3 転移の技術
ミチルがイケメンに遭遇して叫ぶのはいつもの事なのだが、それにしても今回は弩級の大声が出てしまった。
それでとっさにミチルは口を押さえて黙る。
もし誰か来たらヤバ過ぎる。王子様の寝室に得体のしれない人間がいるのだから。
「どうした?」
エリィはミチルが挙動不審になったのを見てキョトンとしている。
「いや、ちょっと騒ぎすぎた……なって」
「ああ……」
ミチルがそう言うと、エリィはウンザリした顔になって言った。
「この部屋は、王宮の端っこ。日陰の最低部屋でな、こんなとこまでは誰も来ない」
「さ、最低部屋?こんなに豪華なのに?」
「どこが!?狭いし装飾も何もない。兄上たちの部屋に比べたらこんなの犬小屋だ」
「ははぁ……」
よく金持ちが謙遜して「ほんの犬小屋ですのよ、ほっほっほ」とか言うが、エリィは心底そう思っているようだった。
この浮世離れした感覚は、確かに王子様っぽい。
呆気に取られているミチルに、エリィは人懐っこい笑顔で迫った。
「ミチル、今夜はどうする?このまま初夜にしけこむか?僕はいいぞ!」
「きえええ!そういうエロガキ発言、よしなさいよ!」
「……お前も僕を叱るのか?」
エリィは口を尖らせて不満そうにした。だが、ミチルはセクハラ発言を噛み砕くことで頭がいっぱいだった。
「そうじゃなくて、美少年からそんなこと言われたら心臓が持たないでしょ!オレのハートはノミなんだからっ!!」
するとエリィはにまぁっと笑ってミチルに抱きついた。
「そうか!お前はウブなんだな、愛いヤツ!大好きだぞ!」
「にゃー!」
美少年が猫のようにスリスリしてくる!もんげえいい匂いがする!
ミチルはエリィの無邪気な色香にクラクラしていた。
「ミチルはすっごくあったかい……」
エリィは抱きついたまま目を閉じて言う。その言葉はなんだかとても切実で、ミチルは胸が締めつけられそうだった。
王子様には庶民が思いつかない苦労が沢山あるんだろう。そんなことを想像してミチルはエリィに少し同情した。
「あ!あの、ここはアレですか?えっとえっと、カエ、カエラがプンプンですか?」
しかしこのまま流されてぱっくんちょされる訳にもいかないので、ミチルは思い切って聞いてみた。
「うん?カエルラ=プルーマって言いたいのか?」
「そうそう、それそれ!」
「何当たり前のこと言ってんの?」
やったあ!バタフラーイ!
ミチルは心の中で小躍りして喜んだ。
「じゃあ、その……ここはどこの国ですか?」
「ええ?アルブスに決まってんだろ?」
マジでー!?
エリィの答えに、ミチルは今度は両手を上げて喜んだ。
まさにジェイとアニーと目指していた国じゃないか!
それなら街で待ち伏せすればきっと会える!
「なんか、おかしいな。ミチル、お前はホントにここの使用人か?」
怪しんだエリィはミチルから離れて冷たい目で睨む。今まで無邪気に愛を語っていたのがウソのようだった。
ひとりの少年から、ひとりの王子に。危機感と警戒心でミチルを見る様は見た目よりもずっと大人びていた。
そりゃ、怪しむよね。切り捨て御免されたらどうしよう。相手は王子様なんだから有り得ることだ。
それでもミチルは先ほどまで向けてくれたエリィの好意に賭けた。
「あの、落ち着いて聞いてくださいね?実はボク、異世界から来たんです」
「ハァ!?」
エリィは顔を歪めて叫んだ。
やばい!無礼を働いた罪で殺される!ミチルは恐怖で固まってしまった。
「……どういう事だ?」
エリィは顔をしかめたままだったが、ミチルを真っ直ぐ見つめて先を問う。
とりあえず、その場で手討ちは免れたようだ。
「ええと、実は……」
そうしてミチルはこれまでの──カエルレウムとルブルムで起きた事をかいつまんで話した。
「ふうん、なるほどね」
ミチルの辿々しい説明を聞いた後、エリィは驚きもせずに噛み締めるように頷いた。
「確かにチキュウなんて言葉知らないし、ジャパンなんて国も聞いたことないな」
「ですよねえ。だからボクは異世界に飛ばされたんだろうって思ったんです」
「ミチルは、魔術師なのか?」
エリィの問いに、ミチルは慌てて首を振る。
「まさか!魔法なんて使えないし!」
「……それにしては、異世界とか、別の世界に飛ばされたとか、専門的な思考をするんだな?」
おおお。冷静でごもっともな意見。王子様は学があるなあ。
どっかのぽんこつとホストとは大違いだ。
ミチルは素直に思うことを話した。
「ええと、ボクのいた世界ではそういう体験談の作り話が多いんです。だからボクも自然とそう思ったんですけど……」
「作り話?じゃあ、ミチルの世界には魔法とか転移の技術がないんだな?」
「ないです。え、ここはあるんですか?転移の技術が?」
「あるぞ、もちろん」
あっさり答えるエリィの姿に、ミチルは驚いていた。
魔法についてはジェイの魔剣の時に聞いたから知っていたが、転移の技術があることは初めて知った。
「つっても、一般庶民にはそんなものは縁がない。転移の魔法は、かなり高位の魔術師が王族の許可を経てやっと使えるんだ」
「へえー……」
「待てよ、ミチル……ミチルってことは、お前はもしかしてチル一族か?」
「え?なんですか、それ?」
ミチルは初めて聞く言葉に驚いた。なんだか、このくしゃみ転移の真相に近づいているようでにわかに緊張する。
「いや……まさかな。流石にそれはないだろ」
「?」
エリィは一人で何かを考え込んでから、それを打ち消した。ミチルにはさっぱり意味がわからない。
「考えられるのは……何かの拍子に誰かの転移魔法に巻き込まれた、か?」
ブツブツ呟きながら考え続けるエリィに、ミチルは思わず聞いた。
「あの……王子様は随分詳しいんですね?」
「うん?」
するとエリィは顔を上げて、ニヤァと笑って答える。
「まあな、僕は魔術師になりたいんだ!」
「ええ!?」
ミチルの素っ頓狂な叫びがまた部屋中に響いた。