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5 昨夜はお楽しみ!?

 あん、くすぐったい……

 ミチルは妙な夢を見かけてハッと目を覚ます。
 部屋の中だった。朝の陽が差しかけている。

 ああ、そうか。
 ジェイとアニーとはぐれて、ミチルはここに一人で転移してしまったのだ。

 昨夜はたいした情報も聞けず、対策も立てられず、小悪魔のような下ネタプリンスに付き合わさせて散々な目にあった。

 美少年と同衾したぐらいでは釣り合わないほどの気苦労をこのエロガキ王子のせいで……

「あっ……んん!?」

 やっぱりあらぬ所がくすぐったい。ミチルは急いで自分の腰回りに意識を向ける。

「ううーん、おなかぁ……すべすべ……」

 なんと、エリィがいつの間にかミチルのパーカーをたくしあげて生腹をさわさわしていた!

「ちょ、ちょちょちょ……」

 ミチルはなんとか逃れようとしたが、エリィは意外にも力が強くがっちりとミチルの腰を掴んで離さない。

「うーん、いい匂いぃ……」

 エリィはさわさわする手つきをやめず、ミチルのズボンに手をかける。ちょっとずれた。その先はデンジャラスゾーン。

「ほぎゃあああ!!」

 ミチルはたまらず悲鳴を上げる。

「……んあ?」

 その大声でやっとエリィは目を覚ました。力が緩んだ隙に、ミチルは急いでベッドの端に逃げる。

「寝惚けてんじゃねえぞ!このエロガキがぁ!」

 ミチルは言葉と裏腹に相当怖かった。こんな子どもからのセクハラに泣けてくるなんて、ジェイとアニーがいないせいだ。二人が恋しい。

「ああ……なんだ、夢だったのかぁ」

 エリィはゆっくり起き上がって残念そうにしている。

「夢なもんか!あんだけ触っといて!」

「え?そうか?道理でリアルな肉感があると思った」

 エリィはきょとんとしたまま、涙目のミチルに気がついた。それからまたニヤァと笑って言う。

「黙って触らせておくなんて、お前もスキだな」

「そんな訳ないだろ!動けなかったんだよ!」

「あーん、ミチルの体がえっちだから朝から変な気分!」

「うおおおおっ!」

 この怒りをどこに発散させたらいいのか。ミチルはベッドの上で悶えた。




「うおっほん!」

 突然、老人の咳払いが聞こえた。
 見ると、執事のウツギが食事の支度をするために部屋に入っている。

「いやぁああ!」

 ミチルは慌ててパーカーの裾を下ろし、ズボンを上げた。
 こんなとこ見られたら、弁解の仕様がない!

「……昨夜は、随分とお楽しみでしたな?」

「のおおおっ!」

 叫んでのたうち回ることしか出来ないミチルを他所に、エリィは涼しい顔でベッドから飛び降りる。

「まあな。こいつ大人しそうな顔して、すごくえっちなんだ」

「……左様でございますか」

 ウツギは一礼しながらミチルを睨み付けた。まるで寵愛を独占する側室に釘をさす爺やのようだった。

「ミチル、何してる。メシにしよう」

「……」

 そんな余裕があるもんか!こちとらまだびびっとんじゃい!
 そんな気持ちを込めてミチルはエリィをじとっと睨んだが、腹の虫がぐぐぅと鳴った。

「!」

「アハハ!ほんと面白いヤツ!いいから来いよ、一緒に食べよう!」

「うう……覚えてろよぉ」

 ミチルは負け惜しみの言葉とともに、ウツギが用意した食卓についた。




「な、なんてこった……!」

 ミチルは目の前の光景が信じられなかった。
 温かいスープに山盛りのパン。それから卵とハムにソーセージ。ミルクとチーズにヨーグルト。色とりどりのジャム。

 あれ?ここってホテルの朝食ビュッフェですか!?

 地球にいた時よりも豪華な食事の前には、ミチルの怒りなど無力だった。

「どうぞお召し上がりください」

「いただきまぁす!」

 ミチルは大喜びでパンを掴んでちぎる。焼きたてのパンのいい香りが鼻をくすぐった。

「……」

 だが、ウツギの顔はしかめ面でミチルを冷ややかに見ている。

「坊っちゃまより先に手をつけるなんて……」

 まずい、高貴な人達にはそういうルールがあったのか!ミチルは掴んだパンをおずおずと皿に戻す。
 しかし、当のエリィは笑っていた。

「構わん、ミチルの好きにさせろ。見ただろ、あの嬉しそうな顔!僕はそれを見てからの方が気分よく食べられる」

「はあ……」

 ウツギは腑に落ちない顔をしていたが、エリィは構わずミチルに笑いかけた。

「ミチル、気にしなくていいぞ。いっぱい食べろ」

「う、うん。じゃあ、いただきます」

 ミチルは改めてパンをかじる。ふんわりとした生地にバターの香りが鼻を抜けて、極上の味が口の中に溢れた。

「ふあぁあ……お、おいしいぃいい!」

 こんなに美味しいものは久しぶりに食べた。ミチルはしばらく我を忘れて、目の前のご馳走を堪能していった。

「な?可愛いだろ?」

 エリィはウツギに言うが、冷ややかな執事の目は直らなかった。

「……私には、坊っちゃまの御趣味はわかりかねます」

 一通り食事を終えてミチルはすっかり大満足。目覚めのセクハラ事件などはとうに忘れていた。

「ごちそうさまでした!」

 ちょっとぽっこりしたお腹をさすってミチルは上機嫌だった。それでエリィもニコニコ笑う。

「うまかったか?」

「うん、すごく美味しかった!お腹いっぱい食べちゃった」

「そうか、良かったな」

「うん!……ってそうじゃねえよ!」

 あぶなー!豪華な食事で懐柔されるところだった。
 ミチルは姿勢を正してエリィに問いかける。

「あのさ……」

「──シッ!」

 するとエリィは人差し指を口元に立てて、片付けをしているウツギの方を無言のまま顎で指した。
 話の続きはあいつが行ってからだ、という事だろう。

「……」

 ミチルはそれでしゅんとして、ウツギが片付けを終えるのを黙って見ていた。

「では、坊っちゃま。私はこれで」

「ああ。ごくろう」

「──失礼いたします」

 カートを押しながら部屋を出て、礼をしつつドアを閉じていく。ふとその顔を上げる瞬間、ウツギの目がギラと光った気がした。
 ミチルはいい知れない緊張感で一瞬固まった。エリィの方は頬杖ついてそれを冷静に眺めていた。

 ドアがパタンと閉まる。
 するとエリィは顔を輝かせてミチルに聞いた。

「さあ、邪魔者は消えた。教えてくれ、ミチル!お前の世界のこと」

「……うん?」

 ミチルがしたかった話題に至るにはもう一苦労ありそうだ。

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