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第20話 拝啓、息子へ

 話は少し前に遡る。

 ムナールと別れた後、レイラ達は予定通り東区A地点へと向かい、魔物の調査を行っていた。

 異変が起きているだろうその場所でも、元から生息しているA地点の魔物はいつも通りに生息していた。
 A地点に生息している魔物の特徴としては、人間を見るなり襲い掛かって来る好戦的な魔物と、人間を見るなり逃げて行く臆病な魔物に別れるが、そのどちらもそこまで強くはないのが、A地点に生息する魔物の特徴である。(ただし、舐めて掛かってザックリと殺される場合も多々ある)

 そんな魔物達の中で、好戦的な魔物だけを叩き潰しながら調査を続けるレイラ達であったが、報告に受けていたD地点の魔物の姿がどこにも見当たらない。

 西、南、北の森で確認された事からこの東区でも異変が起きていると思ったのだが……。
 もしかしてこの東区では、何も起きていないのだろうか。

「さっきからA地点で生息する魔物にしか遭遇しませんね。東区では異変は起きていないのでしょうか?」
「いや、そう判断するのは早計だ。もう少し細かく調査を進めよう」
「だが、ドゥクス。この先はもうB地点だ。東区だけB地点に異変が起きているとも考え難いし、これ以上の調査は無意味ではないか?」
「A地点でも調査していない場所はまだある。異変があるのならA地点の奥の方かと思い、ここまで来たが、そもそも奥の方というのが間違いだったかもしれないな。少し街の方へ戻ってみようか」

 森の奥の方ではなくて浅い方。
 そっちを調査するべく戻ってみようと、リーダーであるドゥクスがそう提案する。

 なるほど、確かに浅い方はまだ調べていないところが多々ある。もしかしたらそっちで異変が起きているかもしれない。

 ならば早速そちらに行ってみようと移動を始めた一行であったが、その道中、「そうだ」と思い付いたようにしてタウィザーが声を上げた。

「ドゥクスさん、他の班に状況を確認してみるのはどうでしょうか? もしかしたら魔物達は本来の住処であるD地点に戻ったのかもしれませんし。他の森に調査に出掛けた部隊に状況を確認すれば、何か分かるのではありませんか?」
「なるほど、さすがタゥイザーだ、この中で最も頼りになる。二人ももう少しタウィザーを見習うように」
「何だと、ドゥクス。オレのレイラちゃんを愚弄するつもりか? 万死に値するぞ」
「ちゃん付けで呼ばないで下さい。キモイです」
「ドゥクス、娘が冷たい」
「煩い、離れろ」

 マントを掴みながらグスグスと泣き始めたシュタルクに、ドゥクスは辛辣な言葉を浴びせながら、小型電話を取り出そうとする。

 しかしその時であった。
 ズシン、ズシン、と地面を鳴らすようにしながら、何かが近付いて来る足音が聞こえて来たのは。

「何だ?」

 その足音に顔を上げれば、何かの塊がゆっくりとこちらに近付いて来るのが見える。

 まだはっきりとはよく見えないが、ロクなモノでない事は確かだろう。
 ヤツらに見付かるのは得策ではない。
 ここは見付からないよう、身を隠すべきだ。

「隠れろ。やり過ごすぞ」

 そう判断したドゥクスの指示の下、四人は近くにあった大木に身を寄せ、息を顰める。

 そして見えて来たその塊の正体に、彼らは戦慄に目を見開いた。

「おい、コイツら、D地点の魔物じゃないか?」
「しかも凄い数です。十体……いえ、二十体近くいますよ? 何でこんなに沢山……?」
「みんなで歩いて、どこに向かっているんだろう……?」

 ズシン、ズシン、と行進するようにしてやって来たのは、自分達が探していたD地点の魔物達。
 二足歩行で歩く人型の魔物や、四足歩行の獣型の魔物、更には無駄に気持ち悪い魔物など多種多様だが、その数、十……いや、二十体はいる。
 一体でも厄介な魔物だ。見付かれば一溜まりもなかっただろう。
 とにかくその厄介な魔物達が列を成し、どこかへと向かっているのだ。

