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12 夜に鳴く

「あ……」

 なんだか、おしりがムズムズします。

「や……」

 ゆるゆると高められた体温を感じて、ミチルは意識を取り戻した。

「んん!?」

 ちょっと! 体のあちこちが撫でくり回されてるんだけど!
 ミチルは驚きに身を捩ったが、すぐさま手で口を塞がれた。

「ふぐっ!」

「静かにしろ、シウレン」

 ジンの囁きが耳元で聞こえた。
 これはやばい。もう無理矢理だ。
 このセクハラエロ師範、無理矢理オレをモノにしようとしているっ!

 ミチルは一瞬血の気が引いたが、ジンの手があまりそういう感じではないのに気づいた。
 ベッドの上、布団ごとミチルに覆い被さりながら、また小声で囁く。

「儂が貴様の腕をつねったら嬌声を上げろ」

「ハァ? ──ふがっ!」

 また口をふさがれたミチルは、目の前の強烈な美顔に睨まれた。

「いいな、儂に呼吸を合わせろ」

 そうしてジンはまず、ミチルの腹を服の上からもぞもぞ触った。

「んひぃ!」

 そうしてから、二の腕を軽くつねる。

「鳴け、シウレン!」

「ええ……?」

 ミチルが事態を掴めなくて躊躇っていると、ジンはまた二の腕をつねった。

「やれ! やらないと……」

「わ、わわ、わかりましたよっ!」

 その脅しの先は、ど下ネタなんでしょ! こうなりゃやってやんよ!
 ミチルは意を決して渾身の喘ぎを披露した。

「ああーん♡」

 うへえ、我ながら気持ち悪い。

「いいぞ、それだ。続けるぞ」

「ええ……?」

 ジンの手がミチルの腹をまた触る。

 もぞもぞ。
 つねっ。

「いやーん♡」

 なんなのこれ、バカみたいじゃん。
 ミチルは意味がわからないまま、ジンから腹を撫でられ続けていた。

 もぞもぞ。
 つねり。

「あっはーん♡」

 ……ていうかさ、触る工程いる?
 どうしよう、性癖が特殊過ぎて逃げるタイミング逃した!

 ミチルが次第に恐怖を感じ始めた頃、ジンのものではない低い声がすぐ側で響いた。

「……チッ、好き者が」

 んん? 誰!?
 部屋に誰かいる! まさか──

「最後の仕上げだ」

 ジンは短くそう言うと、どことは言わないがミチルをむんずと掴んだ。

「ぴぎゃああああ!」

 ミチルが上げた悲鳴とともに、ジンが布団をバサーっと剥ぐ。

「うわあっ!」

 あわやジンに襲い掛かろうとしていた何者かが、布団に包まれてくぐもった声を上げた。

「今度こそ、鐘馗(しょうき)会か!」

 ジンはすばやく身を翻し、布団をひっ被った曲者を布団ごと捕まえて締め上げる。
 それから次の瞬間。

 ゴキッ!

 鈍くて嫌な音がした。
 ミチルは顔面蒼白で狼狽える。

「く、首の骨、折った!?」

「そこまでするか。気絶させただけだ」

「えええ……」

 セクハラからの、命のやり取り。
 ミチルは唐突な事態の動きに、頭がついていかない。



「先生! ご無事ですか!?」

 曲者が気を失って数十秒後、青年が三人ほど部屋のドアを乱暴に開けて入ってきた。
 ジンを先生と呼ぶので弟子ではないかとミチルは思ったが、昼間見た弟子達よりも年齢が上の印象だ。

鐘馗(しょうき)会の刺客だろう。役所につきだしておけ」

 物言わぬ布団被りを乱暴に蹴って、ジンは冷たい声でそう言った。
 すると青年達はわらわらと、その刺客を捕縛する。

「かしこまりました。ああ、今夜の囮は彼でしたか」

「おとり……?」

 首を傾げるミチルを無視して、ジンは青年の一人に言う。

「まあ、そうだ。しばらくはこいつが毎晩勤める。お前達は警戒を怠るな」

「はい!」

 そうして青年達は、捕らえた刺客を引きずって部屋から出て行った。
 後に残ったのは、夜の静寂。

「ふう……まったく、毎度毎度懲りないヤツらだ」

 ジンは心底疲れたような顔で、ミチルが座るベッドに戻り腰掛けた。

「囮、って何ですか?」

 ミチルが聞くと、ジンは面倒くさそうにしながら言う。

「貴様も先日見ただろう」

「え……? アッ!」

 ミチルは転移してきたあの夜を思い出していた。
 暗い部屋で、ジンと誰かがくんずほぐれず……♡な行為をしている「フリ」をしていたことを。

「儂一人が静かに寝ていてもヤツらは襲ってこない。儂の強さを知っているからな。だが、ああいう行為の最中であれば……と思ってな」

「それで、オレの事を刺客だと思ったんですね!」

 あの夜の謎が解けた。ミチルの頭はとっても爽快になっていた。
 なあんだ、夜な夜な弟子を手にかける、ど変態師範じゃなかったんだ!

「まあ、貴様は間抜け過ぎたし、儂のどストライクだったので押し倒したのだが」

 そのせいで、ミチルはエロいモーションをかけるタイプの刺客だと思われたのだ。
 完全に謎が解けた。頭はすっきり爽やかだ。

「え、待って! でも、刺客が来なかったらどうしてたんです? 囮役の弟子と一晩中……?」

「……」

 ジンの表情は無になっている。

「まさか、その気になって最後まで……?」

「……」

 ジンの表情は無になっている。

「おおい! はっきり答えろ、エロ師範!!」

「……妬いているのだな、シウレンよ」

「ちっがあぁぁう!」

 ふっと笑ってこちらを見るジンの顔は、妖艶で美しく、ミチルは真っ赤になって否定した。
 疲れて寝落ちしたオレを、思う存分触りまくって……
 もし刺客が来なかった時の事を考えて、ミチルの頭は爆発しそうにもなった。

「しかし、これではイタチごっこだな。捕らえた刺客を勝手に拷問するわけにもいかんし……」

「て言うか、どうして先生は狙われてるんです!? しょうきかいって何なんですか!?」

 ミチルが怒りに任せて怒鳴ると、ジンは冷静に頷いてからミチルの顔に手を伸ばす。

「ふむ。そうだな、シウレンには教えてやってもいい」

 え……やだ、特別ってこと?
 顎クイされながら、ミチルはオトメのように心を弾ませた。

「話してやろう」

 そうしてジンは語り出す。
 御伽話(ピロートーク)にしては血生臭い、己の過去を。

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