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愁傷 そして…….11


 疲労と眠気がもたらす、まぶたの重さを自覚して、立てた膝に横たえた腕に額をあずける。
 さらに姿勢を変え、その腕に頬をななめに()え置いたりしながら気になる作業の動向をうかがう。

 本音を言えば、もっと間近に見て、いろいろ聞きたい衝動があったが、作業の妨げになってしまうのなら仕方ない。

 封じるしかその対象をおとなしくさせる手段が無いのなら、邪魔する気などこれっぽっちもないのだ。

 これは、いまの自分にどうこうできる事態ではないのだから。

 (ひら)けた丘の片側に法具が散乱する中、休み休みそのようすをうかがい見ている——セレグレーシュ(~彼~)の視界には、不思議とアントイーヴの姿が入らなかった。

 疲労から注意力が落ちていているのと暗いのとで、見過ごしているだけなのかも知れなかったが……。

 いっぽう。

 気難しげに考えこんでいた女稜威祇(いつぎ)は、(たず)ねた相手が耳をかたむけようという意思を忘れかけたころ、ぽつぽつと話しはじめた。

 伏せられがちなその双眸が千草(ちぐさ)色……わずかに緑おびた水色の発色を見せている。

〔ひとつだけ……。北の方の…――《初白雪(はつしらゆき)》の野にある封印をといて、あいつからメルをとりもどしたい……〕

〔それは、ぼくがひき受けるよ〕

 いつからやりとりを聞いていたのか。

 離れたところで作業していた筈のアントイーヴが、すたすたと、こちらに向かっていた。
 思いのほか、近くまできている。

〔守護がついてない封じ手に、なにができるというの?〕

〔あの法印を一番よく知っているのは、ぼくだよ。それに、手伝ってくれるんだろう?〕

〔わたし…。……わたしだけでは無理よ。封印を解けば、きっとあいつも目をさます……メルは、あいつを庇った(・・・)のよ? どうしたらいいのか、わからないし……あれ以上、メルを傷つけたくない…〕

〔うん。同感だ〕

 しんみり呟いたアントイーヴの目が、どこか、ぼぅっとしているように見える秘色《ひそく》の頭の少年にむけられた。

「セレシュ君。()に頼んでくれないかな…」

「…ん? (せれ…? ――せれ(・・)()?)なに、を?」

 眠気にひたりながら、なんとなく状況に流されていたセレグレーシュは、言葉をくれた相手を探して、ぐるりと視点をめぐらした。

「彼の力も借りられたら助かるんだけど」

 かけられた言葉の意味を理解すると、ぼやけていた彼の思考が、にわかに明確さをとりもどした。

 女稜威祇(いつぎ)が彼に対し、要求を口にしていたような、たしかとも言えない認識はあって。
 半覚醒な中に聞いた内容を想起してみたことで、なんとなくその概要(がいよう)……すべてではなく部分部分から、自分がなにを望まれているのかを直感的に理解する。

 なにかを()すための助勢として、いま自分の後ろにいる稜威祇(いつぎ)との仲介を求められているのだ。

「なんで、オレに聞くの?」

「君が頼んだら受けてもらえそうだから」

「君らのほうが知りあいだろう? 違うのか?」

 不服そうに言い返したセレグレーシュは、問題の対象がいる方向をふり(あお)いだ。
 そうして視界に捕捉(ほそく)した稜威祇(いつぎ)の少年の背中を、まじっと見すえて、(いど)むようにたずねる。

〔……おまえ、オレが頼むと承諾するの?〕

 赤ワイン色の視線にさらされた少年|稜威祇《いつぎ》は、ふっと、瞳を伏せた。

〔疲れているだろう。休んだほうがいい……〕

 ふり向くことなく返された言葉は、やたら、おだやかで。
 気がすすまないので頼まれないよう回避した、というように受けとれなくもなかった。

 アントイーヴが、くすっとふくみ笑いしている。

「ひと休みした後でいいよ。もう一度、聞くから」

 そう予告したアントイーヴに、稜威祇(いつぎ)の少年が、するどくも冷めた非難の視線……意識をなげた。
 背中を向けたままなので感覚的なものであって、肉眼による直視ではない。

〔仕上げは?〕

〔うん。ぼちぼち〕

〔手早く済ませられるか? いくらか眩惑を後引(あとび)かせることは可能だが、この縛りは形成の支障となるだろう。()いた後は保証できない〕

〔これがあるからね……〕

 アントイーヴが、自身の前腕《ぜんわん》程度の(たけ)の鬱金色の法具を示した。

 彼がいま、心力を満たしたことで瞬時に、シャン……と。
 直線上に伸びたそれは、全長がアントイーヴの身長ほどの長さに成長した(もなった)