 一体どこへ向かっているのだろう。
 いや、そもそも列を成して行進だなんて、そんな事、種族の違う魔物達がするだろうか。

「魔物の行進なんて初めて見ますが……ドゥクスさん、魔物は通常、行進なんてするものなんですか?」
「レイラちゃん、それ何でドゥクスに聞くの? パパに聞いたら良……」
「いや、同種族であれば協力する事も有り得るが、二種族以上の魔物が、こんなにもキレイに列を成して行進するなど、聞いた事もない。そもそも、D地点の魔物は、凶暴で我の強い者達ばかりだ。こんな、お行儀良くみんなで行動など、取るわけがない」
「ではこれも、魔物に起きている異変の影響……?」
「でもこの魔物達、何だか誰かに操られているみたいだけど……ねぇ、レイラちゃん、もしかしてだけど、この魔物達、カルト君に操られているって可能性ない?」
「ええ? そりゃ、なくはないとは思いますけど……。でもさすがにそれはないのではないかと……」
「しかし時期的に見て、そのカルトという少年が何らかの形で関わっている可能性は高い。ここはムナールからの報告を待ってからでも……」
「いや、そんな悠長な事を言っている場合ではないぞ」
「?」

 その言葉に、三人は視線を揃ってシュタルクへと向ける。

 一体どうしたのだろうか。
 行進する魔物達を見つめたシュタルクは、僅かに体を震わせ、表情を真っ青に染めていた。

「どうした、シュタルク?」
「コイツら、一体どこへ向かっているのかと考えていたのだが……もしかして、街に向かっているのではない、のか……?」
「え……?」

 その言葉に、三人は一斉に視線を魔物達へと戻す。

 ゆったりと行進する魔物達が向かっているのは、確かにA地点の浅い方。すなわち、東区森の出口。

 そして東区森の出口にあるのは、自分達が暮らす街、『オールランド』。

「まさか……!」

 その可能性に、全員に戦慄が走り、表情が真っ青に染まる。

 確証はない。しかし可能性はある。

 その理由や原因は知らないが、万が一にも魔物達が街に入れば、その被害は計り知れない。
 街の人達は今、何も知らずにいつも通りの生活を送っている。
 そんな中、一体でも厄介な程の凶悪な魔物が二十体近くも現れ、街で破壊行動を行ったらどうなる?
 戦闘に長けた他ギルドの隊員や保安局の者達が対抗したとしても、その連携を取るのには時間が掛かるし、その間に魔物達が暴れれば、被害は拡大する。
 街の人間全員を避難させる事も、守る事も不可能。沢山の人が死に、建物は破壊され、街は滅茶苦茶にされるだろう。
 想像に難くない惨状が起こってしまう。

 それは駄目だ。何としてでも塞がなくては……!

(いや、だが焦るな。私が指示を間違えれば、ここにいる仲間は全滅、そしてそれは街の死を意味する。落ち着け、落ち着け……)

 少しでも間違えれば全員が死ぬ。
 そのかつてないプレッシャーが、リーダーであるドゥクスに襲い掛かる。

 嫌な音を立てる心を落ち着けながら、ドゥクスは間違える事の許されないその指示を、班員達へと飛ばした。

「レイラ、ムナールに連絡を取り、すぐにこちらに戻るように伝えてくれ。友人の異変が気になっているところ申し訳ないが、リプカも近くにいるようならこちらに手を貸してもらえるように頼んで欲しい。魔物に街が襲われたら大変な事になる。こちらを優先するよう伝えてくれ」
「承知致しました」
「タウィザーは西区を調査中の父親に、シュタルクも南、北区を調査中の各班長に状況を連絡、私は街の保安局に連絡を入れる」
「分かりました」
「了解だ」

