7 ダブルエス師範
「儂が貴様を信用できない理由は、主に二つ」
恐らく元からどSなのだろう、ジンは目の前に座るミチルを鋭く睨み続けていた。
ミチルはその視線に縫い留められてしまったかのように、椅子に座ったまま身動きがとれなくなった。
そんな萎縮したミチルの様子を、ジンは構うことなく、むしろ当然のように受け止めて凄んだ。
「まず、一つ目。貴様は今、己の身の上を儂に説明したが、肝心のことが抜けている。儂は
「ベスティアですか……? だってオレもそんなに詳しく知らない……」
ミチルがそう言いかけると、ジンはドンとテーブルを叩いて更に睨んだ。
「嘘をつくな。昨夜、確かに貴様は言った。『生身でベスティアが倒せるのか』『魔剣などもないのに』と。それは貴様がアレを倒す正当な方法を知っているからに他ならない」
「でもぉ、ベスティアを実際に倒したのはジェイとアニーとエリオットなんでぇ……オレは側で見てただけって言うかぁ」
ジンの鋭い目つきに睨まれて、ミチルは心細くなった。こんな取り調べの様な仕打ちを受けて、ミチルは冤罪で捕まった少年が出てくる映画を思い出す。
そんな理不尽な刑事のような目の前のイケメンは、ミチルを見下すよう笑って言った。
「側で見ていた、上等だ。その時のことをつぶさに話せ。見たもの全てだ。さっきのように『イケメンがカッコよくズバーン!』などと言ったら、この場で××殺すぞ」
「ヤメてぇ! そのセクハラ取り調べ!!」
もう、なんなのこの人! どスケベじゃん! S+スケベでダブルエスじゃん!
ミチルは恐怖と羞恥でますます泣きたくなった。
だが、ジンはミチルの心情など構わずに、またテーブルをドンと叩いて声を荒らげる。
「さあ、まずはカエルレウムで黒獣を倒した時だ。その騎士はどうやって倒した!?」
「だ、だからぁ! カエルレウムの騎士は元々ベスティアを倒せる剣を持ってんの! ここに来て最初に遭遇したベスティアは一瞬でジェイが斬った! その後、森でケルベロスティアを……」
「なんだ? その面妖な名は」
「ええっと、頭が三つあって、ケルベロスみたいだったから……とにかくすごくでっかいベスティアで! ジェイは立ち向かったけど、剣が折れちゃって……」
ジンの気迫に押されてミチルはつい喋ってしまった。その後の事はできれば言いたくない。
「それで?」
「ええっと……」
「確かに、黒獣は普通の速度の拳などではすり抜ける。その騎士の魔剣が折れたなら、そいつに黒獣に対抗できる術はなくなる。だが、それでもそいつは勝った、と言ったな。どうやった?」
「……」
ミチルは黙ってジンを少し睨んでみた。だがジンはそれをかき消すように恐ろしい顔で睨み返す。
結局、ミチルは恐怖に慄いてうわずった声でも答えるしかなかった。
「オレが、折れた剣を持ったら、なんか青く光って新しい刃が生えたんです。その新しい剣で、ジェイがケルベロスティアを斬りました……」
「なんだと?」
それを聞いたジンは顔を歪めてしまった。ミチルは嫌な気持ちでいっぱいになった。
そんなの実際に見ていない人に信じてもらえるワケがない。
信じたとしても、それをやったオレの事を『奇跡』だとか『不吉』だとかで、良くも悪くも差別するんだ。
ミチルはアルブスで体験した事を思い出す。オルレア王から受けた畏敬の眼差し、スノードロップからの強い嫌悪。
お前は異世界からの異物だ、とはっきりと提示されるような感覚。
再度それを向けられるのが嫌で、ミチルは自分がやってきた事を「確かにオレがやった」と認めたくないのだった。
「成程。では、ルブルムの件は?」
「え?」
ジンは冷静に頷いた後、ミチルに続きを促す。その態度にミチルは面食らってしまった。
「どうした、さっさと吐け」
一体この人は何がしたいんだろう。
オレをどうしたいんだろう。
今まで散々『奇跡』だと言われてきた事柄を、ジンは何の興味も示さずに全容の開示を迫る。
オレについてどう思っているのか。イケメンからの好意にそれまでずぶずぶに浸ってきたミチルは、冷水をかけられて夢から覚まされたような気分だった。
今までの出会いが、幸運過ぎたのだ。
現実がやってくるのが遅かった。そのせいで、ミチルはすっかり甘えた子どものようになってしまっていた。
「ル、ルブルムでも……大きな猪みたいなベスティアに遭遇して……」
泣くな! ここにはアニーがいない。
「アニーのナイフが途中で折れたけど、オレが触ったらやっぱり青い刃が出てきて……」
「そのナイフで黒獣を倒したんだな?」
ミチルは涙を堪えながら、頷いた。
「アルブスではどうだった?」
間髪入れずに詰問するジンの声が、ミチルの体を刺す。
胸のあたりがぎゅうと痛くなる。
「アルブスでも……おんなじ。礼拝堂の像が持ってるセプターを、オレが持ったら青く光って」
耐えろ! エリオットがずっと孤独と戦ってきたように。
「それでエリオットが魔法を使ったら、ベスティフォンは消えた」
ミチルは体を震わせながら、泣くまいと必死に堪えた。
ここではジェイは守ってくれない。
ここではアニーが手を引いてくれない。
ここではエリオットと一緒に笑えない。
一人で。ミチルがたった一人で。
この冷酷な
「ふむ……」
ミチルの話を聞いたジンは、少し表情を緩めて考え込んだ。
第四のイケメンから、どんな言葉が出てくるのか。
ミチルは息を飲んで、膝の上で手をぎゅっと握った。