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悪夢

 わしはその夜、悪夢を見た。

年甲斐もなく号泣し、枕をびしょ濡れにした後、力尽きて眠ってしまったわしには悪夢が待っていたのだ。

内容は今朝のことだった。
夢の中でわしの視点は三人称で、幽体離脱でもしたような感じで自分のことを見ることができた。

わしは今、そわそわしながらリビングではる君を待っているわしを見ている。

ややこしいから、わしが見ている夢の中のわしのことはこれより先、クソジジイと呼称することにしよう。

ウキウキしているクソジジイの期待に応えるように玄関のチャイムが鳴った。

クソジジイは凄まじい敏捷性を発揮した。
立ち眩みを起こすのではないかと心配になるほど急速に立ち上がり、笑えてくるほど素早く足を動かして玄関に向かった。

チャイムが鳴った時に近くにいたかず子が玄関のドアを開けるとそこには、はる君がいた。
元気いっぱいにクソジジイに手を振っている。

わしはそれを見て、つい頬を緩めてしまう。
クソジジイも気色の悪い笑顔を浮かべている。

なんだこのジジイ気持ち悪りぃな。
餅を喉に詰まられてしまえばいいのに。

あ、これわしか。
もはや自分であることを忘れてしまうほどの気持ち悪さだ。

それからクソジジイは、はる君をリビングへ通し、相変わらずキショい笑顔を浮かべながら、プレゼントのお手玉を背中に隠すように持ってはる君に近づいて行った。

やめろっ!
わしの孫に近づくなこの変態!

あ、これわしか。

クソジジイは
「今日はぬぇ。はる君にぃ、プレゼントうぉ、ようぃしたんだぁ」
吐き気を催すイントネーションではる君に話しかけた。

せめて表情をどうにかしろ!
頼むからどうにかしてくれ!
キモい!

そんなクソジジイにもはる君は満点の笑顔で
「なーに?」
と訊き返してくれた。

クソジジイは
「デゥフ」
と変に口角を上げて笑ったかと思うと
「じゃーん!」
お手玉をはる君に見せつけた。

その瞬間のはる君の表情が脳裏に焼き付いてしまっている。

わしがこの先認知症などになったとしても、この表情を忘れることなど決してないだろう。

はる君は素足でダンゴムシを踏んだような顔をしていた。

嫌悪感を必死に押し殺しているのが手に取るように伝わってきた。

場面が変わる。
唐突に景色が入れ替わったのだ。

夢であることを自覚しているわしは冷静に周りに目をやった。

これは……時計を見る限り、おそらくはる君が帰った後だろう。

呆然と立ち尽くすクソジジイにかず子が呆れたような顔をして近づいてきてボソッと呟くように
「あのお手玉。なんだか変な臭いがしてましたけど、何を練り込んだんですか?」
と訊いた。

わしは今まで気づかなかった。
わしが臭いということに……。

かず子のその言葉がクソジジイの心臓を貫く。
クソジジイは膝から崩れ落ちた。

わしは溢れ出ようとする涙を堪えながら、その様子を見守る。

目を逸らすことがなぜかできないのだ。
この悪夢はわしに地獄を味合わせるつもりらしい。

わしは孫の気持ちを想像した。
あの時、はる君はあまりの臭さに鼻が曲がりそうなのを我慢してあの汚らわしいお手玉を押し付けてきたわしに対して
「わーい……。ありがとう。嬉しいな」
と感謝の言葉を口にしてくれたのだ。

しかし今思えばはる君はえげつない顔をしていた。
多分七歳が動かしてはいけない表情筋が動いていた。

そしてわしは悪夢から目覚める。
頬を伝う生温かい液体は、額から噴き出した冷や汗だろうか、それとも。

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