バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

愁傷 そして…….4


 星明りのもと。

 ()げた大地にたたずむ女稜威祇(いつぎ)の姿は、闇につつみ隠されてしまっているが、それでも、ひらけた土地におりる微量の夜天の射光散乱――遠い星のかがやきをはじめとする夜半の(かそ)けき光明が知らしめる濃厚な影があり、その先に、わずかながら人間らしい輪郭も見えていた。

〔子供は、ひっこんでなさいよ〕

 となりにいる少年に投げられた威嚇(いかく)抗議(こうぎ)なのだろうが、セレグレーシュもいっしょに(にら)まれている感じだ。
 セレグレーシュは、そこに違和感を禁じ得ないひずみ(・・・)を見た気がした。

 ついさっきまで行動を共にしていたはずなのに――…
 距離をおいてとなりあうのにも、そこかとない示威(しい)のぶつかりあい、反撥(はんぱつ)滞留(たいりゅう)しそうな殺伐としたけはいがある。

〔君がやっているのか? どうして…?〕

〔法印は正確に築け。そうすれば君の守備は、きっとあの熱にも耐える〕

 催促(さいそく)したのは、かたわらにいる稜威祇(いつぎ)の少年だ。

(…いや、耐性上限(たいせいじょうげん)はある……)

 思う中にも。
 こっちが投げかけた疑念を否定してほしかった女稜威祇(~相手~)が、応えもしなかった事実にとまどいをおぼえる。

 どうしてこんな状況になっているのか――その(ひと)がいらだっている理由など、わからなかったし。事実、いまそうあるのだとしても半信半疑の感がぬぐい去れない。
 セレグレーシュは、自分が携えている球体に視線をもどした。
 現場に思考が、おいついていってないことを自覚する。

 しかし。
 ならば、例のゆがみをおびた闇人は…――暴れていた男は、いまどこでなにをしているのだろう?

 セレグレーシュは不思議と力がたまらない法具に心力をこめなおしつつも、一帯の闇に目をこらした。

 いつの間にか風は凪いでいたし、今は火炎のゆらめきも見あたらない。
 満点の星明かりのもと。漆黒にほど近い静寂(せいじゃく)が、彼らをおおいつくしている。

〔なんの権利があって邪魔をするの? なにも知らないくせに……〕

 鎌首をもたげる蛇のようにのたうつ青白い炎が、女稜威祇(いつぎ)のまわりに生みだされた。
 空中を舞いはじめた光源が、彼女と彼ら、各々(おのおの)の所在を知らしめる。

 炎に庇われて浮かびあがったその(ひと)の表情に見てとれたのは明確な怒り。敵意で…――
 セレグレーシュは、そこに決然と存在する害意を確信した。

 思いもしていなかった現状にぞくりともしたが、やはり敵対しているようだった。

 自分がそうなる原因を作ったのだろうか? 
 〝邪魔をする〟とは、どういった経過のもとに投げつけられたのか?
 理由をもとめて記憶を探る。

 身におぼえがないこともなかったが、どれも命を狙われるほどのものとは思えない。
 自分が知らないうちに、なにかそんな流れになる事態が起きていたのだろうか?
 物事のとらえ方、許容の限界は人それぞれだ。
 把握も理解もしきれるものではない――そんなことは、わかっていたけれども……。

 そうしていた時。
 とさっとさっと。塩の結晶でも踏むのに似た音が聞こえたので、セレグレーシュの視点が右へと流された。

 過剰な熱と炎が大気を食う騒音にさらされた後だ。
 鼓膜(こまく)をはじめとするもろもろの感覚が混乱し(にぶ)くなっていたのか――思いのほか近くまできていたのに気づくのが遅れたが……。
 結果、とつぜん、そこに現れたように感じられたのは、ようやく大人になろうかという年頃の上背《うわぜい》ある男だ。

 女稜威祇(いつぎ)の前方から左にかけて、低くも高くも維持されている火焔。
 その十数歩ほど手前で足を止めた人物の容貌や体の部分部分が、暗がりのなかに青白く浮かびあがっている。

 アントイーヴだったが……。

 ひとたび客と店員として言葉をかわしただけで、あとは接触もなかったセレグレーシュに、そのへんの見極(みきわ)めはつけられなかった。
 
 光源は限られている。
 それも極地的なものなので、あたりは暗い夜の闇に包まれている。
 人に過ぎない彼にとって、視覚における環境条件は充分ではなく……——その知覚把握は、〝どこかで見たか〟、〝誰かに似ているか?〟 というレベル以上にはならない。

 そんな現実よりなにより彼の目を惹きつけたのは、現れた人物()がまとっている力場だった。

(あれは、もしかして……)

