をもたらす分子を送り込んだ。「そうだったんだね。君の、大切な思い出だ」
「……」シャチはすぐに答えを返せないでいるようだった。
「あ、じゃあぼくたちはこれで」レイヴンは場を辞そうとした。
「我々が失ったものを、補償してもらう」シャチは対話を再開した。
「それはつまり」今度はコスが声を挙げた。「本来生まれるはずだった動物たち、君らの子や孫やその将来的な子孫をってこと?」
「そうなる」シャチは一瞬何かを考え込んだようだったがひとまずそう答えた。
「けど、どうやって?」コスは、恐らくシャチがふと抱いたであろう疑問点を真っ直ぐに貫いた。
「その手だては彼奴らに考えてもらう」シャチは海中に潜ろうとする自分の体を尾びれで必死に奮い立たせているようだった。
「できなかったら?」コスは容赦なく次の疑問を叩きつけた。
「我々と同等の損失を彼奴らにも負ってもらう」シャチは大きく叫んだ。
「つまり」コスが確認しようとする。
「彼奴らを」シャチはコスの言葉尻を跳ね飛ばした。「我々が失ったのと同じ数だけ攫わせてもらう」
「え、地球に連れてくるの?」キオスが訊き返す。
「そうだ」シャチは初めてといっていいぐらい、対話相手の質問に対し明確に頷いた。
「生態系がむちゃくちゃになるよ」コスが叫ぶ。「地球の」
「まあ、君の想うことはよくわかったよ」レイヴンが最大限の早口で言葉を挟んだ。「どうか海水を通して他の皆とも話し合ってくれたまえ。ぼくたちは急ぐので。それじゃ」そそくさとその場を離れる。
シャチは茫然としたように言葉もなく考え込んでいるようだった。地球の生態系について考えているのか、タイム・クルセイダーズに他に何を支払わせるべきか考えているのか、その辺りは不明だった。
「レイヴン」オリュクスがくぐもった声をかけてきた。「大陸着いた?」彼は今まですやすやと眠っていたのだ。
「ああ……もうすぐだよ」レイヴンはひとまずそう回答した。