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泣きっつらに蜂.5


〔法印を学びたいのだろう?〕

 問題の彼がヴェルダとよく似た声でたずねた。


 ——技を(おさ)めたい意思……意欲はある。
 けれどそれは、ヴェルダほど重要ではない。


 セレグレーシュは、心中に浮かびあがった解答をそのまま(はら)の奥底にしまいこんだ。

〔非合法に学べる裏の道……横路(おうろ)がないわけでもないが――。その(たぐい)伝手(つて)は、自由のあるなしが極端にふり切れる。
 つけこまれやすく、技術の確かさを疑われ、表では冷遇もされがちだ。技・道具とも充実した《家》で修めておくのが利口だと思うが……〕

〔関係ないだろ? おまえ、なんでそんなこと(を)言うんだ? おまえ、オレに《鎮め》になれっていうのか?〕

〔われではなく、君の話をしている。技能を修めたいのではないのか?〕

 稜威祇(いつぎ)の少年は、いたって冷静だ。
 どう観ても原因がセレグレーシュの方にありそうな相容(あいい)れない空気がただようなかに、アントイーヴが言葉をさしはさんだ。

〔セレシュ君。家を出たいなら、あの家はいつでも出られるんだから……いまは、彼女のことも考えてくれないかな?〕

 彼がふたりの不和に(おく)することなく自身の意見を()べたので、セレグレーシュの注意が、ふっと、女稜威祇(いつぎ)のほうに()れた。

〔君がそのまま伝えたら、彼女も(さば)かれる〕

〔自業自得だろう〕

 女稜威祇(いつぎ)は、そこで見限りの言葉をはいた同種の少年ではなく、擁護(ようご)する姿勢をみせているアントイーヴの方を睨みつけた。

〔追い出されても、わたしなりにやっていくわ〕

 彼女なりに、どうやってゆくのか…――?

 実物を見ると不安要素ばかりが目につくが……。
 ともあれ、その人はその人で自立心旺盛(おうせい)なプライドを傷つけられたようだった。

〔プルー、強がるのもいいけど、君自身が不利にならないようにね。
 相手を観て、状況と可能性を考えて効果的と判断したら現実にどうするかは別として……事実を話すって。
 脅迫(きょうはく)するくらいじゃないと世の中わたっていけないよ〕

〔…。そうかもしれない……〕
〔――いらぬ知恵をつけてくれる〕

 彼女の納得のつぶやきに、稜威祇(いつぎ)の少年の不満の独白が(かさ)なった。

 琥珀色の目をした稜威祇(~彼~)が、忌々(いまいま)しげに眉をひそめている。

 どうやら思惑(おもわく)は、みんなバラバラだったようである。

 セレグレーシュは身近な感傷に気をとられ、先のことを考えているようでいながら後まわしにしていて……
 女稜威祇(いつぎ)は、なりゆきまかせ。
 稜威祇(いつぎ)の少年は、都合の悪いことを隠し……もしかしたら、だが。

 避けられない不都合・(さぐ)られたくない事実を女稜威祇(いつぎ)熨斗(のし)にしてつけて、追いだそうとしていたようなふしがある。

穏便(おんびん)に済ませたかったら、もう、みんなでかぶるしかないね〕

 アントイーヴが上機嫌で場をとりまとめた。

〔世なれしていない女性に、ここまで(まか)せてしまう家にも責任がある。平和ボケしたうかつな先人たちにも、少し、かぶってもらおう。
 道を間違えたんだよね、プルー?〕

 まわりの人間ことをよく考えてくれる、いい人のようなのに、ご都合主義的な虚実(きょじつ)があるせいか、話している彼が世をたばかる悪党にも見えてもくる。

 稜威祇(いつぎ)の少年がアントイーヴへ、不快もあらわな視線を投げた。

〔それだけでは妖威が現れたことを説明できない。おまえの行動も不審を買うと思わないか?〕

魔人(あれ)は、偶然(あらわ)れたのでなければ、セレシュ君が呼び出したんだろう?
 わざわざそこ(・・)を説明することはないんじゃないかな?
 その件に関して、ぼくは沈黙するよ。
 ぼくは彼の可能性を高く買っているんだ〕

 セレグレーシュが、わずかに(こうべ)をかたむけた。

〔なんで?〕

〔君はきっと、どちらに(かたよ)ることもない…――双方の過剰・不足をおぎない、とりもてるような、いい《鎮め》になる)

(…オレは……。…)

 心力は別として、まだ褒められるほどの実力もない。鎮めになるつもりもないのだったが、それよりも……。
 心理的に追いつめられたセレグレーシュは、この場にいる面々に視線をめぐらした。

 女稜威祇(いつぎ)は知っている。
 そこの稜威祇(いつぎ)の少年も知っているかもしれない。だが、おそらく。
 アントイーヴは知らないのだ。

 自分は、闇人を呼びよせるだけではない。

 《闇人殺し》なのに……。

 注目の度合いが異なる中にも、いまはそこにある視線のほぼすべてが、セレグレーシュを映していた。
 居心地(いごこち)悪そうにしている彼にそそがれる稜威祇(いつぎ)の少年の虹彩は、思量(しりょう)を感じさせる静かな紫色をしている。

〔ぼくは、こっちの彼から方向の相違(そうい)を聞いて、痕跡(こんせき)を追っただけだよ。そこにたまたま魔人が現れて、そのへんを荒らしていた……と、いったところでいいかな?
 出どころに関しては、知らぬ存ぜぬを通せばいい〕

〔ずいぶんと都合のいい……〕

 稜威祇(いつぎ)の少年が、軽蔑(けいべつ)的な視線をアントイーヴに投げた。

〔だいたい、そんな流れだったろう?
 魔人……妖威に遭遇してしまったのは、不運(・・)だし。目的地にたどり着けなかったふたりは、偶然迷いこんで見つけた法印に研究意欲をくすぐられて数日(とど)まっただけだろう。
 ()よう・知ろうとはしても、()いては……解こうとしてはいないのだし……〕

 稜威祇(いつぎ)の少年の言葉を受けとめて応えたアントイーヴは、のんびりとしたものだ。

〔――法印が身近にあることに慣れた家の者が、迷ったすえに見つけた懐かしいものに誘われて足を止めても不思議はない。
 目につく広場だったし。浅薄(せんぱく)さは指摘されそうだけど、現地に到達できなかったことで、ほぼ確定された不合格判定(はんてい)を、あの法印のあり方を(あば)くことで能力を示し、(くつがえ)そうとしたとでも——(そうだったことにすればいいんだ)解くつもりなどなかったことにしてね……〕

 堪えるようすなど微塵もなく、自儘に思案を働かせている。

(――ここから無事帰還を果たすことで、可とはされぬまでも、さほど悪い評価にはならないのかも知れないけど、この先なにもしなくても、助勢と解釈されそうな、ぼくの要素はごまかせない。
 結果がいっしょ(おなじ)なら安全なのが一番だ……)

 稜威祇(いつぎ)の少年が指摘したのは、駆けつけた者が対処する(すべ)(腕)ばかりではなく、周到にもほどほど充分な道具を所持していた事実(部分)だっだのだが——

〔——まぁ、悪足掻(わるあが)きだけど。
 どうあれ、この騒ぎがひっかかって、うやむやになりそうだし、それくらいの事情であれば、お目こぼしされる範疇(はんちゅう)だ。きっとね……。
 だから、そうするといいよ〕

 アントイーヴは、相手の指摘・意図がわかっているのかいないのか、のん気に話し続けた。

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