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愁傷 そして…….10


〔妖威を封じたものなら、守護がつく〕

 稜威祇(いつぎ)が封じられたものであれば問題が起こらないかぎり放置されがちだが、解かれるとまずいような法印には見守り維持する存在がつきものなのだ。

〔すべてをおぎなえるほど、術士の数は足りてないようだが?〕

 稜威祇(いつぎ)の少年は、あっさり指摘した。

 受け手の見識を問うような言いまわしだ。

 守護者……管理者といえば、優秀な法印士・法印師がつくのが一般的で、事実、その数は足りてはいない。
 それ未満の者や現役の神鎮めが担当している例もある。

 引退した玄人(使い手)が近辺に常駐していることもあるが、たいていは能力や個人の事情にあわせて、立場によっては複数兼任しながら、仕事を熟すなり契約相手を求めて移動して歩くなりしているものだ。

 すぐに駆けつけられるとも限らないので、おうおうに対策しておくものでもあったが、ここからさほど遠くないところには《転移法印》を持つ大きな街がある。

 《転移法印》は、製作・運用・維持に必須となる資材・人材の都合から数そのものが限られているが、築かれたもともとの目的を(さまた)げないよう運営されるので、もよりの法印の守護者から管理目的のコンタクトがあれば優先される。

 離れた場所にいても、ここで問題になるような異変が生ずれば、早々、駆けつけるはずなのだ。

 《視水(しみず)》を撒いてから、まる二日。ほどなく三日になる。

 来たくても来られない状況で遅れているのだとしても、そうならそうで、家の上層に処置を委託するなどの打つ手があるはずで……。

 職務中の事故的な理由から、その通達さえままならない状況にないともかぎらないわけだが…――
 いずれにせよ、こう後手を踏んだのでは、管理者の意味がない。

稜威祇(いつぎ)を収めたものじゃないなら、解除に入ったら作動するややこしいトラップでも仕掛けられているのかな? たしかに単一ではない、もう一人、二人……人間が関わっている感じがあったけど、この種類の法印には、維持補正補強の梃子入れはつきもので……。それなりに、時を()た古い法印っぽいし……)

 あれこれ思案していたセレグレーシュの目は、アントイーヴの方に流れた。

(彼だったりするのかな?)

 法印使いの道を(こころざ)すなら脱落するには早すぎる年齢で、法具店の店員をしていた男。

 高度な防御法印を身につけていて、妖威を封じようとしているのだから実力もあるのだろう。

 すでに法印士なのかも知れないし、契約稜威祇(いつぎ)が存在する《神鎮め》だったりするのかも知れない――本人が、そうではないというようなことをもらしていたが、セレグレーシュは聞き流しのその情報に、重きを置いてはいなかった。

 いっしょに行動していたのだから、いま自分の背後にいる少年がパートナーである可能性だってあるのだ。

 《絆》を結ばずに共にある……特例的な境地だったりするのかもしれない。

〔あの男の話では、ここの管理者は、すぐに動ける状態ではないそうだ。一連の騒動の経過・子細は、われの知るところでもない。そのへんは、この場所に君を導いた、そこの女に聞いたほうが早いのではないか?〕

