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魔神招来.6


(…まずい……)

 (いら)つきながら急いで配置したせいか、()となる玉石がいつになく外にずれこんでしまったのだ。

 きちんと落ちつくはずの心気が静まることなく波紋をえがき、空間を立体に(たも)とうとする基軸……中空の法具を小刻みに震わせている。

 心気の対流、法具の振動で、外の面に微風まで生まれていた。

 幸か不幸か、急場の直感的な調整……基礎修正(足場ならし)か――地面()に配置した玉は、上方のゆがみを吸収する上で的確なポイントをとらえていたので、いますぐ地表からはじきとばされるということはなさそうだったが……。

 苔の地表と平衡に(ひらに)混ざりあう予定(はず)だった底の(めん)が、ゆるやかな弧をえがきながら(トツ)状に盛りあがった結果、彼らがいる中央部分(あたり)が六ミリほど浮きあがっている。

 面で融けあい重なるべき部分——(直下に強固な法印があるので、この場合は表面に乗るべき部分)――が、地表に降りた十二のポイントを重心とする輪郭を維持しながら、強力な吸盤(きゅうばん)のように吸いついているような状態だ。

 これでは下手に動けない。

〔前の時と違う…。なにか変……。地面が地面じゃないみたい……浮いてない? どうなっているの? これって、むちゃくちゃなんじゃ…?〕

〔うるさいな。いま、どうすればいいか考えてるんだっ〕

〔…力が、(さまた)げられる……。外しなさいよっ、邪魔よ!〕

〔オレ、妖威に知り合いなんていないけど…――荒れるにしたって、こうまでハチャメチャなのに会ったことはないよ。勝算あるのか?〕

〔…勝算?〕

 案の(じょう)、女稜威祇(いつぎ)は、なぜ自分が戦わなければならないのだというように下唇をとがらせた。
 
〔なら黙ってろ。このまま行ってくれるかもしれない〕

 サァ———ッ…

 隔離された静寂の中に届く、かすかな摩擦音があった。

 砂が流れ落ちるような……。乱雑なようでありながら統一されているようにも感じられる音の重複音。共鳴……。

 声帯をもたない法印が鳴いている。

バランス(安定)が悪い。力、補充しなきゃもたないな……〕

 ぽつりとこぼしたセレグレーシュは、天にある球体に手をさしのべた。

 いっぱいいっぱいに腕を伸ばしても届かないが、直接触れる必要はない。
 すでに彼の気を帯びているそれには、干渉を切断しないかぎり心力はつながる。一時的に切り離そうと、とり戻すことは容易(ようい)だ(妨害するものがなければ、だが)。

 セレグレーシュは、右の手のひらを上にむけたまま目を閉じた。

〔どうして、わたしを入れたの?〕

〔どうしてって…。……〕

 とまどいがちにひらかれた赤ワイン色の瞳が、かたわらにいる女性を映す。

 背丈が彼の目線の高さほどしかない女の闇人。

〔危ないだろ〕

〔危ない? あなたに守られるおぼえはないわ。よけいなお世話よ〕

〔利用しとけよ。少しは楽できるだろう?〕

 女稜威祇(いつぎ)は、(さげす)みの目で彼を見てから、ふいっと顔を(そむ)けた。

(だってそれは、オレが呼んだのかも……しれないし……。…)

 憶測の域でも責任の所在を自分に()していたセレグレーシュは、安易に白状できない思いを胸中に抱きながら視線をおとした。

〔……。組みなおした方がいいんじゃないの? 目立っていそう〕

〔静かに解除する自信がない〕

()がぬけているわ。うまく使えないなら、やらなきゃいいのよ〕

〔こんな時に、いまさらなこと言うな!〕 

〔がんばっちゃって、ばかみたい〕

 辛辣(しんらつ)な女稜威祇(いつぎ)を右側に、セレグレーシュは唇を噛んだ。

 あきらめがちにゆるんだその口から、底が浅いようで深いため息がこぼれる。

〔君のそれって、()なの? それとも試練の一環(いっかん)か? ……オレになんか恨みでもあるの?〕

 ふっと。数回まばたきした彼女は、その視界のはしに、ちらとセレグレーシュを映した。

 冷淡にまたたく水色の瞳。

 ときおり、そのひとが見せる酷薄な表情。

 似ているようで異なる人間と闇人……

 ()めようがないその距離を知らしめるような目だっだ。

 夜闇の中で、はっきり見てとれるわけではないのに否定的なけはい…——敵意は感じられて、


 ——そうよ、と。


 セレグレーシュは、思いつきで投げた問いを肯定されたような錯覚に(おちい)った。

 暗がりのなかにある彼女のおもては、輪郭もしかと確認できない。

 けれども。
 そこに殺気に類似するものを見た気がしたのだ。

 いま、ここにいたら危険なのではないだろうか?

 本能が知らしめる根拠のない予感があったが、とくになにも起こらない。

 言葉で肯定することもなかった彼女の瞳がそらされて……他所を映した時。彼は、ほっとしたのだ。

 知らず緊張していた彼の身体から、不要な力がぬけてゆく。

 セレグレーシュはこの時、なんとなく(さと)った。

 この女人(ひと)は、彼のことが嫌いなのだと。

 思えば、けっこう意見が衝突している。

 ほとんどは世間を知らない彼女の、自身の趣向を優先しようとするわがままからきたものだ。

 それでも試験の採点に感情を入れない人ならいいのだが、その人の場合は良くも悪くも、かなり左右される気性のような気がして……。
 セレグレーシュは、がっくりと肩を落とした。

(落ちるの確定かも…)

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