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第2話

 瞬間、五感が全身を駆け巡り、感覚が脳の意識野に流れ込んできた。
 少年の瞼が開かれていた。開かれた目が像を結んでいた。周囲は薄闇が広がっているように暗かった。赤い灯光(あかり)が繰り返し差し込んでくる。車のドアが原形を留めないほどにいびつな形にひしゃげていた。視覚は問題がないようだ。
 口の中が切れているのだろうか、妙な味がする。血の味だろうか、あらためて考えたことがないのでわからなかった。だが、味覚も問題がないようだ。
 嫌な臭いがする。オイルかガソリンか、鼻が曲がりそうな刺激臭がする。嗅覚も問題がないようだ。
 脚の感覚がなかった。見ると前後のシートに挟まれている。手は動かせそうだが力が入らなかった。だが、触覚も問題がないようだ。
 甲高いサイレンの音と数人の話し声がはっきりと聞こえてきた。なにやら慌ただしいように言葉を掛け合っているみたいだ。聴覚も問題がないようだ。
 五感が正確な情報を脳に送ってきていた。少年は思い出した。これは現実だ。少年が意識を失う前に見た最後の映像は、上り車線を走行していたはずの対向車が車道中央線(センターライン)からはみ出して迫ってきた瞬間だった。そのあとに続いた衝撃は連鎖的に生じたものだったので、おそらく玉突き事故を起こしたのだろう。
 目を動かして少年は、車内の様子を確認しようとした。隣を見て背筋が凍りついた。そこに座っているはずの妹が運転席に押しつぶされていた。かわいい顔をしていたはずの妹の頭や腹から血が流れていた。かすかに息があるのだろう、血にまみれた顔をこちらに向けて、虚ろな瞳で少年に救けを求めていた。お兄ちゃん、救けて、と。少年は言葉をかけようとしたものの、なぜかはわからなかったが声がでなかった。右腕を伸ばそうとしたが、それも叶わなかった。
 喉の奥底からこみ上げてくるものがあり、少年は小さく咳をした。口から血が吐き出された。それを数回繰り返した。妹は左腕を少年に向けて力なく伸ばしていた。少年の右腕は動かなかった。痛みを我慢して左腕を伸ばしたものの、もう妹の腕は力なくシートにだらりと横たわっていた。妹の名前を叫ぼうとしたが、それも、声にならなかった。
 両親に救けを求めようとして、少年は前の座席に目を向けた。フロントガラスが粉々に砕けて、枠がいびつな形に歪んでいた。父も母も前方から衝突してきた車に押しつぶされて血まみれだった。二人ともぴくりとも動かなかった。エアバックは作動していたようだが、想像を遥かに超える衝撃だったのだろう、役に立たなかったようだ。おそらく、即死だろう。苦しまずに逝けただろうか、少年はそんなことを考えてしまった。

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