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泣きっつらに蜂.6


〔持ち合わせと()りあいがつかなくてさ…。あの構想は持続性(じぞくせい)の永いものじゃないんだ〕

〔そうなのか?〕

 ふっと、法印の話題にひかれたようにセレグレーシュが聞き返した。

〔うん。その場、間に合わせだよ。あの形では遠からず(ほころ)びが(しょう)じる。
 (法具の)補充は期待できなかったから、最低限、どんな状況にも対応できるよう(そろ)えたつもりだったけど実際は……思うようにはいかないものだね。
 妖威を封じることになるとは思わなかったし。《鎮め》も、いったん拘束して、後で結び直したり補強したりすることがよくあるらしいけど、あの状況で退()くわけにもいかなかったから正直あせったな……。
 収容対象に、ひどい波あってね…。負荷(ふか)なく組みこむのに、けっこう手間()らされた。
 それでも、いちおう梃子(てこ)入れしやすいように仕上げた――ようするに未完成なわけだけど、いつまでもつか不安だよ〕

〔じゃぁ、また行くのか?〕

 セレグレーシュがたずねると、アントイーヴは、すっと一度、首を左右にふり動かした。

〔《鎮め》か、補強が得意な《法印士》でも(つか)わされるんじゃないかな。あれでも一年や二年で瓦解し(崩れ)たりはしないから〕

〔君は?〕

〔ぼくは、どちらでもない。法具を管理・販売している店の見習い従業員だからね〕

 アントイーヴは、その質問を歓迎しているようにも見えない微妙な笑みをうかべている。

〔無断で持ち出したのなら、解雇(クビ)だな〕

 そこで、さらりと警告めいたことを口にしたのは稜威祇(いつぎ)の少年だ。

〔事の後だから借金にはなるけど、修了検定は受けることにした〕

 セレグレーシュがすぐには思いが言葉にならないようすで口をあいて、そう補足したアントイーヴを凝視する。
 そして、ごくわずかな空白の(のち)、セレグレーシュが発した言語は人間のものだ。

「勝手に……持ち出したのか?」

 深い理由もなかったが、それをしたとおぼしい対象(相手)が、その言葉を主に使う人間だったのでそうなった。

「申請は(())した。(必要をぼかしたから通用するとは思えなかったけど、通したかったし……)いろいろ確認されるのがわかっていたから反応(返事)をもらう前に出てきちゃったけど」

 質問者に合わせ、同じ言語で答えたアントイーヴを(うつ)す、セレグレーシュの目は、奇人を見るものだ。

 使うも盗むも、法具の犯罪は御法度(ごはっと)
 重罪なのだ。

 将来性のある生徒、門人の不始末だ。
 腕は良いようだから、悪質と判断されなければ、指導目的の監視役、または後見人をつけられたうえで甘受(かんじゅ)されるのかもしれないが、それも大目に見てもらえたらの話である。

 一般に流通している危険度の低いものならまだしも(それでも充分問題だが)、法具の流出は環境に影響をおよぼす可能性があり、間違った者の手に渡れば、一般人の手にあまる重大犯罪にも発展する。

 こじれれば《神鎮め》や《法印士》の仕事にもなり、そこに《法の家》に由来する要因や過失がない時は無償ではない。
 逆をいえば、原因や失態・非がこちらにあることが明らかな場合は、《家》の経費や関わった個人~身内~の自腹(賠償)になる。

 各地にちらばって存在する法印の管理費用は、だいたいが地元負担とされているので、ふつうに運営していても《法の家》にかける出費が少なくない国や自治体では、その罪に対する処遇(しょぐう)が、私財没収のうえ、その身まで売りはらわれたり、まだ産まれてもいない子々孫々にまで課せられる罰金(懲罰)となったり、ひどい時には親類縁者までまきこみ、使えなくなったら捨てられる報酬も保障もなしの終身雇用とされたりと、暗に防犯を意識させるような過酷かつ現金なものになっている。

 法の家でも、法具を盗むような俗物(ぞくぶつ)は、相応の対処をされたうえで追放だ。

 それが使い手なら、技を(さまた)げる法具……または薬物を植えつけられたりすることがあるらしい。

 ある種の(おど)しに過ぎないのかも知れないが、必要と判断されれば腕を落とされることだってあるのだという。

 家でそんな例がほとんどないのは、怒らせたら恐い先人や稜威祇(いつぎ)が出入りしているところで、そのような行為におよぶ者自体が非常に(まれ)だからだ。

 《法の家》の敷地は開放的なので、よく防備の甘さを指摘されるが……。
 武力にも戦略兵器にもなりうる特殊な道具をあつかっている手前、その方面のガードはゆるくない。

 生徒が授業で(もち)いる法具だって、無断で敷地の外に持ちだそうとすれば、規制の網にひっかかる。

 家の外に点在する法具店など、てきとうな《(もり)》がつかない時は、法印による防犯力だけでは心許(こころもと)ないと閉めてしまうくらいなのだ。

「――…無断じゃないか」

「うん。そうといえば、そうなんだけどね……」

「よく、持ち出せたな」

〔《ぺリ》のホープだ。監視の目が甘いのだろう〕

(ぺリ…)

 少年稜威祇(いつぎ)の暴露に。セレグレーシュは、狐につままれたような顔をしてアントイーヴを見つめた。

(…ぺリ(・・)か……)

 それは《家》が創立した頃に見いだされ、いまも続いているという法印使いの名門だ。

 家でよく云われるさる血統(・・・・)一系統(一系)である。

 稀少(きしょう)な法具を所持しているから、それなりに裕福な出身だろうと受けとめてはいたが、それはそれで、かなり(めずら)しい出自(しゅつじ)だった。

 一般に、心力や法印の技能適性――技巧を現実にするための心力・知力はもとより、素材に対する感受性・鑑識力などは遺伝しないし、なかなか(そろ)わないといわれているが、例外がまったくないわけではない。

 なかでも、その一族は、血統でかなりのところまで資質が保証される別格なのだ。

 どういった理由からか、そうであっても公表されることはなく、絶対数・住んでいる場所・出身とも不明とされるなかに、存在することだけはまことしやかに噂されている。

 伝説の《神馬》《炎馬》より、はるかに現実味がありながら、準ずるような存在で…――大きな仕事を(こな)して目立った者や優れた法印使いが、その確証もなく、それではないかと評判になることも少なくない(よくある)のだ。

 驚きまなこをおさめたセレグレーシュが、現物を視界に、なんとなく納得したような顔をしていると、アントイーヴは憂鬱(ゆううつ)そうに視点を(およ)がせて溜息をこぼした。

〔べつに、だから甘いということもないと思うよ? そうでなくても《家》は、一度、(ふところ)に入れたものには寛容(かんよう)だから――はみだしも、多少であれば、ね……〕




 ▽▽ 場 外 ▽▽

 ※ 《ペリ》――中東あたりの妖精的存在から、()を借りてきております。あくまでも名だけで、それではありません。翼もありませんし。
 血統による特殊性は備えておりますが、あくまでも人間です。

 〝さる血統〟—《ペリ》以外にも、そう示される系統がいくつか存在します。

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