 稜威祇(いつぎ)の少年の指摘(——論争放棄のようでもある――)に、セレグレーシュは、そっと息を吸いこんで吐くと、離れたところに佇んでいる女性の闇人に目を向けた。

 いつのことか知らないし、自覚もなかった。

 けれども、その彼女は自分が呼びこんだ者らしい。


 ——救いではなかった……〝この人さえ呼ばなければ〟…——


 その(ひと)は、そう言い(はな)ったのだのだから…。

〔あの(おんな)はもう《家》には居られまいが……〕

 ()めて響いた少年稜威祇(いつぎ)の断定的な言葉に〝かちん〟ときたセレグレーシュはそこで、ほとんど反射的に反論していた。

〔君のいうことが事実なら、損害をうけたのはオレだ。オレが呼んだのなら彼女だって被害者だ。相手が悪いとはかぎらない。どうするかは、オレが決める……〕

 親友のものとして認めたくない反応だったので、(いた)く反感をおぼえたのだ。

 ヴェルダには、もっと思いやりがあった。
 きびしい面もあったが、おだやかで思量があって……。
 たとえ、そう見越したとしても、言葉を選んで口にしたはずなのだ。

 セレグレーシュの反応に稜威祇(いつぎ)の少年の口元がゆるみ、かすかにほころんでいたが、そんな彼の様子は、セレグレーシュの見える範囲にはなく……。

 セレグレーシュは稜威祇(いつぎ)の少年に反発した勢いのままに、その女性のほうへ話をふった。

〔君……、帰りたいのか?〕

〔……。……帰りたい場所なんて、ないわ〕

〔向こうに……。…もと居た闇に帰りたいんじゃないのか?〕

 重ねて追及されたことで、思ってもいなかった場所を想定されていたことを理解した女稜威祇(いつぎ)は、こころもち(あご)をひき、うつむいて、それを口にした相手――セレグレーシュを上目使いに睨みすえた。

〔――帰ったって、しかたがないわ。メルがいないもの〕

〔メルって、だれ?〕

 否定的に鼻を鳴らした彼女は、つかの()おし黙り、セレグレーシュのその問いの答えをくれなかった。

〔だけど……。帰りたいんだろう?〕

〔ごめんだわ〕

〔オレ……。時間かかるかもしれないけど、君がもどれる方法さがすから……〕

〔いまさら必要ない。よけいなことよ〕

 稜威祇(いつぎ)の少年が、口をはさむこともなく、ふたりのやりとりに聞き耳をたてている。

〔帰りたいんじゃないのか? どちらにしろオレは、方法みつけるつもりだから。みつかったら、その時は、技を確実にして君を…。……オレに送り出されるのが嫌なら、ほかの誰かを通して――〕

〔いいって言ってるじゃない。あなたには、なにも望んでない!〕

 セレグレーシュは、なんだこいつは……と、ばかりに。その人を見すえた。

 いきおいや反撥(はんぱつ)で出た言葉とその場で気づけるほどの余力……ゆとりは、いまの彼にはなく……。

 成せるか不明ななかにもそれは、彼女のことを考えてひねりだした提案なのだ。

 それなら何故? と不平を覚えずにはいられない。

 セレグレーシュとしては、彼女が自分に手をあげた理由に彼なりの解釈をつけ、理解しているつもりでいた。

 望んでいない彼女をこっちに呼んでしまった事実に(くわ)え、自分が闇人殺し(・・・・)だからだと。

 その(しゅ)、眷属には、あることも許されない存在だと敵視され、否定されても仕方がない。

 認めたくなくても実情がそうで――…

 それでも、その人のこの行動の根底にあるもの。本懐は、もといた場所にもどる事なのだろうと思ったから。

 許してもらおうとかいうのではなく、それで妥協してくれたらと考えた。

 招いてしまったのなら、それはもう変えようもない過去の現実だから、せめて、その望みを叶えるための努力を提起して、約束しようとした。

 べつに仲よくしてほしいというのではない。
 むろん、険悪であるよりは和解できる方がよかったが、いま求めているのはそれではなく……。

 これは望まぬ彼女をこちらへ招いてしまったことへの贖罪(しょくざい)
 譲歩(じょうほ)なのだ。

〔なにも望んでないなら、どーして関わってきたんだよ。なにもないなら、かまう必要ないじゃないか。どうにかしたいこと、あったんじゃないのか? オレを…――。消したかった……だけなのか?〕

 たとえそうだったのだとしても、そうは思いたくなかったし、その事実に表現しようもない理不尽を覚えた。

 幼いうちに、わが身以外のすべてを無くすような経験をしている彼が、このよう(こんなふう)に執心するものは、そんなに多くない。

 いまはその人を相手に話しているが、セレグレーシュは彼女個人を見て言っているのではなかった。

 そこには闇人をひとまとめに考え、帰せるなら帰したい……もとの平穏な状態に戻したいという思い――自身の間違いを正したいという強い自責の念と目的意識があった。
 そしてさらには、自分がここに存在すること(・・・・・・・・・)否定されたくない(・・・・・・・・)という思いが……。

 どうにもならない現実を前にあがいて導きだした妥協案――それも許されないのだとしたら、自分はどうしたらいいのだと……。

 それに対し、女稜威祇(いつぎ)は沈黙したので…。
 セレグレーシュは暗がりのなかで(おこな)われている、法具の配置作業に目をもどした。

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