5 同衾の駄賃
新しい朝が来た。
果たして希望の朝なのか。
「ふに……」
後ろが眩しくて、ミチルは目を開けた。
いつの間にか銀色の絹糸を握っている。
ツヤツヤで、サラサラでとても気持ちいい。
それから、ほどよくしまった筋肉の枕が温かい。
とてもいい匂いがする。
「んにょほへはひっ!?」
美しい金色の瞳が、超どアップでミチルをジロリと睨んでいた。
「……起きたか、クソガキが」
ギャアアア! 助演男優賞がこっち向いて一緒に寝てるゥ!!
「人の気も知らねえで、グースカ寝やがって」
やだあ! よく見たら腕枕されてるゥウ!!
ミチルは自分の置かれた状況を把握して、鼻血が出そうになった。
またイケメンと同衾してた!
いつもお世話になっております!!
「おい、いい加減に髪の毛、離せ」
「ほへ?」
言われてミチルは気づく。
銀髪イケおじの綺麗な髪を一束、握っている事に。
「わあ、ごめんなさい!」
慌てて手を離すと、銀髪イケおじは大きく溜息を吐いた。
「まったく……甘えたのガキだ」
「あのー……」
意識が覚醒されていくにつれて、ミチルはとある部分の異変を感じていた。
「どうしてボクはずっとお尻を撫でられているのでしょう……?」
銀髪イケおじは右腕をミチルの頭の下、左腕をミチルの尻に置いていた。
そんでもって左手が常にさわさわと動いているのだ。気持ちよくてムズムズした。
だが、銀髪イケおじは突如顔を歪めてミチルを睨みつける。
「アァ!? 泊めてやった駄賃だろうがァ!」
「ヒィ! ごめんなさい!」
「目が覚めたならとっとと起きろ! 腕が痛いだろうが!」
「ごめんなさぁい!!」
耳元で怒鳴られてキーンとなりながら、ミチルは飛び起きた。
「このクソガキがぁ!」
最後に銀髪イケおじはミチルの尻をバチーンと叩いた。
「にゃあー!」
18にもなってお尻ペンペンされるだなんて。意味が変わってくるんじゃない!?
などと思ってしまったが、そんなことをこの怒りんぼオジさんに言ったらどんな目にあうか。
ミチルはムズムズするお尻から懸命に意識を逸らす。
「ああ……寝不足で怠い……」
心底疲れた、というような顔で銀髪イケおじはベッドから降りる。
ミチルはしゅんとしてもう一度謝った。
「ごめんなさい……」
「ふん」
銀髪イケおじは不機嫌なまま、脇机に置いてある焼物の水差しから、茶碗に水を注いで一気に飲んだ。
「あのー、オジ……おにい……オジ、オジッ、おにっ」
自然とオジさんと呼びそうになって、ミチルはお兄さんと呼ぼうか、でも見た目はオジさんだしな、とかの葛藤でどもる。
「迷うな! 迷ったらお兄さんと呼べ! ていうか、儂はお兄さんだろうが! まだ33だからな!」
「えっ!」
思いの外コミカルに怒ってきた!
そんな態度も意外だったが、33歳だと言うのがミチルにはもっと意外だった。
絶対40超えてると思った……老け顔だなあ。
「そうなんですねぇ……オニイサン、えっと、お名前はなんとおっしゃるのでしょうか……?」
33歳でも、ミチルより15も年上だ。それはつまり、エリィ一人分差があるということ。
……立派なオジさんだなあ。
その立派な銀髪美中年は、鋭い眼光のままで答えた。
「ジン・グルースだ。もういい、お兄さんかおじさんで迷うくらいなら、儂のことは先生と呼べ」
「先生、ですか。何の?」
「儂は──」
ジンが言いかけた時、部屋の扉を開けて誰かが入ってきた。
「先生、おはようございます! あれ? し、失礼しました!」
頭を短く刈った、ミチルと変わらない年恰好の少年だった。
中華拳法の道着に似たような格好の彼は、ミチルの姿を見つけるなり顔を赤らめて頭を下げる。
「あいつが昨夜早くに帰って来たので、てっきり……」
焦って喋る少年の言葉を遮るように、ジンは大きく咳払いをする。
「ああいい。その事はもういい」
「は! 失礼しました!」
「それよりも、悪いが朝食をここに持って来てくれるか」
「かしこまりました。ええっと、そちらも……?」
下げた頭を戻しながら聞く少年の言葉に、ミチルは思わず腹がぐうと鳴る。
なんか変な誤解を受けたかもだけど、そんなことよりご飯!
ミチルが期待をして見ていると、ジンは冷え切った目で少年に言った。
「ああ、こいつには昨日の冷や飯で握り飯でも作って持ってこい。具も海苔もいらん。塩ひとつまみで充分だ」
「はあ。かしこまりました……」
そ、そんな。酷い……!
いや、でも食べさせてもらえるだけありがたいのだろうか?
ミチルがちょっとショックを受けているのも無視して、ジンはとっとと少年を追い出した。
「おい、そこを動いたら殺すからな」
「はひ!」
そう言ってミチルをベッドの上にとどめ置いて、ジンは部屋の奥へと引っ込んだ。
もしかして着替えるのかな?とミチルはベッドの上で正座しながら考えていた。
「……ったく、こんな最悪な朝は久しぶりだ」
しわくちゃになったガウンから、道服のような雰囲気の服装で出てきたジンは、なるほど
と言うか、サラサラに梳いた銀髪が朝日を浴びてキラキラ光り、それはもう海外ドラマのイケおじ俳優そのものだった。
カ、カッコイイ……! 東洋の美!!
黒髪ではないけれど、顔立ちはミチルのよく知るアジア人のそれで、なんだかとっても安心する。
「先生、お食事をお持ちしました」
「ああ、悪いな」
少年は熱々のお粥と、おかずがのった小さな皿を数枚お盆に載せて持ってきた。メチャメチャいい匂いがする。
それを一旦小机の上に置いて、部屋の奥から勉強机ほどの大きさの足の長いテーブルを運んできた。
昨夜開いた、外に通じる扉の前にテーブルを設置し、椅子を二つ対面に置く。
それからジン用の膳を片方に置き、もう片方の席には粗末な皿に乗せられた塩むすびを置いた。
「失礼いたしました」
少年は礼儀正しく一礼して、ミチルの方を努めて見ないようにして部屋を出て行った。
「おい、こっちへ来て座れ」
「は、はい」
ミチルはベッドから降りて、整えられたダイニングテーブルに向かう。
すでにジンは豪華なお粥膳の前に座っていた。ミチルは塩むすびの前に座る。
お粥のお膳は確かに美味しそうだったが、ミチルは気づいてしまった。
こ、米……だあ!
白米なんて、いつぶりでしょう!ひえっひえでガッチガチだけど、米は米!
久しぶりの日本の魂が目の前にっ!
「い、いいんですか? これ、食べていいんですか?」
歴然の差を見せつける食卓なのに、ミチルは懐かしさでうっすら泣いていた。
「勝手にしろ」
ジンは興味なさそうな顔で、先に粥を啜り始めていた。
ミチルも塩むすびを手に取って一口かじる。
「こめええぇ! うめえぇえ!!」
日本人は弁当の文化があるので、飯が冷えていてもさほど気にならない人種である。
ミチルは塩むすびを感動とともに味わった。