バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

魂呼び子.5


「順番が違うだろう…」

 本気とも思えない……思いたくない発言を前にして。セレグレーシュは苦々しくつぶやいた。

 そんなことにはならないよう、はじめからそんな呪わしい能力など()てににせず、順当に処理すればいいのだ。

 法印を解いて中にいる稜威祇(いつぎ)を獣人から隔離すれば、なにも起こらない。
 家には、そう申請したからこそ許可がおりたのだ。

 スカウオレジャ市の南の森でしてしまったかもしれないこと…——
 やろうと思って行動して、できてしまえば——癖になるかもしれない。

 うまく使いこなせるとも思えない。

 今度はまっぷたつになった獣人が、目の前で息絶えるのを見るのかもしれないのだ。

 そうすれば今度こそ法の家にはいられなくなり、むかしのように周囲の目を警戒しながら生きることになる。

 どこにいても落ちつけず、逃げ回ることになるのではないだろうか?

 セレグレーシュとしては、これ以上問題を大きくしたくはなかった。

〔使ってみなければ、あつかい方もわからないよ。君の資質を語る師が存在したとしても、いま、ここにはいない…——ならば君が自力でおぼえるしかないだろう〕

〔もしオレが拒否したら…。……〕

 重ねてなされたうながしに迷いをおぼえながらセレグレーシュが言いよどむと、対する少年が冷めた目をして、その先を催促した。

〔…拒否したら?〕

 その虹彩が、いつの間にか飴茶色に変化している。

〔なんでもない〕

 ぷいっと顔を背けると、セレグレーシュは法印の中央にむかって歩きだした。

 とちゅうで足を止めていた女稜威祇(いつぎ)の前をとおり、追いぬいて、さらに、その先へと。


 ――おまえ、あきれるだろう?


 そう問い(ただ)しそうになったのだ。

 すぐにも、どうしてそんな無茶を()いるのか、なぜそんな行為を望むのか…――反駁(はんぱく)するつもりではあったが、それと切りだしてしまうのは、あまりにも悔しく情けない抗議の仕方、なじりで。

 「なぜ?」をくり返し、それが相手の本心なのか、本当は知りたくもない理由……由縁を暴き、それが意に添わないものであれば、そんなのは嫌だと……。
 じたんだ踏んで、あきれられたくないんだと情に訴えてしまいそうな予感が(よぎ)って——。

 現実には、葛藤をあらわにする前に踏みとどまり、徹底抗戦に転じる確信があろうと、さわりなりとも口にしてしまう行為は自分の中にある迷いを白状するようなもので。
 そんな裏の流れを秘めた(あま)ったれた失言、不覚で……。

 はっきり言葉にしなくても、その裏にある依存心や葛藤を見破られてしまいそうなおのれの反応だったから……。

 直感的にそんな事実・現状を悟れば、彼、セレグレーシュの中にある反骨精神も騒ぎだす。

 なんで、こいつ相手に下手に出るんだ……(へりくだ)るんだ、無防備で考えが甘い幼子みたいに油断するんだ、すがろうとするのだと――

 ぶざまを演じそうになった自分自身の反応に反発をおぼえて……。

 だから、それを口にだして現実()にしてしまう直前に思いとどまった。

 身の破滅を誘う選択だというのに、自分はその闇人の期待に応えたいのかもしれない――

 どうにか説得して相手に許容されようと……叶うなら、ありのままに理解されようと。衝動的に働きかけてしまいそうになったのだ。

 理性も体裁もあったものじゃない。

(気がゆるむにも……ほどがある。あの態度と声のせいだ……)

 その口調は鼻持ちならなくて、高慢(こうまん)で…――生きてそこにいる人間を簡単に〝始末する〟というような事をいう。

 たぶん違うのに。似ていないはずなのに……。
 そこには、それくらいしても平気だと、なにがあっても受けとめてもらえるはずだと、その相手を——その本性を信頼したがっている自分がいたのだ。

