魔神招来.6
(…まずい……)
きちんと落ちつくはずの心気が静まることなく波紋をえがき、空間を立体に
心気の対流、法具の振動で、外の面に微風まで生まれていた。
幸か不幸か、急場の直感的な調整……
苔の地表と
面で融けあい重なるべき部分——(直下に強固な法印があるので、この場合は表面に乗るべき部分)――が、地表に降りた十二のポイントを重心とする輪郭を維持しながら、強力な
これでは下手に動けない。
〔前の時と違う…。なにか変……。地面が地面じゃないみたい……浮いてない? どうなっているの? これって、むちゃくちゃなんじゃ…?〕
〔うるさいな。いま、どうすればいいか考えてるんだっ〕
〔…力が、
〔オレ、妖威に知り合いなんていないけど…――荒れるにしたって、こうまでハチャメチャなのに会ったことはないよ。勝算あるのか?〕
〔…勝算?〕
案の
〔なら黙ってろ。このまま行ってくれるかもしれない〕
サァ———ッ…
隔離された静寂の中に届く、かすかな摩擦音があった。
砂が流れ落ちるような……。乱雑なようでありながら統一されているようにも感じられる音の重複音。共鳴……。
声帯をもたない法印が鳴いている。
〔
ぽつりとこぼしたセレグレーシュは、天にある球体に手をさしのべた。
いっぱいいっぱいに腕を伸ばしても届かないが、直接触れる必要はない。
すでに彼の気を帯びているそれには、干渉を切断しないかぎり心力はつながる。一時的に切り離そうと、とり戻すことは
セレグレーシュは、右の手のひらを上にむけたまま目を閉じた。
〔どうして、わたしを入れたの?〕
〔どうしてって…。……〕
とまどいがちにひらかれた赤ワイン色の瞳が、かたわらにいる女性を映す。
背丈が彼の目線の高さほどしかない女の闇人。
〔危ないだろ〕
〔危ない? あなたに守られるおぼえはないわ。よけいなお世話よ〕
〔利用しとけよ。少しは楽できるだろう?〕
女
(だってそれは、オレが呼んだのかも……しれないし……。…)
憶測の域でも責任の所在を自分に
〔……。組みなおした方がいいんじゃないの? 目立っていそう〕
〔静かに解除する自信がない〕
〔
〔こんな時に、いまさらなこと言うな!〕
〔がんばっちゃって、ばかみたい〕
あきらめがちにゆるんだその口から、底が浅いようで深いため息がこぼれる。
〔君のそれって、
ふっと。数回まばたきした彼女は、その視界のはしに、ちらとセレグレーシュを映した。
冷淡にまたたく水色の瞳。
ときおり、そのひとが見せる酷薄な表情。
似ているようで異なる人間と闇人……
夜闇の中で、はっきり見てとれるわけではないのに否定的なけはい…——敵意は感じられて、
——そうよ、と。
セレグレーシュは、思いつきで投げた問いを肯定されたような錯覚に
暗がりのなかにある彼女のおもては、輪郭もしかと確認できない。
けれども。
そこに殺気に類似するものを見た気がしたのだ。
いま、ここにいたら危険なのではないだろうか?
本能が知らしめる根拠のない予感があったが、とくになにも起こらない。
言葉で肯定することもなかった彼女の瞳がそらされて……他所を映した時。彼は、ほっとしたのだ。
知らず緊張していた彼の身体から、不要な力がぬけてゆく。
セレグレーシュはこの時、なんとなく
この
思えば、けっこう意見が衝突している。
ほとんどは世間を知らない彼女の、自身の趣向を優先しようとするわがままからきたものだ。
それでも試験の採点に感情を入れない人ならいいのだが、その人の場合は良くも悪くも、かなり左右される気性のような気がして……。
セレグレーシュは、がっくりと肩を落とした。
(落ちるの確定かも…)