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魂呼び子.6


 内部に人が(おさ)まるものでも、三次元的には、ほぼ面に圧縮されている状態なので小ぶりなビー玉を半分に割ったような形状の点としか感じとれない。

 そこに(そそ)がれているセレグレーシュのまなざしは険悪で、いまにも堪忍(かんにん)袋の緒が切れそうに見えた。

 ちょっと(さわ)れば、やつあたりされそうな張りつめた気迫がただよっている。

「あいつは手を貸す気ないって。呼ばなきゃよかった」

「え、だけど……」

 後始末はすると耳にしてからさほどもないので、アントイーヴが彼のほうをふりあおぎ、その視界にセレグレーシュを見た。

 構成の中枢を、まじっと見おろしたままのセレグレーシュが、いっぽうへ声をなげる。

〔プルーデ…――…。……君、ちょっと来て〕

 うっかり闇人の名を口にしてしまいそうになって、にわかに逡巡(しゅんじゅん)する彼をよそに。声をかけられた金髪の女性は、不平も忌憚(きたん)もない反応を見せた。
 そこに横たわっていた距離を足早(あしばや)に消化して、呼びかけた相手の(そば)にいたる。

 彼女にすれば、《真名》に基づいてに自分を召喚した相手が自分の名を把握していることなど既存(きぞん)の事実——一般認識として、任意がなくば、はばかられる行為であろうと、特に意識してないタイミングであれば(~なければ~)、そのままに受けいれる。

〔なに?〕

〔うん……。この中心にいるもの、どっちを向いてるか君なら見えるかと思って…〕

〔見えるのは外側の円だけよ。波打つレースみたいな…――ナミナミギザギザアミアミの……。中まで見えるわけない〕

〔そうなの?〕

〔そうよ。(ふち)しか見えない。地面に広げられた糸か、透けて見えるシートみたい。()がれそうでも、持ちあげようにも、つかめないの。どうやったら、こんな薄っぺらなものにあの子が入れられるのか、わからないわ。どこかに連れていって、隠しちゃったんじゃないかって……そう思ったもの…〕

 法印構成が途切れるあたりを流し見て、不満そうにうち明けた彼女――プルーデンスの視線が、最終的には非難の色をおびて、いっぽうに投げられた。

 そのあたりにいたアントイーヴが苦笑している。

(そうか。収縮形態の表面……組みこまれている範囲の(はし)の一部分を面やラインでしかとらえられないんだな。じゃぁ、法具の位置関係までは見えないか……)

 女稜威祇(いつぎ)の言葉を参考(もと)に。セレグレーシュが、彼女に見えていると思われる範囲の程度を憶測する。
 そうしながら、ぐるりと法印全体に()せられた彼の目が、その外側にぽつんと立っている少年の姿を(とら)えた。

 ともなく。
 眉を寄せ、頬をふくらませたセレグレーシュは、ぷいっと相手から顔を(そむ)けた。

 対する稜威祇(いつぎ)の少年の口もとに自嘲めいた笑みが浮かぶ。

(やっぱり喧嘩してる…)

 ふたりの不和を目撃して思ったのは、アントイーヴである。

「位置関係がわかれば、いいのか?」

 セレグレーシュが地面上の中枢(コア)――《(むろ)》を見おろしながら確認の言葉を発した。

「うん。姿勢は、かなり克明におぼえているんだ。向いてる方位さえわかれば、足の位置、メルのいた場所が、だいたい判明す(われ)る。瞬間的にピン留めしたからね……(傷が広がり、増える…。それと決めた以上、成るまでは少しも動いて欲しくなかったから……)」

「それで、どうするんだ?」

「向いてる方向がわかったら、解放とどうじに獣人の足もと(を)固めて…。獣人が状況を理解するまえに〝メルをとりもどせれば〟と考えている。
 足場の拘束を上へ……網で(から)めとるように伸ばすつもりでいるけど、一度たちあげると途中でとめるのは難しいからメルを保護するタイミングが重要——作業の(かなめ)だ。
 拘束がメルにおよぶ前に離さないと(あと)処理が面倒になる。
 でも実際は、この束縛に獣人がどんな反応をみせるかわからないんだ」

〔手伝う気がないならあの子、なにをしにきたの?〕

 かたわらでは女稜威祇(いつぎ)が、いまにも足を踏み鳴らしそうな顔をして不満をうったえている。

 セレグレーシュは《(むろ)》から逸らした目を右側に感じとれた法印の紋様においた。


 チリ……ン……リン…


 そこにあるのは霊的な響きをしめす音文字だ。

 内に秘められているので感覚的なものだが、その形から表面的な響きが予測できた。

 必ずしも必要とは思えない鎮魂めいた……中にいる対象をはじめ、それを耳にする者の気を反《そ》らし、なだめ癒すことを目的としてるような優しい旋律だった。

「暗かったしな……。君も思いだして」

〔わたし、おぼえていないわ。メルとあいつしか見てなかったもの〕

「麻痺させることも考えたけど、なにが効果的に働くかは個体によって違う。
 あの獣人は、その方面の耐性が高そうだったし…――どうするにしても、位置……軸と立ちあげる精密な方向、角度、配分がわからなければへたに使えない。
 法具に選ばせて瞬時に基軸変更するには、一手(いって)では解けない《(むろ)》が邪魔になる。
 影響をメルまでおよぼしたくないんだけど……」

 煮え切らない表情で事情を告げるアントイーヴの視点が、少し先の地面——構成の中心となる部分におとされる。

(…――確認してからだと組みあげに最短でも三、四秒……。不測の事態にあっては、その限りでもなくなってしまう。持ってきた道具で足りるとも限らない。だけど結局…そうするしかないのかな……)

 思案に沈むアントイーヴのかたわら。
 よそ見していたセレグレーシュが構成の中央に注意をもどした。

 まだ見ているようで、見てはいない。

 その瞳の集合点……ピントは白い小石のように感じとれる法印のコア――《(むろ)》の収縮形態より、ずっと手前にあった。

「もしかしたらオレ、見えるかもしれない。理由は聞くなよ? オレ自身もわかっちゃいないんだ。見えないかもしれないんだし…――」

 事の後でそのあたりを追究されないよう前置きしたところで、セレグレーシュは、すっと息を吸いこんだ。

 言葉の意味を問い質したそうにしているふたり――いっぽうの女性は状況がよくのみ込めていないようなので、(おも)にアントイーヴの視線は無視する。

(よう)は、ひっぱり出さなきゃいいんだ。その感覚がわからないけど…――影でも見えれば、向き……座標軸くらいは割り出せるかも……)

 そして恐いものがあるように構成の中枢を見おろし、問題となっているポイントを視野に捕捉した彼は、ぽつりと呟いたのだ。

「…地面を…(つらぬ)いている……」

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