〔なにをこそこそ話してたの?〕

 セレグレーシュの背後では、女稜威祇(いつぎ)稜威祇(いつぎ)の少年を問い質している。

〔あなた、ここになにかしたでしょう? さっき、あの子となにか話していたわよね? なのに、なにも聞こえなかった。べつに、あなたたちの会話なんて聞きたいとも思わないけど、隠そうとするなんて、おかしいじゃない!〕

 アシュという稜威祇(いつぎ)の少年は、琥珀色の瞳で彼女を一瞥しただけで、答えなかった。

「彼、協力してくれるって?」

 しゃがんで作業していたアントイーヴが近づいてきた彼を見あげて期待に瞳を輝かせたが、それを視界()に見たセレグレーシュは、ぶんと頭を横にふった。

「後始末だけするって。やなヤツ……」

「後始末? どのへんからを言っているんだい?」

「出てきた獣人の世話だけするって」

「それって、メルの方は?」

 セレグレーシュはアントイーヴの問い返しを無言でやり過ごして、こころなしか植物の葉が少なくなっているようにも見えるあたりに視線をおとした。

「たしかにもう、……手はかからないだろうけど(メルの方は、ぼくらに任せるということかな……)、でも…(ぼくはむしろ、逆を考えていたんだけどな。可能なら後手(ごて)にも止血してもらいたかったのだけど……)」

 磁気をおびた墨色の(すな)のラインが、同心円の堕円(だえん)を描いて三つ四つ交差(クロス)している。

 さらには円形の素材も模様も違うレース編みが、それぞれ三枚から五枚。

 大小、色とりどりの多様な材質の玉がくっつきあって形作られた分子模型のような構造物。八面体や星形の大小十二面体など、多面体型の群体を築いているものや、パラフィルムに乗っている粉末の小山など。

 こまごまとした法具が、いまはまだ使い手の気をおびることなくアントイーヴの周辺にちらかっていた。

 ぱっと眼につく範囲に特徴的な法具を見いだせなかったので、たずねてみる。

「…《昂昏釈(こうこんしゃく)》は?」

「没収された。私物だから、いつか返してもらえると思うけど……。道具に頼らず地道にやりなおせ、ってことだろうね」

「そう(か)……。これ…、(コア)だな」

「うん。ぁ、その(すな)のラインは踏まないでくれよ? 獣人がどの方角を見ていたか思いだせなくて手が止まっているんだ」

そういう(そうゆう)ことって、《(むろ)》(を)築く時、把握しておくものじゃないのか?」

「うん……。様態(ようだい)に応じて変転させ(~変え~)たし。最終的に外から均等(きんとう)に見える状態に固めてしまったから(メルもいたから軸を多角化して……)」

 その時は冷静なつもりでいたが、現実には、きっとそうではなかったのだろう……。

 かなり気が動転していたのに、そう(つと)めようとした反動だったのかもしれないが、彼、アントイーヴは後になって、自分がそれを正確に築けたのかどうかもわからなくなったのだ。

 為《な》し遂げた感はあっても、希望的な憶測めいて、こまごまとした部分をおぼえてはいない。

 どれもこれもとっさの変更だったため、(もち)いた法具、手応えと外観から、おそらくこうじゃないかという高確率の予測を立てられても実際にそれを成せたのか、その構成にしたのか断定まではできなかった。

 求められて提出した報告も——正直なところ、考えるのも他者に暴露するのも嫌だったので――不足の多い概要にしかならなかった。

 目的が解除するだけであれば、初手からそこまでの情報はいらないのだ。
 けれども。
 こういった法印には、造り手の癖がつきものだ。
 処置を間違えるとこじらせるので、いま、彼らがしようとしていることを考えれば、ないよりはあったほうがいい。

 当時の自分状態を想起しながら嘆息しているアントイーヴをよそに。セレグレーシュは、いわれているポイント——法印の中枢を、じとっと睨みすえた。

しおり