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4 シモネタ王子と同衾

「ま、魔術師になりたいの?」

 ミチルがそう聞くと、エリィは大きく頷いた。

「そうだぞ!」

「王子様なのに?」

 するとエリィはまた冷めたような表情になって吐き捨てるように言う。

「ふん、王子なんつったって政治には参加できない、戦争にも行かしてもらえない。ずっと部屋に監禁されてんだ。魔術書くらいしか暇潰すモンがないんだよ」

「か、監禁!?なんでまた?」

「それは……」

 エリィは言いにくそうに言葉を濁す。微妙な沈黙が流れる。
 すると、部屋の外からドタドタと騒がしい足音がし始めた。

「?」

「ああ……煩いのが来た」

 エリィががっくりと肩を落とすと同時に、部屋のドアをバアンと乱暴に開けて人が入ってきた。

「ぼ、坊っちゃまァ!何事でございますかァ!?」

「……落ち着け、ウツギ」

 エリィは真面目な表情で、ミチルを小さな背に隠す。ウツギ、と呼ばれた老人は息を切らせて立っていた。お金持ちが雇っている執事のような黒いスーツを着ている。

「ですが、先程から坊っちゃまではない者の声で奇声が聞こえておりまして!皆怖がっているのです!」

 ミチルはその老人の言葉に違和感を覚えた。普通は王子様の身を案じるものじゃないの?

「ミチル、あいつはウツギ。僕の執事だ」

「はあ、やっぱり……」

 白髪で白髭。黒いスーツにモノクル眼鏡までしている人が執事でなくてなんだ。
 ウツギは枯れ木の節穴のような目をギョロギョロさせて、エリィの後ろのミチルを凝視した。

「……その者はなんです?何処から入った?」

「こいつはミチル。えーっと、そうだな……ある特別なルートで召し抱えた」

 ミチルはエリィの言われるままに黙っていた。王子様の聡明な言い訳に任せよう。なんかいい加減な気もするけど。

「は?あ、新しい使用人という事ですか?そんな話は聞いておりませんが……」

「ふん!なんでもお前が知っていないといけないのか!?僕の使用人は僕が選ぶんだ!」

「ですが、素性の知れない者を……」

 ウツギはハンカチを取り出して汗を拭きながら困っていた。わー、執事っぽい仕草などとミチルはつい考えてしまう。
 しかし、エリィは尊大な態度で更に言った。

「ていうか、ミチルはもう使用人じゃないんだ。こいつは僕の妃にする!側室じゃないぞ、正式な妃だからな!」

「えええええっ!」

 図らずもミチルとウツギは声を揃えて慄いてしまった。ウツギは節穴のような目を懸命に見開いて口をパクパクさせている。
 ミチルもミチルで、いつの間に正妻に昇格!?とか、その話決定なの!?とかグルグルと考えて、展開についていけない。

「坊っちゃま!お戯れはおやめください!」

 ウツギの言うことはもっともだと、ミチルも思った。だがエリィはニヤァと笑って続ける。

「戯れなどではない。僕は真剣にミチルを愛しているんだ」

「坊っちゃま、いい加減になさいませ!」

「いい加減じゃない!もうミチルは僕が手をつけたんだ!」

「でえええええっ!!」

 またしてもウツギとミチルは揃ってのけ反った。
 固まってしまったウツギにエリィは勝ち誇るようにトドメを刺す。

「王子のお手つきになった者を、放り出せるか……?うん?」

「では、さきほどの声は……!き、既成事実とは……やりますな、坊っちゃま」

「ああ、ヤッてやったとも。ミチルも大いに悦んだぞ……」

 おおい!言い過ぎだろ!下ネタ王子めえ!などと外から罵る勇気は今のミチルにはない。

「はあ……わかりました。坊っちゃまがそこまで仰るなら」

 え、ちょっと待って。執事さん、何をわかったって言うのよ!?

「まったく、得体の知れない少年を連れ込んで弄んだ挙句、妻にするなどと。王に対する嫌がらせにしては趣味が悪うございますよ」

「嫌がらせしようと思って言っているのではないぞ。僕はミチルを本当に愛しているし、性別を超えた僕らの愛は尊いんだ!」

 おおい、僕らってくくるなあ!

「はいはい。ではしばらくそういう事にいたしましょう」

 ウツギの溜息は軽かった。多分、王子様のお遊びだと受け取っているんだろう。
 ここまで突飛な事を言えば、ミチルにだってエリィがワガママで当たり散らしているとしか思えない。

「わかったらお前はもう下がれ!これから僕らは第二ラウンドを始めるんだからな!」

 なんのラウンドだああ!
 誰かこのエロガキ、黙らせてええ!

「はいはい。では私は下がります。ハメを外しすぎて寝坊なさいませんように」

「当たり前だ!ばっちりハメて──」

「ノーモア下ネタぁあ!」

 我慢し切れなかったミチルはエリィの口を手で塞いだ。

「モガ、モガガァ!」

「落ち着け!どうどう、良い子良い子!」

 ミチルがエリィを押さえつけていると、それを見たウツギはモノクル眼鏡をくいと指で上げて呟いた。

「……なるほど。同情は不要の様ですな。ではミチル様、後はよろしく」

 あ。あの執事、オレをこのシモネタ王子と同類とみなしやがった。
 ミチルは悔しさに歯噛みするけれども、エリィを押さえつけるのに必死で弁解は出来なかった。

 ウツギが出ていったので、ミチルは暴れるエリィを解放する。

「もう、何だよミチル!もっとガツンと言ってやりたかったのに!」

「それ以上下ネタを(のたま)うなぁ!そんなエロい言葉ばっかり覚えて、これだから思春期は!」

「ぶー」

 エリィは口を尖らせて不満な顔をしていた。が、ミチルは一刻も早くここから出てジェイとアニーと合流したい。

「ねえ、もうちょっと教えてよ。なんでキミは監禁されてるの?お城から出る方法はないの?」

「んー……」

 エリィは急に興味をなくしたような顔になって、欠伸をした。

「ねえ、エリィ!」

「僕、もう眠い……」

「はあ!?」

「とりあえず今夜はもう寝る。明日また話してやる……」

 エリィは言いながらもそもそと枕まで移動して横たわる。そして自分の隣をポンポンと叩いて一言。

「おい、お前もこい」

「えええ!」

「一緒に寝てくれたら、明日話してやる……」

 ど、どどど、同衾ですって!?こんな美少年と!?
 いつもありがとうございます!──ってそうじゃないだろ!

 さすがに三度目になれば自分につっこめるミチルであった。
 だが、エリィは(じれ)ったそうにしてミチルの手を引っ張って無理矢理倒した。

「うわっ!」

 ミチルがベッドに沈むと、その腰にぎゅっとまとわりついてエリィは顔を押しつける。

「ひぁっ!」

 やばい、奇声が出てしまった。ミチルは下ネタを聞きすぎて感度が高くなっている。
 だが、エリィは一切気にせずもう一度欠伸をした。

「おやすみぃ……」

 言い終わらないうちに、エリィは寝息を立てて寝てしまった。
 やっぱりこの世界の人は寝つきが良すぎるなあとミチルは思いつつ、自身も温かくなっていつの間にか眠ってしまった。

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