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9 強制愛弟子

 変態的な紆余曲折を経て、ついにミチルはジン・グルースから信用を勝ち取った!
 さらに弟子入りすることになった!
 ──そんな暇はないっ!!

「弟子って、なんですか?」

 なんとか穏便に断ろうと、ミチルはとりあえずジンの真意を探ろうとした。

「うむ。儂は普段はこの辺の少年に武道を教えているのだが」

 ミチルへの警戒心を解いたジンは、再び椅子に深く腰掛けながら説明を始めた。

「数ヶ月前、儂の武術が全く効かない獣が現れた。それを儂は黒い影の獣──黒獣(こくじゅう)と呼ぶことにした」

「ベスティアのことですか?」

「うむ。昨夜現れたアレを貴様がそう呼ぶなら、黒獣はそのベスティアというものと同義だろう」

 なるほど。フラーウムって言ったっけ? この国。
 ジンの部屋、着ている服、食事なんかを見ると、ここはアジアっぽい雰囲気だ。
 ミチルが「こくじゅう」を「黒獣」と頭で変換して考えても問題ない気がする。
 という事は、この国の言葉には漢字に似たものが使われているかもしれない。ミチルは一気に親近感が湧いた。

「でだ、儂はアレをなんとか倒せないかと試行錯誤した。その結果、次元を切り裂くほどの速い蹴りや拳でなら、あれは消えることがわかった」

「マジで?」

「……? それはどういう意味だ?」

「ええっと、本当ですか?」

「本当だ」

 サラッと頷いたジンに、ミチルは言葉を失った。
 ウソでしょ。ベスティアって、カエルレウムの魔法素材とアルブスの魔法がないと倒せないんじゃないの?
 所変われば品変わるって言うけど、生身でベスティアを倒せる人がこの国にいるなんて、大発見なのでは?

「儂の道場には、通い住み込み合わせて五十人ほど弟子がいるが、黒獣を倒せるほどの技を身につけた者はまだいない」

「それじゃあ、この国でベスティアを倒せるのは、ジンさんだけってことですか?」

 ミチルがそう聞くと、ジンは考えながら答えた。

「恐らく。ただフラーウムは広いわりに、通信技術が拙くてな。一般人となった儂が知り得る情報はせいぜい住んでいる県くらいだ。他の県にも黒獣が出現していたり、儂とは別の方法で倒す者がいるかもしれないが、わからない」

 一般人となった儂、ってどういう事?
 この人、以前は一般人じゃなかったのかな?
 度々出る「ショウキカイ」という言葉とともに、ミチルはジンの身の上に興味が出る。

 そうだ、この人は刺客が送られてくるような人だった!
 絶対、田舎のカルチャースクール講師とかのはずがない!
 ミチルは目の前の銀髪イケメンに少し不気味さも感じ始めていた。

「儂は、儂以外にも黒獣を倒せる人材が欲しい。アレの出現頻度がどんどん増えているからな」

「ああ……カエルレウムでもそうみたいなんですよねえ。ボク、それを調べに戻るつもりだったんです」

 我ながらうまい! このまま自然とオレの話に持ち込めるんじゃない?
 ですからね、ボクに弟子なんてやる暇ないんです。早くツレを探さないといけないんです。
 ミチルがそう言おうとした時、ジンの細い目がカッと開いた。
 その迫力に、ミチルは思わず言葉を飲み込んでしまった。

「そこに現れたのが貴様だ! 貴様の話を信じるなら、貴様には黒獣を倒せる能力があることになる!」

「えっ、でも、まだそれはよくわかってないと言うか……」

 その事についても、カエルレウムまで戻って調べるつもりだったんです。
 だから、ツレのイケメン3人を早く探したいんです。
 ミチルがそう言おうと再度口を開きかけた時、ジンはやおら立ち上がって、ミチルの顔に手を伸ばした。

「ふぐっ!」

 顎クイなんて生ぬるい、頬にまで親指と人差し指が伸びる、ほっぺブニブニ!

「貴様の能力を解明し、儂の体術を仕込めば、黒獣を倒せる戦士が一人完成する!」

「ふが、ぐぐっ……」

 ジンの瞳は、ある意味イッちゃっている。

「貴様は儂の弟子になり、気の流れを儂と同一にし、儂と共に黒獣討伐のメソッドを完成させるのだ」

 そこまで言った後、ジンはミチルをようやく解放する。
 ほっぺがジンジン痛い。ジンだけに。
 そんな冗談を考えている間に、言葉の端々に感じられる嫌な予感がミチルを襲う。

「いや、あの、ボクには無理だと思います。運動神経ないし、気、とか言われてもよくわかんないし……」

 現代日本の一人っ子でもやしっ子を舐めるなよ!
 運動神経もないし、根性もない。修行だなんてとんでもねえ!

 この時、ミチルは心の声に従って強気に出るべきだった。
 だが、昨夜からトラウマのように植えつけられた恐怖が、ミチルの言動を消極的なものにしていた。

「黙れ。貴様は儂の弟子になるのだ」

 ピシャリと言われた言葉とともに、ジンの鋭い視線がミチルの体を貫く。
 更に追い討ちをかけるジンの目は暗く冷たかった。

「貴様は弟子になるか、儂の◯奴隷になるか、どちらかだ」

「◯奴隷!?」

 ミチルは最高に血の気が引いた。

「まあ儂はそれでも構わん。貴様の体を好きなように××して×××……」

「でで、弟子にしてくださぁい!!」

 ミチルは反射的に土下座していた。新しい扉が開いてしまったようだ。

「うむ、素直な少年だ。立つがいい」

 ジンは満足げに笑う。見上げた顔は、悔しいけれど超絶イケメンだった。

「もっと側へ」

 ジンの上機嫌の声に導かれるように、ミチルは立ち上がり師匠の側まで近づいた。
 その手をとって、ジンはうって変わった優しい顔でミチルを射抜く。

「ミチル、貴様のことはシウレンと呼ぶことにしよう」

「へ?」

 慈しむような微笑み。ミチルの胸は頭に反してドッキドキ。

「儂はな、気に入った弟子には儂だけの名前をつけるのだ」

「シ、シウレンって、どういう意味ですか……?」

 ジンの発した甘美な響きに、ミチルはドキドキが止まらない。
 師匠は、少し頬を染めて照れた。

「ふっ、内緒だ。悪い意味ではないから、受け入れろ……」

 それは、もうとんでもなく美しくて、妖艶。
 たなびく銀色の髪。
 きらめく金色の瞳。
 狙った者を虜にする、魔法がかけられた。

「はい……せんせい……」

 ミチルは熱に浮かされて、頷いてしまう。
 新しい、未知の扉が全開した瞬間だった。

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