バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

マドルスルー ~muddle through~.2


「成長段階の稜威祇(いつぎ)は、暴走したり、使えなくなったり…、力の発現が不安定になることが多いんだって」

「ん。そうなんだってな」

「原因予測は知ってる?」

「成長期の爆発力か、余波(よは)みたいなこと言ってたかな…?」

「うん。そういわれているね。でも、それだけじゃない気がするんだ。
 余力が暴走するのなら、肉体の限界が近づくほどに微弱になって、鎮静化してしまいそうなものだろう? 霊質のタイプに()るのかも知れないけど、つまるところ生きものの基本……()肉体(からだ)だ。
 もちろん、人みたいに順当に肉体(にくたい)に依存し、左右される場合も…——死滅にはいたらず壊れきる前に失神することで治まることもあるんだけど、彼らの場合は大抵が逆で……。
 より問題視される傾向は、そういった霊的な部分に翻弄(ほんろう)される例なんだ。
 一度(ひとたび)、暴走をはじめると終りに近づくほど働く力が大きくなる。
 本人が、うまく力を制御できないまま、そのへんにただよう。
 単純に抑えきれないから(ひど)くなるってことなのかも知れないけど、上限に達した時、火が燃えつきるような感じで逝っちゃうんだって。
 過労……みたいなものなのかな? わからないけど、放っておけば死ぬまで()を放出し続ける……。
 細々とした傾向は、能力の性質、現れかたにもよるみたいで……制御できないから、自分を構成する生体を攻撃してしまうのかもしれない…。
 力の暴走……霊力の大きさに生体の細胞の方が耐えられないのかもしれなくて……。
 体が(くだ)けたり、(つぶ)れたり。ちりぢりになって消えてしまう場合もあるそうだよ?
 成長段階に限らず、不安定な者が少なくないらしい。
 大人になっても治まらなくて続く場合、成長がとどこおって、そういった不定(ふじょう)がもとで衰弱して死んじゃうことも……。
 彼らの子は、産まれる前におなかのなかで消失することがある――流産(流れ)るまでもなく、消えるんだ。
 勘違い……受胎誤認の可能性もあると思うんだ。でも、…それでも、そんな事例…告白、報告があったのは事実で……。
 (向こう)側でもそうなのか、わからないけど…。成長過程……未成熟、未発達だと、この世界とうまく折りあいがつけられないのかもしれない――なにか定まらない部分、肉体に収まりきらない部分があって、そのバランス、均衡がとれないと、あり方……存在の仕方に過不足が生じてしまうんじゃないかなって。
 この目で見たわけじゃないし、ぜったいそうだとまでは言えない…(でも)。勝手な個人の憶測だけど、僕は調べていて、そんな印象を持ったよ。
 《魂の拡散・崩壊》と表現した稜威祇(いつぎ)もいたんだって。
 鎮めと《絆》を結んだ記録も残ってた。
 最近のはわからないんだけど、それも含めて、ざっと調べたところで(不安定なその種類の記録が)二二〇くらい…」

「けっこうあるな…」

「うん」

 黎明期ともいえる家が成立したころの一〇〇年ほどを別として考えれば(もちろん、そのあたりの記録も含むのだろうが)、この技術が周知されはじめてから、一一〇〇年ほど。
 時期によって多い少ないの変動もあっただろうが、単純計算すれば、目立つものが五年に一人は検出されていることになる。
 闇人やそれに準ずる者がこの地にどれだけ存在するのかなど把握しきれるものではない。
 けれども。そうして考え合わせると、いまも過去も、けっこうな数が潜伏していそうだった。

「――でも。期間の長さを考えれば、少ない方だよ?
 記録量もまちまちで、絆を結ぶ・結ばないに関係なく、ここ一五〇年くらいのは、全然出てこなかった。一世紀くらい空けないと、情報があっても開示されないんだと思う。
 とうぜん氷山の一角で、秘密裏に処理されたものもあるだろうし、記録もれ、滅多に(そう)は開示されない秘匿例もあるはずだ。
 子供に多いって云われてるけど、特定できないものも含めて、記録の大半は子供ってわけでもなくて……。
 味方にしたり、保護する目的で絆まで結んじゃってた時期、逆に、そういったものと契約することを禁じていた時期もあって……。かなり、ばらつきがあった。
 彼らがいたことは、それを補助する系統の法具の開発、発展にも繋がったわけだけど……。八世紀(800年)くらい前、スカウオーレス地方の妖威衆を鎮めることに尽力した鎮めのひとり。死神ヴィーのパートナーも、それには協力的で――…」

 調べたことを話しはじめると、その少年の口はなかなか止まらなくなる。

 《天藍(てんらん)理族(りぞく)》の順当な道から()れようと、その一族の探求心とあくなさは、しっかり受け継いでいるようだ。

 きっと、周囲にそんな趣向の人間も多いのだろう。
 まだ十にも満たないのに彼は、わからないことをたずねると、なかば自分の疑問にして、気が済むまで情報をかきまわしてくる。

(……闇人を帰す方法も、彼に調べさせたらどうだろう?)

