マドルスルー ~muddle through~.3
――開放されている二階の窓ぎわで。
白髪まじりの灰色の髪の男が、眼下の庭の遠方に見え隠れしている三つの人影を見おろしていた。
「…ふむ」
おうおうに距離もあったが、ひとりは特徴的な髪の色をしたこの庭の常連だ。
どんな面々がそろっているのかを、その交友関係から見当づけるのは、さほど難しいことはなく……。
彼らのようすに着目して、難題でも抱えたような顔をしている。
〔自分のとった
鈴をころがすような
それまでは
〔あぁ、そうだな。……実に、もったいないことをしたと思う〕
〔ふぅん、ほんとうに?〕
〔君たちをもどす
そうと聞いて瞳を伏せた女性の表情に、思案げな影がさした。
〔ふつうは帰ろうと思わないでしょうね。でも……。人それぞれよ。
あのふところの深さ。静寂は、こちら側では得られないものだもの。
〔うん。望まれたなら、それもひとつの方法だろう。だが、いまだ確実な手段は見いだされていない。
ともあれ。十羽ひとからげに送りかえすことを夢見る無思慮ではなかったようだ。
子供だと思っていたのに、意外に大人だったな。
使えるようになるのを先送りにするなど、もったいないことをした〕
〔そんなに残念がってもいないくせに……フォルは嘘が下手ね。
きっと、『技術的には、下手れ』『ちょうどいい
家長の椅子を占領している女性が、ぺたっと机に額をあずけた。
彼が普段使っている執務机に身をゆだね、すりすりと
〔それもこれも、本心であることに違いはないからね〕
〔あなたは相手が誰でも、使えそうなものにはそうじゃない〕
〔使えないコマを見ていてもしかたない〕
〔…。使えると思うの?〕
〔どうだろうな…〕
〔どちらにしろ、あの娘をつき添いにしたところでアウトだったのよ。
口裏を合わせているみたいね。真相なんか知らなくても、それくらい判るわ。でも……。
少々、出費はあったけれど、悪くない動きだったのではない?
わたし、害も悪意もない談合・庇い合いは嫌いじゃないわ――節度を
そんな立場の弱い個人の出来・不出来より、
だいたい、〝ロバは小さくて乗るのが可哀想、丈夫で素直な馬にして〟なんて、注文つけるなんて何様よ?
ベルドゼなんて、徒歩でも一〇日もあれば着けるわ(※注釈/予定されていた現場は、さらにその先の険しい土地)。
おかしな課題、提示したのが、まずかったのではない?
あの娘の言いぶん受けいれて選択を任せてしまう方もおかしいし、あの娘が嫌がっても、補佐という名の監視・守り役を一人や二人、付けるのが常道じゃない。
甘くするところを間違えてるわ。どこまでいいかげんなのか……〕
〔うん。つけるかつけないかで、少し迷ったが…。向かう行程に網をはっていないことも無かったんだ〕
〔ひっかからなかったのでしょう? 対処せず、放置したことも言っているのよ〕
(思わぬところに動きがあったからね。さらに人員を
思った以上の成果を言葉にすることなく腹の底に沈めて、体の向きを外から内に変えたフォルレンスは、涼しげな視線を会話相手の頭頂に
〔まぁ、それもこれも…。君たちが、もっと協力的なら有りだな。
《鎮め》の確保は急務だからね。このところの減少には危局をみる気がするよ〕
言いだしはあてこすり……
〔ペリにも異論を唱える派があるし。もとより
力に
無いよりはマシだから、そこそこ出来れば伝受はするが、怪人にナタを持たせる可能性もあり、個人の方向性を予測……矯正制御するにも限界がある。
この技術は人のためだけに確立されたものではないのに、
声のトーンがおちてゆき、告げた彼の表情も、こころなしか暗くしずんでいる。
前線
使い手の数そのものはある程度維持されていても、前線で闘おうとする者が激減しているのだ。
昨今は、その技能を修めながら、積極的に
人としてある防衛本能が、理解し得ないその力に、ある種の警鐘を鳴らすのだろう。
人は、自身や身内をはじめとする集団・仲間の生活、安全・
絶対数が不明な中にも、その種族の多くが人との衝突を避け、限られた土地に分布しているいま、関わらないようにしていれば平穏に暮らせるのだから。
〔《絆》なんて結ばなくても《家》に味方する闇人はいるわ。
あんなのは緊急時の予防線・気休めでしかない。互いの負担・縛りにもなってしまうもの……。
むかしは使い手が限られていたから、この技術を繋いでゆくため、発展周知させるための裏付けとして……。
適者を見つけ、有志を集め育てるためにも、それとあからさまにしようとする流れが生まれた。
けれど、もう充分。必ずしも必要
これと
〔そうだな…。協力してくれるかい?〕
〔嫌よ。自分からしかけに行くなんて……。
その土地には、その土地のやりかたがあるものだもの。賛同できるかどうかは別として、それを仕事にするなんて間違っているわ。
向こうが攻めてきたら、こっちの流儀でできることをするだけよ〕
〔利口だな。
必要が満たされている強者の理論でもある。
いざという時は、後方支援を期待するとしよう〕
フォルレンスの冷やかしに、机に
〔やりたい人にあたらせればいいのよ。
鎮めとわたしたちの関係は、直接的な方がいいのだし……。情がからめば、やりたくなくても動く者はいる〕
〔うん。それは、いまも
〔いいえ。(あなたは)本気をだしていない。安定を図って守備範囲を拡大する気がないのだとしても、いちいち甘いもの…。らしくないわ〕
白髪まじりの灰色の頭の男がうっすら笑うと、目じりにあるしわが深くなった。
〔厳しいの間違いだろう?
だが、規準をゆるめて質を落とすつもりはないぞ。
こうしていれば、あーいった者も
実に有望そうじゃないか…〕
一二〇度ほど体の向きを転じ、遠い眼下の庭に視線を戻したフォルレンスが、まばゆいものを見るように目を細くしている。
すると、机に伏せていた女性が彼を見つめながら、もそっと上体を起こした。
〔なにを考えているの? ……。…あなたが、そこで〝過ぎ去りし日の自分を見るようだ〟なんて言いだしたら、わたし、笑っちゃうわよ〕
〔そこまで老いぼれちゃいないよ〕
〔でも……。