 とにかく現状を知らせ、魔物の侵入を塞がなければいけない。

 そう判断すると、ドゥクスは隊員達にそう指示を出し、自身もまた街の警備の要である保安局へと連絡を入れる。

 しかし……、

「……?」

 小型電話にて連絡を入れようとするものの、コール音だけが鳴り響き、一向に電話交換手が出る気配がない。

 いつもならばすぐに誰かが出てくれるというのに。

 どうしたのだろう。
 電話が込み合っているのだろうか。

「ドゥクス、駄目だ。コール音が鳴るだけで繋がらない。北区のヤツに関しては、コール音すら鳴らない」
「ドゥクスさん、こっちもです。コール音が鳴るだけで繋がりません」
「何……?」

 険しい表情を浮かべるシュタルク、不安そうなタウィザーからの報告に、ドゥクスは表情を歪める。

 現状、電話が繋がっているのは、ムナールと話をしているレイラだけ。
 西、南、北区に向かった各班長と、街にある保安局には繋がらない。

 何故、揃いも揃ってこんなにも電話が繋がらないのか。
 いよいよ嫌な予感がする。

「どうしたんだろう、父さん。兄さんも、無事だと良いけど……」

 西区で調査をしている家族が心配なのだろう。
 タウィザーは繋がらなかった電話を胸に抱え、不安そうにそれを握り締める。

 しかしその時だった。
 つながらなかったハズの小型電話が震え、持ち主に着信を知らせたのは。

「も、もしもし!?」

 その着信に素早く反応し、タウィザーはコールボタンを押してからそれを耳に押し当てる。

 良かった、ようやく繋がった。

 しかしそう安心したのも束の間。
 電話の向こうから聞こえて来たのは魔物の咆哮。
 そして……、

『タウィザー、にげ……』

 ブチッ。

 息の荒い兄の声と、何かが潰れたような嫌な音。

「兄さん……?」

 そしてそれ以上、そこから兄の声はしなくなった。

「にっ、兄さん!? どうしたの!? 兄さんッ、兄さんッ!?」
「タウィザー!?」
「落ち着け! 魔物に気付かれる!」
「だって、兄さんが急に……っ! 兄さん!兄さん……ッ!」
「タウィザー……っ!」

 電話に向かって震える声で叫び出したタウィザーに、ドゥクスとシュタルクは慌てて彼を宥めようとする。

 今はまだ行進中の魔物達に気付かれていないが、ここで大声を上げてしまえば、ヤツらに気付かれる可能性が高まってしまう。

 相手はニ十体近くいる凶悪な魔物達だ。戦闘となればこちらの分が悪い。
 タウィザーの反応から何があったかは何となく分かるが、それでも今は取り乱してはいけない。魔物が通過するのを、大人しく見送らねばならないのだから。

 しかし彼を宥めようとしたところで、一度上げてしまった声は取り消せない。

 そしてそれにいち早く気付いたシュタルクは、タウィザーを守るべく、咄嗟に彼の上に覆い被さった。

「伏せろ、タウィザー!」

 刹那、暗黒の鞭が親友へと襲い掛かる。

 それは一瞬の事。

 まるでカッターで紙を切るかの如く。

 真っ直ぐに払われた暗黒のそれは、軽い音を立ててシュタルクの首を切断した。

「え……?」

 キレイに吹き飛ばされたシュタルクの頭部。

 それはまるでボールのように宙を舞い、電話中のレイラの前にコロンと落ちた。

「父、うえ……?」
「う、うわああああああっ!」
「貴様! 何者だ!?」

 呆然とするレイラを他所に、タウィザーが悲鳴を上げれば、ドゥクスが目の前に現れた男に剣を引き抜く。

 血飛沫を上げながら力なく倒れるシュタルクの胴体。
 そんな中でも美しいと思える程の黒い長髪に、まるで黒水晶のような釣り上がった瞳。
 そして黒のコートに、アンダーシャツやパンツもこれまた黒といった、全身を黒で染めたような男が立ちはだかっている。