〔プルー。やめるんだ!〕

〔どうして来たのよ〕

 どうやら、その女性と知り合いらしいその青年――アントイーヴをおおっているのは、無色透明の安全地帯だ。

 それを暴露(ばくろ)するような干渉がなければ、感覚でしか(とら)えられないもので、そういったものを読み慣れない者、その方面に鈍い者は見逃しがちなもの。
 天地(てんち)にしぼむかたちの紡錘形(ぼうすいけい)で、地面に接している部分が、保養(ほよう)する対象の足もとで真円(まえん)(えが)く状態に途切れている。

 それは法印士が護身(ごしん)(もち)いるという高等技法。
 法印技能者が前もって形成しておく法印の結晶(とその他、余剰(よじょう)法具)で可能とするものだ。

 (もち)いる道具の数および種類、完成した時の形状、規模(きぼ)(こま)かな特性などは、作成する者の着想(ちゃくそう)や、なにを重要視(じゅうようし)して築くかで違ってくる。
 手法として共通する特徴(とくちょう)としては、かなりのところまで伸縮(しんしゅく)自在(じざい)で、保護層(ほごそう)の外に手を出して作業することも、心力を(くわ)えた法具を外部に放出(ほうしゅつ)することも可能な柔軟性の高さと迅速(じんそく)立ち上がり(~成立~)があげられる。

〔邪魔をしないで!〕

〔プルー、家にいられなくなるよ。(たが)いをむやみに(しいた)げない。共存共栄は、家の……法の約定(やくじょう)だ。君も知ってるだろう〕

〔それがなによ! その子は殺したわ〕

 青年がまとってる法則(もの)に気をとられていたセレグレーシュの肩が、ぴくりと戦慄(わなな)いた。

〔きっと、たくさん殺している——…。これからも、きっと殺す!〕

 瞬間的な逃避(とうひ)で、一瞬、なにを言われたのかわからなくなったが……。
 それでも言葉ではなく印象、感覚として、その意味を克明(こくめい)に理解する。

 彼女が口にした残酷な未来告知(みらいこくち)——

 そんな現実など望んでいない。
 だから否定したかったのだ。
 けれども、まったくといっていいほどコントロールできていない彼には、確信がもてないこと。
 (ちか)おうと、やぶってしまう可能性があることで……。

 セレグレーシュは、あらがいようのない実情を前に、かたくなに唇をひき結んだ。

(殺したくて、殺したんじゃない……)

 やはりその人は、移動初日の夜に起こった出来事を正確に見極(みきわ)めていた。

 彼が自覚していなかっただけで、嫌悪されるのに()る確固とした理由があったのだ※。

(だから、こんなことに……なってるのかな…。……)



 ——闇人召喚(やみびとしょうかん)……



 セレグレーシュが生まれもった、(いま)まわしい能力。

 望んでしているわけではなくても、人を(しいた)げる妖威(ようい)と同様――闇人を無差別に傷つけるような存在を法の家は(みと)めないだろう。

 殺していなければ、まだ大目にみられたかもしれないが、そうではないのだ。

 ……追い出されるかもしれない。

 思いあたった彼が手はじめに気にかけたことは、その(とが)を追及する女稜威祇(いつぎ)のことでも、安心して身をおける場所((すみか))の心配でもなかった。

(ヴェルダ…。オレ、もしかして、おまえの期待に応えられなかったのかな……)

 かたわらには気まぐれに彼をとらえる冴え冴えとした紫色の双眸がある。

 夜目のきく生物のように闇にひらめくものではないのに、一切(いっさい)外部の光線の影響をうけつけず、独自の発色を固持する闇人の虹彩。

 内部確立していながら、外にそれと主張するように(あらわ)れる色彩現象。
 夜闇(よやみ)の中にあっては、人の視覚で確実に(しかと)確認できるものではないのだが……。

 法の家に住むようになってから、頻繁(ひんぱん)に見かけた稜威祇(いつぎ)の子供…——

 彼がヴェルダなのなら……。

 思いもよらないことであったが、ヴェルダが闇人だったとするなら…——

 同族を傷つける彼を毛嫌いすることなく、生きていけるよう導いてくれた——そんな現実が予想できる。

 それなのに…。

 自分は、ろくに技術を身につけないうちに、その人が、そこと教えてくれた組織から不適格の烙印(らくいん)を押されるかもしれないのだ。

 申し訳ない思いと、確かとはいえない憶測(おくそく)
 その稜威祇(いつぎ)……闇人がヴェルダだという確証は、まだ得られていない。
 材料もとぼしい、あて推量(ずいりょう)だ。

 それでも考えてしまう。

(ヴェルダは…やっぱり……。オレに(しず)めに……。法印使いになってほしかったのかな?)

 セレグレーシュは、なかば闇にしずんでいる少年の表情を読もうとしながら、相手の視線が向けられると反射的に目をそらし、あらぬ地面を見すえた。

 捜していたもの……かもしれない。

 見つけたと思ったのに、期待外(きたいはず)れと見離(みはな)されてもおかしくない現状を意識して、どうにも、いたたまれない心境(しんきょう)(おちい)っていた。




※ 「闇人殺し」が理由というのは、あくまでも、セレグレーシュの受け取りになります。

しおり