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8 運命の輪

 ミチルが三人のイケメンと出会い、起こしてきた『奇跡』について。第四のイケメン、ジン・グルースはどんな見解を示すのか。
 畏敬の念を向けるのか、はたまた強い嫌悪なのか。
 どちらにしても、ミチルを『異物』として差別するのだろう。

 そんな結末を考えて、ミチルは心底嫌になる。
 歓迎しない相手と対峙して、どうやって逃げ出そうか。ミチルは出来もしないことを考えた。

「……貴様の話はにわかには信じ難い」

「でしょうね」

 ミチルの肝は座り始めていた。
 許してください、ごめんなさいと、泣きついてどうにかなる相手ではないと分かっている。
 ならば、もう開き直るしかない。

 何をされようと。たとえ酷くぱっくんちょされようと、絶対にここから逃げ出してやる!
 出来ないと最初から諦めるな! 絶対にまた三人に会うんだ!

 ミチルがそんな悲壮な決意を固めた時、ジンが突然話題を変えた。

「儂が貴様を信用できない、二つ目の理由だが」

「……」

 まだオレを責める気なんだな。このどSイケメンが。
 こうなったらトコトンやってやんよ。ミチルは目に力を入れてジンを見つめた。
 すると、ジンもまたミチルをじっと見て言う。

「貴様の、容姿だ」

「……ん?」

 予想だにしていなかった言葉に、ミチルは思わず首を傾げた。
 ジンはミチルの顔を舐め回すように眺めて言った。

「貴様は、儂の好みのど真ん中にある。顔も、年も、背格好も」

「……んん!?」

鐘馗(しょうき)会め、儂の好みを正確に把握し、それを体現する刺客を送り込むとは……」

 ジンは拳を握ってフルフルと震えていた。何かを我慢しているようだが、それが何かは絶対に知りたくない。

「貴様のような少年を送り込んで、儂の籠絡をヤツらが企んでいるに違いない! なんて気色の悪いことを思いつくんだ!」

 オメーの方が気色悪いわぁ!
 ミチルは急角度から来たジンの変態性に、心の中でつっこんだ。

「貴様が素人じみているから、最初は|鐘馗《しょうき》会ではないと思った。だが、見れば見るほど好み過ぎて、逆に貴様が手練のエージェントに見えてくる!」

「ちょっと待てえ! おっさん、そんな目でオレを見てたんかあ!!」

 ミチルは思わず立ち上がって身を守る。

「できるなら今すぐ押し倒して、××を×××……!」

「いやああああ!!」

 変態からの恐怖で叫んだミチルは、それまで胸の中で燻っていた異世界でのコンプレックスをすっかり忘れてしまった。
 オレがこんなに覚悟して、やられてもやってやると思ってたのに。
 このおっさんはオレをエロい目で見ていただけだった!
 今までの脅しはなんだったんだ、ちっきしょー!

「だが、儂は己の武道を極めし者。貴様ごときの色香に迷って身を崩すことはない!」

「色香なんてあるわけないだろぉ! 変態イケメンジジイがぁ!」

「ジジイではない! 先生と呼べ!」

 どうでもいい事にこだわるジンの悩ましげな顔。それはそれでイケてはいる。
 だが、それを補って余りある変態性を垣間見たミチルは、この期に及んで尚もぱっくんちょ危機が続いていることを悟った。

 待って。オレがその刺客じゃないってことがわかったら、押し倒されるのでは?
 という事は、刺客だと思われてた方が安全てこと!?
 どっちにしても万事休すじゃん!

「……しかし解せない。こんなに儂が迷っているのに、貴様は何故それに乗じて誘惑してこない?」

「する訳ないだろ! 目を覚ませ、変態センセイ!!」

 ミチルがトドメの一声を発すると、ジンはサッと体を一歩引いてワナワナと震えた。

「では、貴様は、本当に曲者の類ではない……と?」

「最初から言ってる、それぇ!」

 もうヤダ! 何コレ!
 転移した先のイケメンにまともなヤツがいない!
 顔が綺麗過ぎると、大事な何かを失うの?

「……では、黒獣にまつわる話も全て真実なのか?」

「当たり前でしょぉ! ウソついて誤魔化せるほどの知識なんてないよ!」

 ミチルが叫ぶと、ジンはまた震えだす。その顔は高揚していた。
 やだ。どうしよう。エロスイッチが入ったとか?

 ミチルはとっさに部屋を見回した。さっき若い男が入ってきた扉は閉まっている。出られそうにない。
 庭みたいな所に通じている扉も閉まっている。しかもそれはジンの後ろなので出られそうにない。

 ミチルはシミュレーションしてみた。
 ジンが立ち上がって、自分に真っ直ぐ向かってきたら。
 その先はベッドへin……

「素晴らしい……」

 ああああ。変態イケメン先生が、歓喜に震えてる。
 もう、オレはここから出られない。めくるめくイヤーンな日々が始まるんだ……

 ミチルがまだ見ぬ愛人生活を妄想した時、ジンは大仰に両手を上げて言った。

「貴様の黒獣に対する正しい知識、対抗し得る力! それらを使えば儂のメソッドが完成するかもしれない!」

「へ?」

 なんか、瞳孔開いちゃってますけど、大丈夫?

「貴様、ミチルと言ったな」

「はひ」

 ジンの尋常じゃない雰囲気に、ミチルはまた萎縮してしまう。
 だがそれも構わず、ジンはまるで少年のように瞳を輝かせていた。

「貴様は儂の弟子になれ」

「は?」

「みっちり鍛えてやる。そのカラダの隅々に、儂の技術を刻み込んでやる……」

「ギャアアア!」

 変態が言うと、全部そっちの意味に聞こえる!
 ミチルは本能的に汚い悲鳴を上げた。

 最初は親戚の坊主、それから酒場のウェイター。その後、王子様の側室。
 で、今度は変態師範の弟子!?

 ミチルの身の上はくるくる変わる。
 くるくる。
 くるくる。
 運命の輪の中で……

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