 五鈷杵(ごこしょ)を長くひき伸ばし、金属製の輪を何枚もひっかけた細身の錫杖(しゃくじょう)のようなしろものだ。

 棒の先に、大と小、互い違いに対をなす形で、四本の優美な爪があり、それぞれに、直径にして三〇センチ足らずの平べったい輪……いわゆる遊環(ゆかん)が三つずつ、通されている。

 輪が通されていない芯が中央にもあるので、先端の爪は五本――それが反対の端にもあるので計一〇本。

 棒の延長をかこみながら遊環()(ともな)っている爪の先端は、中央の()と交わることなく、広く解放されている。

 軸をのぞく両端の爪に通されている合計二四枚の遊環(わっか)は、先端が下に向けられて、(とお)されている爪の端までおりても、所有者の意図なしには外れない仕様のようだ。

 さらに…――棒全体に、軸を保護……もしくは補助するある種の形態だろうか?
 しゃらしゃらと、針とも糸とも毛ともつかない硬さと柔軟さを秘めた無数の細い突起物が規則的にほどこされている。
 いまは、それを手にしている者の手に乱されているあたりだけが金糸のごとくたわみ、それ以外の部分は、芯となる棒そのものを形づくっているように()い閉じていた。

 いっけんには、しなやかな武術や舞踏、儀式の小道具のようでもあり、
 ちょっとななめになっただけでも、シャラン……と、金属がこすれる繊細な音がした。


 …——

『その(たけ)、術者とほぼひとしく……、それが示すのは、《天》であり《地》であり、《人》でもある。
 複雑な印を築くさいには、自分の分身が百人いるような錯覚をおぼえ——…。
 誰がまとめたんだろうな……おおげさな記述だ。使う者にもよるだろうが、せいぜい、三、四人……多くても、十人そこそこだと思うぞ。
 ——一本一本、術者にあわせてみつくろい、造る側の人間もかぎられてくる。
 珍品の類だな。
 基本、錫杖や長柄型になるが、造り手や持ち主によって、細部の形状が違ってくる。
 これは上級者というよりは、心力の強い者むき。
 心力消費に強引なところがあると聞くから、はんぱな人間が持っても、ふりまわされる。危険といえば、危険な道具だ。
 どっちにしろ、材料を厳選し、使い手にあわせて造るようだから、おそろしく()がはる。
 心力の確かさはもちろんのことだが、所有する者にも特定の条件がつく。
 それこそ、さる血統(・・・・)とかな。そうそう手が届くものじゃない。
 強力な法具に憧れるのもいいが、足もとは、しっかり見ないとな…——』


 いつだったか、生徒の知識欲に応える形で、カフルレイリ講師が話していた希少な法具――。

「《昂昏釈(こうこんしゃく)》……?」

 セレグレーシュのつぶやきに、アントイーヴが、うんとうなずいた。

〔闇人……。魔神(と呼ばれるレベル)の類を封じるのは初めてだけど、初期配置はすませたよ。個人的には不満がのこるけど、持ちあわせでは妥当なところだと思う。あとは組みあげ、収めるだけだ。一〇秒くらいで終わらせられると思うんだけど、はじめの三秒でいい。対象をあの場所……中枢の(かこ)いの(うち)に足止めできるかい? それ以上の手間は、とらせないよ〕

〔……。承知した〕



 ▽▽ 予告です ▽▽

 次回、挫折(ざせつ)しかけている現在もホープ視され、かえり咲くことを期待されているやり手の彼が、ぱぱっと魔人を収容してしまいます――
(構成のつたなさ・表現力の不足に関しては、ご容赦を——これでも、いまの私のいっぱいいっぱいです💦 自分、執筆力がなかなか成長しないです)。

 あと、稜威祇(いつぎ)の少年が、例の魔人をどう眩惑しているのか(彼の能力の一特性)と、その魔人がなにを見ているのかは、まだ秘密です。

 私がへこたれなければ、そのうち出てくることでしょう ///


 12章の最終で、某湖畔での事の顛末(てんまつ)(過去の騒動)を回想仕様にてピックアップいたしますので、よろしくお願いします(ここまで物語におつき合い下さいまして、ありがとうございます――おつかれさまでございます←こびこびしております)。
 

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