 セレグレーシュは他力本願な思いつきを胸に、しばし、その子の話につき合った。

 セレグレーシュの適性考査が不首尾に終ってから、約半月。

 四人が都合のいいように作りかえた報告は、よけい事態をこじらせやしないかという当人の予想を(くつがえ)し、信じられないほど、すんなりと受けいれられた。

 だからセレグレーシュは、いまもこうして、あたりまえのような顔をして《法の家》で暮らしていられるのだ。

 虚構を認識しながら、お目こぼしされていないとも限らないし、組織そのものが、この程度の騒動であれば、動じることなく結果を優先する放任体質で、駆けだしの一門下生の試験に深入りしないというだけのことなのかもしれないが……。

 いずれにせよ、その裏には、ぺリ一門のアントイーヴのコネクションや、この場(そこ)にいるアシュと名のる稜威祇(いつぎ)の働きかけがあったと思われるが、事態があまりに(コト)もなく運んだので、誰より根の深い秘密を抱えているセレグレーシュとしては、かなり気味が悪かった。

 清浄を目指す潔癖で模範的な組織……と信じていた住処(すみか)に、魑魅魍魎の影を見てしまった心境である。

 それでも、すべてが思いどおりというわけではなく……(まぬが)れない不利益もあった。

 セレグレーシュの適性考査は文字通り先へ見送られ、アントイーヴは、けっこうな額の借金を背負って、法具店で日銭(ひぜに)(かせ)ぎながら、課題の準備と審査陣の都合がついてから開始されるという修了検定を待っている。

 自業自得とはいえ、立場を逆手にとって許可もなく法具を持ちだしたのだ。
 厳しく罰せられてしかるべきなのに、現実には、かの地に新しくできた封魔法印に使われた法具は、試験中における事故のあつかいで必要経費と認められ――

 まちがいがあったなら、それと知った時点で報告しなかったこと、翌日追いかけたにしては合流が遅すぎるなどの不備が指摘される中にも、門下生を保護した手柄(および彼自身の実践経験)として評価され、かなりのところまで負担を軽減された。

 むろん、過料(ペナルティ料)は別で。
 抑止目的に架せられた金額は安くなかったようだが…――。

 優秀だからこそ、悪質と判断されれば、罰金や安易な追放では済まされなかったのだ。

 アントイーヴが法印使いの道にもどる意志をみせなければ、もっと対応が(から)くなっていただろう。

 結局《家》は、ぺリの一族に甘いのだ。

 おまけに、つたない稜威祇(いつぎ)にも甘いようだった。

 志願しておきながら方向を間違え、生徒の試験をだいなしにした……という形で報告された例の女性は、二年間、法具店の《(もり)(見習い)》として働くことになったのだが…。
 それは、あくまでも有志としてだ。

 罰則として課せられた仕事だが、表向きは本人の意思ということになっているから給料報酬もでる。

 そこには、ここでやさしい顔を見せておいて、経済観念も育てておけば、後々の戦力になる…という、打算があるのかも知れないが……。

 どれもこれも裁定の流れが違えば、この限りではなかったはずだ。

(こんなにうまくいくなんて、おかしい)

 セレグレーシュは思う。

 不幸を望むわけではないが、とかく安穏とした経過が不気味で……
 どうじに、もしかしたら良くも悪しくも、はまるところにはまったら、世の中はそんなに(から)くないのかもしれない——そんな感想も(いだ)いたのだ。

 未成年ながら、人生の前半に(つら)い経験をしている彼は、自分をとりまくものに、ゆとりや御都合主義な欺瞞(ぎまん)が見えようと、そこに甘えや期待を抱くことはほとんど(ほぼ)なかった。

 そうありながら、目にした現実をありのままに受けとめる知恵を(たずさ)えてもいた。

 変わった配色と、おいそれとは口にできない性質を備えたその少年は、冷静に事実を見きわめようとするのだ。

 ただ、まっすぐに。
 いま持っているその命を活かし、(まっと)うするために…——。

しおり