第3話
遠くから人の話し声が聞こえてきた。
生存者は?
わからない。
話し声は徐々に近づいてくるようだった。
だが、前の二人は駄目だろう。前からぶつかった車に押しつぶされている。後部座席はどうだ?
これから取りかかるが、おそらく……。
期待はできないか。せっかくのお盆休みなのに……。
話の内容から察すると救急隊員だろうか。二人のやり取りが少年の耳には聞こえていたので、妹を救けてくれるようにと声を出そうとしたもののできなかった。
救急隊員と思しき二人の会話が続いていた。
あちらの車も酷いものだな、フロント部分が原形をとどめていない。予想以上に衝撃が凄まじかったのだろう。
助手席の、女性のようだが。
あの状態で、よく生きていたものだな。
ああ、奇跡という言葉を信じてみたくなったよ。
たしかブレーキ痕があったはずだが、あちらの車のものだろうか。
だとしたら……。
ん、どうした、急に黙り込んで。
いや、もしあちらの車が事故の原因だとすると、と考えてしまってな。
死んでいたほうがよかったとでもいいたいのか。
いや、そうじゃない、ことも、ないが、そのほうが、あの要救助者にとっては救いだと思ってな。
救急隊員であるおれたちは、常に発言には気をつけなければならない。
わかってはいるんだがな。どうにもやりきれない気分になる時があるのもまた事実だろう。おれたちだって機械じゃない、血の通った人間なんだぜ。
そうだな、特にこの時期にはな。
少年は少し咳き込んだ。血が吐き出された。少年の意識が朦朧としてきていた。
こちらの車の後ろも酷い有り様だな。
右の座席の、女の子のようだが、だめだ、事切れている。
それでも、全員救出だ。
ああ、わかっている。
なにか音が聞こえる。金属を切るような不快な音だった。喉の奥からせり上がってくるなにかを少年は、咳とともに吐き出した。胸に鈍い痛みがあるのは、肋骨が折れているからなのかもしれない。
今、なにか聞こえなかったか?
いや、おれにはなにも聞こえなかったが。
たしかに聞こえたんだ。生存者がいるかもしれない。
ん、おい、左の席に男の子がいる。かすかだが息があるようだ。
救急隊員が少年の左肩に触れた。ぼやけた視界の中で、少年を呼ぶ顔が見えた。
両脚が挟まっているのか。よく頑張ったな、今救けてやるからな。
妹を救けてくれと、少年は血を吐き出しながら叫んだ。声になったのか、相手が気づいてくれたのかはわからなかった。
金属を切断するような音がまだ聞こえていた。だが、これ以上は意識を保てそうになかった。
病院まで保たせるぞ、なにがあってもな。
少年が最後に聞いた、それが救急隊員の言葉だった。
おれは、死ぬのか。いや、おれも、死ぬのか、ここで。
消え入りそうな意識の片隅で、少年は脳裏に浮かんだ言葉をゆっくりと読むように一文字づつ意識を集中した。
シ・ニ・タ・ク・ナ・イ。
最後の力を振り絞って少年は、奥歯を強く噛み締めた。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。まだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死……。