魔神招来.5
星々がまたたく空のもと。
草木が
あっちは……こっちは、と。
目標とする存在を求めて目を迷わせていたセレグレーシュは、とぼしい光を反射して存在感をかもす物体のかたわらに頼りなげな人影らしいものを見いだした。
空き地の中央付近だ。
闇にとけこむように鎮座する
黒光りして見えるその側面——向かって、左手……。
目をこらして、それが探していた女性であるか否かを見さだめる。
闇の中。明瞭とはいかなくても、人並みより見える程度の視力は備えている。
月のない夜だったが、微量ながら星明りはおりてくるので、
それに法印使いに必須とされている感性……素材を感覚で読みとる能力・鑑識力・注意力に磨きがかかれば、幽明に左右されることもなくなる——。
むろん、対象とのあいだに横たわる距離にもよるのだが……。
(やっぱりいた……。なんで、ぼーっとつっ立ってるんだよ)
セレグレーシュは、空き地に見いだせるもう一つの影がさほど近くないことを確認してから、そそくさこそこそと女性のもとを目指した。
〔逃げるぞ。いちいち相手してられない……〕
声をひそめて話しかけると意表をつかれたのか。その人は、驚いたようすでふり返った。
そうして彼を見とめると、なにか
〔少しうるさいけれど、相手になどしていないわ〕
〔対処できるのか?〕
〔むかってこないのに、なぜ、そんなことする必要があ…――ッ!〕
その時、折れた枝が彼女の腕をかすめ飛んでいった。
女
ともなく、暴風をおこしている張本人をキッと睨みすえる。
〔なに……。あいつ…、わたしに喧嘩を売っているの?〕
問題の人影は、あてもなく移動しては足を止め、また歩きだすということをくりかえしている。
ふたりの方を意識している
軽い木の葉、枝の他にも、はじきおこされた土くれのかたまりや岩がまじっていて、物騒な事この上ない。
異物をのせた大気は、大人でも吹き飛ばされかねないほど強く吹いたり、彼らを避けるように通りすぎ、方向性をなくして、そよいだりと。
とりとめのない動きをみせる。
だが、しかし、
そうこうしているうちに、竜巻がいくつも近いところをさまよっているような様相をていしてきた。
セレグレーシュが女
〔いこッ——〕
〔触らないで!〕
ひき寄せるまでもなく手をふりはらわれたセレグレーシュは、ふいに前後して飛んできたなにかに、ガツンと左|顎《あご》を殴られた。
衝撃があったあたりに手をそえた彼の両足よりいくらか先。
「…っ
硬いものがぶつかった圧力で、皮膚が切れたのだろう。
セレグレーシュの
〔ふふっ…〕
そばに立つ女
〔行こう。ここにいたら危ない〕
〔危なかろうと、ここがあなたの試験場所よ。もどってよかったわ。もどらなかったら落第点つけていたところ〕
〔後でもいいだろ、そんなの。いまは、それどころじゃない〕
〔こんな時の対処も試験のうちよ。どうするの?〕
〔どうって…(——逃げは、禁止かよ…)〕
追いつめられたセレグレーシュは、くっと歯噛みして、右肩にひっかけていたリュックを地面におろした。
戻ったことを後悔まではしなかったが、言葉にせぬまでも〝ばかやった、無鉄砲すぎる――いや、無謀だった〟と。
自らの行動のうかつさ、
逃げるほかに、これといえる策があるわけでもなかったが、だからといって彼女を見限り残していく気にもなれない。
〔どうなっても責任、とれるんだろうな? 君、危機認識がどうかしているぞ〕
その場しゃがみにリュックの留め金に手をかける。
荷物を探ったセレグレーシュが丸い法具が入った袋をとりだして状態を確認しはじめると、彼女はたまりかねたように口ばしった。
〔わたしは入らないわよ〕
〔また、そんなこと…。いまは、そんなこと言ってる場合じゃないだろ〕
〔ぶつけられたら
セレグレーシュの手から、直径五センチほどの天然磁石の玉が順々に離れていく。
それは身体をもっていかれそうな風圧に左右されることもなく、すいすいと。大気中をすべった。
〔ぶつかったのよ! 痛かったんだから…〕
くりかえしなされた抗議の声に、セレグレーシュがぱっと顔をあげて反論した。
〔なんのことだよ……。ぶつけてないだろ! かすめてもいない〕
ちょうどその時、彼の心力をおびた黒い玉がその
〔うまく使えないなら、やめてよね〕
〔ごちゃごちゃ、うるさい――(あいつに見つかったら、どうする…)〕
当然のことながら、意識の外で起きた過去の事実などセレグレーシュの頭にはない。
はじめの夜以来、彼女は彼が築く印の中に入ることを避けるようになっていた。
闇人の死体を間近に見たことで、中に入ることを
それだけ嫌な体験だったんだと
けれどもいまは、それどころではないのだ。
身勝手は承知で、任意がなくても、その女性を内に置くことを念頭に法具を動作・連動させる。
天にひとつ、中空に六つ、地表には等間隔の十二の
その道具——一個一個が本来そなえていた磁力が呼びもどされ……
三次元にはおさまらぬ多元の空域に恣意的な刺激をもたらし、現場に目には見えない形容を
そうして。
黒い球形の法具がそれぞれ落ちつくべきポイントを正確に定めとらえたことで、ふたりのまわりの風だけが、ぴたりとおさまった。
そこに確立された陣形が、外部の気流を
いくらか地面を
けれど、これならば…――
下に侵入をこばむ堅固な結びがあるので、その上を行くうちは、早く動けるかもしれない――互いに独立したこの構造関係なら、ちょっと工夫して流れをつくれば、さながら舟が水面を。そりが氷上をすべるように……。
カタツムリやナメクジが壁面を移動するように、と。
セレグレーシュは、そこまで考えて行動したのだったが、しかし、
それも精確に構築
無理のない状態に築かないと、より巧妙で確かな足もとの構成……法印に《邪魔な異物》と嫌われて、はねあげられる可能性もあったのだ。