4 正気を保てない
「サカノ……?」
ミチルを冷たい床に正座させたまま、銀髪のイケおじはすぐ側に椅子を置いて、どっかり座ってからミチルの名を反芻しようとしていた。
「ごめんなさい! ミチル・サカノシタです!」
慌ててミチルは言い直す。
ベスティアが出たのだから、ここはカエルラ=プルーマで間違いないだろう。問題はその何処か、なのだが、ずっと眉間に皺を寄せて、椅子に深く座って足を組む目の前の人物の圧に、それを聞く勇気は今のミチルにはない。
「そうか。いくつだ」
「じゅ、18です……」
「貴様、この期に及んでサバを読むのか? そんなに死にたいか」
ミチルを見下ろす銀髪イケおじは冷たい目で睨んでいた。
「ほ、ほんとに18ですぅ! 信じてください!」
ミチルはバイクの免許証すら持っていない。進学するはずだった大学の学生証もまだ受け取っていない。何も証明するものがなくて焦った。
もっとも、ここは異世界なのでそんなものを持っていても通用しない。ミチルは完全に恐怖で思考がごっちゃになっている。
「……」
すると、銀髪イケおじはその美しい顔をミチルに寄せて、じぃっと見つめてきた。
あああ! 超カッコイイじゃん!
恐怖とトキメキのダブルドキドキで新しい扉が開きそう!!
ミチルの心臓はいつも通り砕ける寸前。
焦点も定まらなくなってきたところに、銀髪イケおじの指が顔に近づく。
キャアアア! ナニかされるぅうう!
ミチルは興奮で涎が出る寸前。
銀髪イケおじはミチルの頬をつと人差し指で撫でて、何かを納得するように頷いた。
「ふむ。確かに肌年齢は18だ。仕方ない、信じてやろう」
は、だ……年齢、だと?
ちょっと指で触っただけでわかるの、この人!?
何それ! ヤバ過ぎるんだけど! ちょっとキモいかもしんない!
「あ、ありがとうございます……」
ミチルは鳥肌ものだったが言ったら多分殺されるので、当たり障りのない事を言うしかなかった。
「それで、貴様はどこから来た」
銀髪イケおじは眉間に皺を寄せたままで、再度椅子に座り直して今度は逆に足を組む。
正直に言うしかないのはわかっている。と言うか、嘘で繕える程のこの世界の知識もミチルにはない。
だが、何を言っても怒られそうな雰囲気なので、ミチルはすっかり萎縮していた。
「……おい。黙秘が通用すると思うな」
「ひいぃ! アルブスです! 直近ではアルブスって国から来ましたぁ!」
「……」
ミチルが必死でそう言うと、銀髪イケおじは一瞬面食らったように黙って、それからふっと笑った。
「そうか、貴様は随分と優秀なエージェントらしい……」
「は?」
「儂の尋問をはぐらかそうとする、その度胸だけは褒めてやろう」
そう言う銀髪イケおじの額にはくっきり怒りの筋が入っていた。
命の危険にさらされたミチルは、首をぶんぶん振って泣きながら訴える。
「ちちち、違いますぅ! ホントなんです! ボク、くしゃみすると知らない場所に転移しちゃうんですぅうう!!」
「……は?」
突拍子もないことを言われた銀髪イケおじが、思考のために固まった隙に、ミチルは一気にまくしたてた。
「ボクは元々地球って言う異世界から来たんです! くしゃみで! 最初はカエルレウムに来て、その後ルブルム、それからアルブスに転移しました!」
「貴様、頭がおかしいのか?」
銀髪イケおじがますます固まる間に、ミチルは閃いた!
「ああ! 身元! 証明してくれる人います! アルブスの王様! えーっと、おー、オルレア?様に聞いてください! ミチルって言えばわかります!」
「ほう……?」
そこまで捲し立てたミチルは、肩で呼吸をするほど消耗していた。
ぜえはあと息を吐いていると、イケおじはゆっくり頷きながら言った。
「儂は西の大国の王にコンタクトが取れる身分ではない。確認する術はないが、そんな大それた嘘をつく必要もないだろうな……」
「しっ、信じてっ、もらえます……か!?」
ミチルはクラクラする頭を上げて、銀髪イケおじを見た。
なんか目の前がいっそう暗い。
「そうだな、信じて欲しければ貴様が知っていることを全て吐け」
「え……? あと、何を……?」
どうしよう。
なんだか、意識が朦朧としてきた。
「
「ベ、ベスティアは……」
言いかけてミチルは、もう自分の体も意識もどこにあるのか分からなくなっていた。
「どうした?」
「ベ、ベス……は、チル……が──」
「おい!?」
あ、もうダメです。
電池が切れてしまったようです……
ミチルは唐突に意識を手放し、冷たい床に倒れ込んだ。
「……気を失ったか。やはりこいつは
もう、ミチルにはその言葉は届かない。
完全に沈黙してしまったその身体に、綺麗な腕が伸びる。
あ。あったかい……
ミチルは反射的に手を伸ばした。
艶々した絹糸を掴んだような気がして、それをぎゅっと握る。
少し安心したミチルは、そのまま眠りに落ちた。