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第1話

 少年たちを乗せた車は右カーブに差しかかった。急なカーブで左側には斜面が迫り、カーブの先を見通すことはできなかった。父は速度を落として緩やかにカーブに進入して行った。後部座席にいた少年の身体は遠心力で左側に寄った。
 それは、一瞬の出来事だった。
 母は悲鳴を上げ、父はハンドルを握っていた手を離して母に覆いかぶさるように上体を投げ出した。なにごとが起こったのかと驚いて、少年が視線を上げて前方に目を向けた時に目にした、それが光景だった。
 半瞬の後にはフロントガラスに一台の車が迫ってくるのが目に飛び込んできた。急ブレーキと妹の悲鳴が聞こえたのが同時で、少年は目をそらすことができずに愕然として動くことができなかった。激しい振動が周囲で巻き起こり、少年が乗っていた車が悲鳴を上げた。
 少年の身体は助手席のシートに打ちつけられて、次いでシートごと後方へ押されて後部座席との間に挟まれてしまった。熱量をともなった激しい痛みが少年の右半身を圧迫し、その痛みに耐えるように少年は歯を噛み締めて、叫び声を上げるまでには至らなかった。
 なにが起こったのかは少年の目に映っていた一瞬前の光景で、なんとなく理解はできていた。少年はシートに挟まっている右脚をどうにかして動かそうと試みた。痛覚が麻痺しているのか鈍い痛みがじわりと広がっていくのを感じた。その時、再度激しい衝撃と振動が連鎖的に生じて、少年はその場でされるがままに揺さぶられた。前方から一つ、後方から一つ、二つ、更に前から一つ。意識があった少年はそこまで数えることができたが、次の衝撃を受けた時には視界が暗転して、なにも見えなくなった。

 暗い闇の中で漂っているような感じだった。右を見ても左を見ても無限に広がっているかのような深い闇だった。足元を見ると深淵がどこまでも続いている。少年は上を見上げたが、そちらも暗い闇が広がっていた。身体の形はあるようだったが、地に足がついている感じがしなかった。少年は目を凝らした。見ると鈍い小さな光が見えたので、ゆっくりと手を伸ばした。光が迫ってくる。少年の身体が暖かな光につつまれた。
 サイレンだろうか、遠くから妙に甲高い音が聞こえてくる。水の中にいるかのようなこもった話し声が聞こえる。人の声だろうか、せわしないやり取り。やはり、人の話し声のように聞こえる。夢だろうか、意識はあるようだがなにかがおかしい。身体の感覚が鈍い。動かそうと考えて試みたが、動いていないように感じる。
 考える、思う、これは自分の意識に間違いないのだろうか。なにも見えない。見えないのは瞼を閉じているからだろうか。わからなかった。わからなかったのは、そう思ったからだろうか。おかしい。なにかが引っかかっていた。自分は今、どこにいるのだろう、なにをしていたのだろう。思い出せそうな気がする。気がするが思い出せなかった。
 思い出す。思い出せ。思い出せ。なにを。

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