6 開け!〇〇の扉
不可抗力で銀髪イケおじ、ジン・グルースと同衾してしまった朝。
ミチルは与えられた粗末な冷飯のおにぎりを美味しそうに頬張っていた。
冷たいとか、固いとかよりも、久しぶりに米を食べられた感動で咽び泣く。
ミチルの新たな扉が、開こうとしていた。
「……変わったヤツだな」
虐めたつもりの塩むすびに、こんなに感動されてしまったジンは怪訝な顔でミチルを見ていた。
「チッ」
そして舌打ちしながらも、ジンはミチルの前に小皿をひとつ置く。ジンのための朝食のうちのひとつだった。青菜のようなものを炒めたみたいに見えた。
「これも食べていいんですか?」
「ああ」
箸を渡さずにミチルがどうするのか、ジンは無表情の裏に意地悪い笑みを隠して頷いた。
「わあい!」
躊躇う素振りも見せず、ミチルは喜んで青菜炒めを指で摘んでそのまま食べる。
「うわ、うまっ! 野菜炒めなのにダシがしっかりきいてる!」
にこにこしながら、もしゃもしゃモグモグしているミチルを見て、ジンは閉口していた。
やはり、ミチルは新しい扉を開きかけているようだ。
「貴様、プライドがないのか?」
「何がですか?」
もしもこの青菜炒めがもっと大皿に盛られていたら、ミチルの態度は違ったかもしれない。
小皿に付け合わせ程度、ほんの二口ばかりの青菜を摘んで食べるくらいは、現代日本の子どもなら何とも思わないだろう。
怒るお母さんはここにはいないし。
「……行儀の悪いガキだ。豚みたいに食いやがって」
「豚ですかあ、豚はやっぱりトンカツかなあ。生姜焼きも捨てがたいですよねえ」
白米を口にしてしまったミチルは、それに合うおかずを想像して涎を垂らす。
蔑みの言葉が通じなかったので、ジンは一旦全てを諦めて自分の食事に集中した。
「ごちそうさまでした! 久しぶりのお米、美味しかったです」
ミチルは手を合わせて頭を下げる。
それを受けて、ジンは少し落ち着きなく目を泳がせていた。
「まったく、変わったヤツだ」
そう言う目が少し優しくてミチルはちょっとときめいた。
それって、少女漫画で言うところの「おもしれー女」ってやつじゃない!?
「……で? お前は米があるような国の生まれなのだな?」
「あ、はい。ええっと、地球って星がありまして、そこの日本て国です。見た感じだと、ここは中華っぽいですね。日本の近くにある国なんですけど」
「何を言ってるのか、わからん」
「ですよねえ……」
眉を顰めて首を傾げるジンに、ミチルは最初から説明を始めた。もう四回目なのでわりと要領良く説明できた気がする。
カエルレウムでジェイと経験したこと、ルブルムでアニーと経験したこと、アルブスでエリオットと経験したことなどを順序立てて話した。
まるで経験人数を披露しているみたいな気分にミチルはなったが、ベスティアのこととイケメンの武器を修復(?)したことは詳しくは話さなかった。
異世界転移に加えて、そこまでの特別性が自分にあることを認めたくないミチルは、無意識にそれらの情報をみだりに開示しなかった。
「ふむ。500年ほど進んだ文明から来たのか……」
ジンがミチルを見ながら呟くと、ミチルはいつも通りの言葉を返す。
「あんまりそこにこだわらなくてもいいかな、と思います。ボクも歴史が得意だった訳じゃないので。それよりも、ボクの国で流行ってる作り話の世界観に似てるんです」
「ここもか?」
ジンがそう聞くと、ミチルは首を傾げて答える。
「いやあ? この国はどうなのかな? だってボク、この部屋しか知らないですし。一番似てたのはカエルレウムとアルブスでした、剣と魔法!っつって!」
ここに来る直前、ジェイ・アニー・エリオットがそれぞれベスティアを倒した姿を思い出して、ミチルは興奮していた。
「だから、この国はどんなところなんです?」
ミチルが期待を込めて聞くと、ジンは言葉に詰まる。
「ここはフラーウムというが……」
フラーウム?
なんか聞いたことがあるような、ないような。
……忘れちゃった!
「貴様が期待しているような、カエルレウムやアルブスのようなものは無い」
「そうなんですか? ルブルムも無かったけど、もしかしてここもうんと離れた国ですか?」
転移させられる距離はいつもマチマチだ。ミチルは恐る恐る聞いた。
「ルブルムのように海を隔てている訳ではないが、ここからアルブスに行くなら陸路で半年はかかるだろうな。砂漠が広がっているから」
「おう……」
それはルブルムよりも遠いかもしれない。ミチルは思わず頭を抱えた。
ここからどうやってカエルレウムに行ったらいいんだ?
いやまず、ジェイとアニーとエリオットの行方も探さないといけない。
アニーが機転をきかせて、三人と共に時空を超えた感触はある。だけど、ここにはミチルしかいない。
「あの……ボク、人を探したいんですけど。若い男性三人なんですけど、この国に来てると思うんですよね」
ミチルがいつもの調子でそう言うと、ジンは冷たく笑った。
「何を言ってる? 貴様は自分の状況がわかっていないのか」
「へ?」
ミチルはうっかり油断していた。
転移先で出会ったイケメン達はもれなくミチルに優しかった。
だからジンもきっとそうだと思い込んでしまっていた。
「貴様の素性は信用できない。アルブスの王の名前を知っているだけでは不充分だ。貴様の話も現実からかけ離れ過ぎている」
「いや、だから……」
ファンタジーなら、オレの設定(?)くらいスンナリ受け入れてよ!
ミチルはそんな希望は傲慢であったと思い知る。
「カエルレウムやアルブスなら理解されたのかもしれないが、|フラーウム《ここ》には魔法などない。だから貴様は変わらず危険人物だ」
「ええ……!?」
ジンは己の拳をパキパキと鳴らして、ミチルを冷たい目で睨み続ける。
「貴様をここから出すつもりは、ない」
ウソでしょ?
「拘束されないだけマシだと思え」
怖い怖い怖い!
目がマジだ、マジでオレをどうにかしようとしている!
「まずは、貴様が儂にとって有用であることを証明しろ。話はそれからだ」
オレは何をさせられるって言うの!?
イケメン達にはいつ会えるのぉ!?
ミチルは四人目のイケメンを陥落させることが出来るのか?
開け!