 そして中でも際立って異質なのが、彼の右腕であった。

 シュタルクを殺めたであろう鞭は、男が手に握っていたわけではない。
 男の右腕自体が鞭に変化していたのだ。

 闇色の鞭。
 それが、男の腕と一体化しているように……。

「貴様、何者かと聞いている! 魔物の異変、そして街に向かう魔物は貴様の仕業か!」
「あ、あ、ごめんなさい、シュタルクさん! 僕のせいで! 僕のせいでッ!」
「煩いなあ、それ、耳障りなんだけど!」
「っ!」

 再び振るわれた男の鞭。
 それを防ぐべく、ドゥクスは手にした盾で自身とタウィザーを守る。

 男の鞭は、おそらく闇の力が加わっているのだろう。
 だから光の属性を持つこの盾であれば、彼の攻撃を防ぐ事が出来るハズだ。

 そう思っていたのに。
 たった一振りの攻撃で、その盾は音を立てて粉々に砕け散ってしまった。

「な……っ!?」
「あれ? 今ので二人とも殺すつもりだったんだけど……。ああ、それ、光の加護持ちの防具か。良かったね、一命を取り留めて。まあ、あんまり意味ないんだけどさ」

 どうせ全員死ぬんだし。

 面倒臭そうにそう呟く男に、ドゥクスは冷たい汗が流れるのを感じる。

 今、自分達を守ったのは光の加護を持つ盾だった。
 基本、光は闇に強い。だから男の鞭が闇の力を秘めているのなら、十分に防ぎ切れるハズだったのだ。

 それなのに、男の鞭はたった一撃で光の盾を破壊した。
 その上、たった一撃でシュタルクをも薙ぎ払った。
 そして状況から察するに、魔物達を街へ向かわせているのも、この男である可能性が非常に高い。

 これは真っ向から勝負してはならない。
 ここは逃げるべき……否、それが無理なようであれば、身を挺してでもまだ若い子供達を守るべきだ。

「ごめんなさいっ、僕のせいで、シュタルクさんが……ッ!」
「タウィザー、しっかりしろ! とにかくここから逃げるんだ! レイラ、タウィザーを……っ」

 レイラが正気であったのなら、まだ生き延びれた可能性はあっただろう。
 しかし、負の連鎖は終わらない。

 腐っても父親。
 肉親を目の前で殺された彼女が正気でいられるハズもなかったのだ。

 ゆっくりとこちらを振り返り、男を睨み付ける彼女の瞳に、いつもの熱い輝きはない。

 そのアメジスト色の瞳は憎しみと怒りで、濁った川のように歪んでいた。

「よくも父上を……。その罪、命を持って償え!」
「やめろ、レイラ!」

 ドゥクスの制止の声など聞かず、レイラは男へと飛び掛かる。

 そんな彼女に対して、男は面倒臭そうに鞭を振るう。

 しかしその単純な軌道はレイラには当たらない。

 その動きを読み切り、軽やかにそれを避けると、レイラは怯む事なく男へと蹴り掛かった。

「っ!?」

 しかしその直前で、男の姿が消える。

 一体どこへ……?

 するとその姿を血眼になって探すレイラの耳に、彼の声が届いた。

「あっぶねー。やっぱ戦闘民族と真っ向から勝負するの嫌いだわ」
「なっ!? 貴様、何故そこに!?」

 男の声にハッとして顔を上げる。

 さっきまでは確かに目の前にいたのに。
 それなのにいつの間に移動したのだろうか。
 ついさっきまで目の前にいた男は、少し離れた木の下で、苛立ったようにこちらを見つめていた。

「最初は楽しかったんだけど、最近じゃあ面倒臭いの方が勝っちゃってさあ。だって面倒じゃん。いくら殺し放題でも一人ずつ殺していくのって。だからコイツらに頼もうと思ったんだよね」

 獣臭い息。
 そして自分達を囲む沢山の目にハッとする。

 キレイに隊列を組み、ゆっくりと行進していた沢山の凶悪な魔物達。
 それらがいつの間にか戻って来ていて、今にも襲い掛からんばかりに自分達を見下ろしていたのだ。

「レイラ、撤退だ! 戻りなさい!」
「無駄だよ。なあ、コイツら殺してくれる? 目障りだから」

 男がそう指示するや否や、魔物達が一斉に襲い掛かって来る。

 何故、彼らは男の言う事を聞くのだろうか。
 魔物が人間の言う事を聞くなんて、絶対にないハズなのに!

