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11 イタ気持ちいい

 月明かりが差し込む。
 寝具の軋みと同時に彼の影が覆う。
 力を抜いて……全て委ねて……
 その指に翻弄される夜が始まる……

「おぎゃああああ!」

 ジンの部屋に汚い悲鳴が響く。
 これは昼間の再来か。

「学ばないヤツだ。せめて可愛らしい声で鳴いて儂を愉しませろ」

 言いながらジンは、うつ伏せになったミチルの背を揉みしだいた。

「ひぎゃあああ!」

 グリッグリで、ゴッキゴキのバキバキ!!

「ぷぎゃあああ!」

 おおい、マッサージって言ってたのにこの強さは聞いてねえぞ!
 これじゃあ整体じゃん! オレは若いから受けたことないけど!

 数分前、ミチルは念願の湯船につかって極楽気分だった。
 一晩中汗を流させてやるなんて言うから、お風呂で××を洗ってこいって意味かと思って一瞬血の気が引いた。
 
 よく聞いてみると風呂上がりにマッサージしてやる、ということで。
 まるで温泉宿じゃーん、なんてウキウキで風呂から出たミチルを待っていたのはやっぱり地獄。

「ふっ、久しぶりに腕が鳴る。これだけの体を隅々まで揉めるとはな……」

 ちなみに、今のジン語を翻訳すると、「こんなに凝り固まった患者を施術するのだから、張り切っちゃうぞ」である。
 いちいち言い方がいやらしいのでミチルは微かな期待を反射的にして、結局痛い目にあう。

「せんせっ! 先生! もっとゆっくりして! 優しく触ってぇ……!」

 なのでミチルもつられてこの有様だ。
 音声だけ聞いたら、確実にアレな声になっている。

「そうか、いいだろう。ここか? ここがいいのか?」

「ああっ! そこ、それぇ! そっちはダメェ!」

「ふっ、だいぶイイ声になってきたな。やれば出来るじゃないか」

「ああーん!」

 ゴキゴキに揉まれたおかげで、ミチルの筋肉はだいぶほぐされて、段々と気持ちよさだけが残るようになっていた。
 ミチルはフワフワ良い気分になって、思わず甘い声を出す。

「はあぁ……」

 するとピタ、とジンの手が止まった。

「先生……?」

 不思議に思って振り返って見ると、ジンは苦悶の表情を浮かべている。

「莫迦者。そこまでの声を出すな……ッ」

 禁欲に耐えるイケメンの顔は非常に艶かしい。
 ミチルはジンの〇〇を見ないように、そうっと起き上がって少し離れた。

「何処へ行く。まだ施術は終わっていない」

 ジンは素早くミチルの首根っこを掴んで、またその体をベッドに沈める。

「いや、もう、充分ほぐれました。もう大丈夫です、明日に疲れなんか残らないでしょう、筋肉痛の心配もないかと……」

 冗談じゃないよ、オレの声聞いただけでおったてる人と同じベッドになんかいられない!
 ミチルは本心を隠して、恐る恐る角が立たないように言った。

「何を言っている。本番はこれからだ」

 ジンの発言に、ミチルはまたもぱっくんちょ危機を妄想した。
 ホンバンって言った!
 ホンバンて、あの本番!?
 ダメ! 無理! そんなの痛い!

 ミチルが赤面してジタバタしても、その背を押さえつけてジンは言った。

「これから、儂の気を貴様に注ぐ」

「ふえ?」

「貴様は素人だからな。まず儂の気を注入するから、その気の流れを掴め。それを感じることが出来たら、貴様にも儂と同じ事が出来る」

「え? ええ?」

 気? 気ってあれです? 超有名な日本のアニメーションに出てくるアレのことです?
 終いには両手から、玉が出ちゃいます? 元気よく?

「では、始める」

 ミチルが某主人公を思い浮かべている間に、ジンはミチルの背に両の掌を押しつけた。

「……」

 ジンの手が次第に熱くなってくる。その手はゆっくりと円を描き、ミチルの背を撫でた。

「あ、ああ……」

 ミチルは背中がどんどん熱くなってくるのを感じていた。

「何か、感じるか……?」

「あっ、熱い、です。すごく……」

「いいぞ。その熱に集中しろ。そして己の中心を探れ」

 言われるままに、ミチルは目を閉じて意識を背中に集中させた。
 熱いものが、自分の中に少しずつ入ってくる。(※そういう表現ではありません)

「ふ……っ、うう」

 ジンの熱が、ミチルの中を巡り、その中心部に入り込んでくる。(※概念的な話です。そういう表現ではありません)

「あ、あ……」

 体中の血が、激流の川を下るように巡る。
 ミチルは息も荒くなり、汗が大量に吹き出した。

「ハッ、ハアッ!」

 余裕がなくなってきたミチルに、ジンの声が響く。

「探せ、貴様の芯を。さすればそれは(しん)となり、貴様の力を解放するだろう」

「あっ、はっ……!」

 芯を探す……?
 オレは、何処にいるの……?

「出せ! 湧き上がるそこから、全て出すんだ!」(※概念的な話で以下略)

「ああ──ッ!」

 もう少しで、何かが。
 あと少しなのに。
 あと少しでソレが何か、わかるかもしれない。

 けれどミチルにそれがわかることは叶わず、力尽きてしまって体中の力が抜けた。

「はうう……」

 気の抜けたミチルに、ジンは溜息を吐いて言った。

「ふむ……最初はこんなものだな。貴様がこの感覚を掴むまで毎晩ヤルからな」

「えええっ!?」

 嘘でしょ、風呂に入ったのにまた汗だくなんだけど!
 毎晩こんな、いやらし……じゃなくて、大変なことさせるの!?

「儂の気と同調するんだ。さすればそれに導かれた貴様の気が現れる」

「ええー、無理ー」

「無理ではない。シウレン、貴様なら出来る」

 その名を呼ばれると、ミチルは心も身体も麻痺してくる。
 ジンはその細い指で、ミチルのうなじを撫でた。

「信じているぞ、シウレン」

「はい、先生……」

 熱に浮かされたままのミチルは、そこで意識を手放した。

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