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第1話

 目が覚めるとそこは病室だった。少年は上体を起こして枕に身体を寄せて、病室の壁に背中をあずけた。壁に掛かっている時計は六時三分を指していた。目線を壁に沿って上げて、天井をぼんやりと眺めた。
 昨夕考えていたことが脳裏をよぎった。事故の原因の加害者の男は許せないと、心の奥底から湧き上がる激情は狂気じみていた。その激しい感情は今も抱いていた。
 相手の名前を知りたい、その欲求のみが今の少年を動かす原動力となっていた。相手は二十代の男性だ。目に映った事故直前のフロントガラス越しの相手の顔からそう感じ、テレビの情報番組(ワイドショー)がその予想を裏づけた。司会者(MC)は確かに二十代男性だと語っていた。これだけの大事故を起こした張本人の名前は、いずれ明らかになるだろう。なにも刑事と馬鹿し合いをする必要はない。
 少年はテレビをつけた。朝のワイドショーにチャンネルをあわせて音量(ボリューム)を上げた。
 芸能ニュースにスポーツ、天気予報、政治家の裏金問題に経済、株価、円相場、昨日と同じような内容で変わり映えしなかった。それらをぼんやりと眺めていた少年の眉が少し上がった。一般のニュースのコーナーに入ったからだ。少年は無意識に右手を顎に当てようとしたが、今の少年にはその右腕がなかった。この癖は当分治りそうにないだろうと思いながら、左手を顎に当てた。
 昨日、刑事が病室に来たのは昼の二時頃だった。その際に、年配の刑事はかかってきた電話に出て、すぐに病室から出て行った。あの時のあの電話はなにか驚くような事情がある反応だった。警察の内情に詳しくはなかったが、自分が担当している事件に関する新たな情報があったように思えた。あの刑事は事故について少年に話を聴きに来ていた。とすると、事故に関するなんらかの動きがあったのかもしれない。
 刑事は病室から出て行く時、また、いずれ近いうちにと語っていた。自分の証言で加害者の証言の裏を取りに来たのだろうか。であれば、近いうちに加害者は被疑者と呼ばれ、名前が公表されるはずだ。
 しかし、少年の願いは叶えられなかった。今放送されているワイドショーでは、事故に関する新たな情報は得られなかった。ほかのチャンネルに変えてみたが、同様だった。

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