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魂呼び子.7


 まずは《(むろ)》を外から見た。

 それは球体を半分にしたような形で…――

 針で固定される昆虫の標本のごとく――…すきまができないほどの無数の(くさび)(つらぬ)き留めおかれているような、そんな状態にあった。

 四方八方へつき出している大小、結晶の杭による抑制があり、半球の底にある小さな円の面に向かって集中している。
 ひとつひとつの(くい)の太さや形、長さ……規模は一定ではない。

 六面だったり、三面だったり、五面であったりする無色透明な鋭い歯止め。

 それが三六〇度、多方面から底へと。半球状の空間につきささり閉じこまれ、融け合っているのだ。

 いっけんには、その立体から集中的に育った水晶クラスターのようでもあったが、成長軸…――ベクトル方向は真逆。下方の獲物がいる一点への収束だ。

 下方に向けられていて、そんなふうに釘付けにされている部分……

 標的となっているのは、真球を半分に割ってような半球型の底面の中心点……――正確には、その底は面ではなく、とても浅い逆さの円錐(えんすい)調をしていて、中央の頂点が下へ向かって凸状(とつじょう)にとがっているのだったが、そのわずか上のポイント(あたり)に存在する物体(もの)だ。
 内へと向かう力が、さかさの円錐(えんすい)()っているようにも見えるごく小さな円形の面——外殻と融合してある底辺の容積に集中している。
 
 そこに感じられる存在は……

(ここからじゃ…、よく見えない……)

 周辺に散らばる規則性と強く影響しあいながら内部隔離され、剛体(ごうたい)と化しているその陣形に見せる作用はない。

 巧妙に秘め隠されているから、どんなに目をこらそうと外からは見えない――それをとっばらわずに、ここから見るのは人には(・・・)無理。

 彼は頭のどこかで理解した。

 けれどどうじに… 
 ――自分にそれを見る方法が、ないわけではない、とも。

 ともなく、ぐらっと。

 眩暈(めまい)にも似た感覚の乱れが彼を襲った。

 上か下か、右か左か……

 平衡感覚……重力軸があやふやになって、彼をとりまく世界が回転したところに青白い原っぱが視界いっぱいにひろがって見えた。

 バランスを(いっ)した彼が、そのなかに、どさっと倒れふす。

〔ちょっ! なんなの、いきなり…? 死んじゃった?〕

 聞きおぼえのある女性の声が、上のほうから届いた。

 そばに片膝をついた誰かが彼の首筋に触れる。

「生きてるよ。脈がある。呼吸もしてる」

〔だって、存在感が急にしぼんだわ。中に……ひっこんじゃったもの。人並みにはあるけど、いつも表層(その辺)まできてる本質みたいな隠れてる部分が小さく……。体は生きていても、この子らしくないわ。ほら〕

「プルー、君の感覚で見えるものを言われても…――確かに心気が(ほとんど無に…生きていながら、このレベル(ここまでなの)は、もしかしたら逆軸…マイナスに…)…」

 その声にもおぼえがあった。

 いっぽう女子の方は闇の中(向こう)に見つけた。

 いつか捜していた者に、いくらか近しい個体…並行系譜(・・・・)で…――よく知っている。

 プルーデンス……。

 もうひとりは……そのそばに見つけたものとは違う、こちらで(はぐく)まれた存在だ。

 知っている気もしたが、いまは明瞭にならない。思い出せない。

 それは、だれ…――だった?

 彼らの話し声は遠いようで近く、近いようで遠い。
 感覚そのものがゆらいでいる感じで、いまの彼には自分をとりまくものの距離感がうまくつかめなかった。

(…()、なにしてるんだっけ?)

 思案した彼が…――いちどは閉じていたまぶたを細く持ちあげると、やはり、背の高い線形の葉にかこまれていた。

 少し、前にも見た白っぽい緑青。

 片側の低い空色に木漏れ日のごとく白金色にきらめいて見える部分があって、それよりずっと近いところに、いつか見たおぼえのある青い目をした男の顔があった。

 アントイーヴだ。

 遠いようでありながら、部分的には(・・・・・)さほどでもない…――過去にもどこかで見かけた接点。
 多岐に分岐した末々(すえずえ)の一端。
 保有量の差異はあっても、ほとんど固定化されてしまっている素質。
 その生物を活かし(ささ)えながら、ピークを過ぎれば負担にもなってしまうもの。(あらわ)れかたにもよるが、その大多数は生体の限界にあまる過剰な方向を示す……。

 那辺(なへん)から枝分かれしたのだろう(それ)らが《ペリ(それ)》と呼ばれ、または、それと認識されることもなく人知れず……そのようないびつ(・・・)な状態で続いている――散逸(さんいつ)している、と。

 理解するともなく自分の外部にあるのか内部にあるのか不明確な存在の呵責(かしゃく)、罪悪感……

 どうじに、それすらも()とするような孤高の境地が、彼と分離するように並行して(どうじに)存在していて…――その、どちらにも(てっ)することができないジレンマのようなものが()の心を深く濃く、えぐり、のたうち()めるように浸蝕(しんしょく)した。


 ――…自分は…なにも変わってない……。なにを変えたいわけでもなかった。
   ただ……自分は――…
   そう。ただ…、魅せられて……。
   そうして向けられたものに、とまどいをおぼえ……


〔あら? もどったわ〕

 女稜威祇(いつぎ)の声が、その個体の後ろから届いた。

 さっきから聞こえる二種類の声。

「倒れたんだよ。大丈夫…、だね? 少し休んでなよ。今朝(けさ)、早かったからね。睡眠不足か、食べてこなかったんだろう? (ぼくも抜いてきたけど、ぼくはまぁ、慣れてるし……)」

 目の横には、青緑色の草生(くさば)え。
 濃厚な土壌の香。

 視界の先に巧妙に秘め隠されている《(むろ)》を知覚し、目のはしに(とら)えたことで、自分がなにをしようとしていたのかをおぼろげながら思いだした彼——セレグレーシュは、そのまま、ぴとっと、まぶたを閉じた。

 いつかおぼえたのかもしれない感覚……もどかしくも激しい悔恨(かいこん)は、遠い過去のものとして閉じこめる――

 すると、現在(いま)の自分と、その目的が明確になった。

(…そうだ、オレ…。()の中を見ようとしていたんだ…。見なきゃ…――)

「セレシュく……休むのはいいけど、ここはちょっと…。はっきり言ってしまえば、邪魔。できれば、もう少し向こうで…」

〔邪魔? じゃぁ、どけなきゃ…〕

 アントイーヴともうひとつ、プルーデンスの声が遠く……小さくなってゆく…。

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