「レイラ、頼む、戻ってくれ! そしてタウィザーを連れて逃げろ!」

 襲い来る魔物達に剣で必死に応戦しながら、ドゥクスは叫ぶ。

 しかしレイラに声は届かない。

 凶悪な魔物とは言っても、攻撃さえ受けなければ問題はない。

 元々身軽なレイラは軽やかに襲い来る魔物の攻撃を次々と躱すと、その場から立ち去って行こうとする男に飛び掛かった。

「逃げるな、卑怯者! 戦えッ!」

 レイラの瞳に映るのは、父親を殺した憎き仇のみ。
 それ故、仇を視界に捉えた彼女は、その怒りを拳に乗せ、真っ直ぐに男に飛び掛かる。

 その真っ直ぐに飛び掛かる動きは単調なモノ。
 だから男にとって、彼女の動きを捉えるのは簡単な事であった。

「煩いな」

 いつの間にか人間の手に戻っていた右手。
 それを真っ直ぐに飛び掛かって来るレイラの腹に向ける。

 右手に闇の力を纏わせれば、それは一回り大きな腕となり、鋭利な五本の爪が鈍い色を放つ。

 後は勝手に獲物が掛かるのを待てば良い。

 突如変化した闇の腕を避けれるハズもなくて。

 男の鋭利な五本の爪は、怒りに身を任せて飛び掛かって来たレイラの腹を、大きく抉り取った。

「レイラッ!」

 ドゥクスの悲鳴も虚しく、肉塊と内臓をぶち撒けながら、レイラの体が静かに地へと落ちる。

 自分を守って死んだ友人の父親。
 そして目の前で殺された大切な親友。

 その現実に、残されたタウィザーが正気でいられるハズもなかった。

「う、うそ……レイラちゃん! レイラちゃん!」
「タウィザー、逃げろ! 頼む、ここから逃げてくれ……ッ!」

 せめて彼だけでも逃がそうと、ドゥクスは力の限り剣を振るう。

 しかし相手は一体でも厳しい程に強い、沢山の魔物。
 それらを相手にしながら、彼を連れて逃げる余裕はない。

 だから彼は叫ぶ。
 とにかく生き延びてくれと、必死に声を枯らしながら……。










 死にゆく者になど、もう興味はないのだろう。
 それよりも街にいる人間を襲う事の方が、彼らにとっては優先事項なのだ。

 いつの間にか腕を失くし、腹を抉られたドゥクスは、仰向けに倒れ、ただただ青い空を見つめていた。

 ゆっくりと視線を横に向ければ、死の瀬戸際まで共に戦ってくれた、|折れた剣《相棒》。
 そして……、

(ああ、駄目だったか……)

 必死の叫びも虚しく、腹に穴を開けて死んでいるタウィザーの姿。

(ならばせめて……)

 ドゥクスはゆっくりと天を仰ぐ。

 ならばせめて、彼が無事でありますように。
 まだまだ未熟で、生意気な愚息に、どうか――。










 肩で息を切らしながら、ムナールはその惨状を目の当たりにする。

 数時間前まで一緒にいたのに。
 その時はみんな元気で、軽口を叩いて笑っていたのに。

「うそ、だよね……?」

 レイラから掛かって来た最期の電話。
 ずっと握っていたその小型電話が、彼の手から滑り落ち、ゆっくりと地に転がる。

「うわ、あ……ああああああああッ!!」

 森に響き渡るのは、間に合わなかった彼の慟哭。

 ――惨劇はそう、まだ始まったばかり。

しおり