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旨意錯綜.3


〔お昼になっちゃうわ。行かないの?〕

(だから、なんでオレが審査官の腹のめんどうまでみなきゃいけないんだよ。作業に集中させろ)

 思ったことは胸のうちにしまい込み。
 ゆっくりふり返ったセレグレーシュは、話しかけてきた稜威祇(いつぎ)をけむたげに蔑視(べっし)した。

〔なにが?〕

〔街にいくって、言ってたでしょう?〕

〔見える形が思ったのと違うんだ。視水(しみず)の効果はいつまでも続かないから記録し終えるまで待てない(か)?〕

〔布陣の鋳型(いがた)を見たいのなら露出(ろしゅつ)があまいわ。間違えたんじゃなくて?〕

〔やっぱり、そうだよな……〕

 セレグレーシュは表情を曇らせて足もとに視線をおとした。

〔材料足りてないからオレが知ってる方法じゃ、これが限界(――とにかく記憶して、矛盾や怪しいところを感覚で(さぐ)ってみるしか……)〕

 不景気な顔で思案している。

〔足りないなら買ってくればいいじゃない〕

〔よっぽどの非常事態でもなければ学生には売ってくれない。家の許可状かなにかあれば別だけど〕

〔これがある〕

 彼女が首にかけている(くさり)をつまみあげようとしている。

〔緊急時でもあるまいし。こんなことでそれ使ったら確実に落ちるだろ。
 許可おりてなければ貸してくれるはずもないし……(せっかく立ち上げたんだし、許可がおりてるかを確かめに走るのは、もう少し()て、理解可能なところ明確にしてからだ)〕

〔そんな腕前(うで)では、どうがんばったっておなじじゃないの?〕

 セレグレーシュは女稜威祇(いつぎ)と向き合いつつも無視し、手元に視点を落とした。
 ボード上の紙面をめくりあげる。

 不明は不明として、ひとつひとつ。記憶に残っている分析予測、手順や経過と照らし合わせながら、先にいれた記述にもれがないかを確認してゆく。

 どうにか平静を装おうとしていたが険悪な心情を隠しきれてはいなかった。

 水を()すだけではあきたらず、さじを投げるような言葉をくれた審査役に、後ろ足で砂でも砂利(じゃり)でもかけたい気分だったのだ。

(そう思うならこんな課題、持ってくるなよな。……書きこめる場所なくなってきた。情報、頭()中で収拾維持(しゅうしゅういじ)できるかな……?
 法具でなくてもいいから記録媒体(ばいたい)……紙が欲しい……)

 心の内側で文句を投げつけた彼は、物資の不足を愚痴(ぐち)りながら次のポイントを読み解こうと言葉を交わしていた女人(対象)から離れていった。

 のこされた女稜威祇(いつぎ)は、おなかのあたりに両腕をまわして下唇をかるく噛んで湿らせた。

 しばらく、その場に立ちつくしたまま連れの少年の動きを見つめていたが、たまりかねたように距離をつめる。

〔どうして、そんなに時間がかかるの?〕

 セレグレーシュは、ふっとまなざしを細くしたものの、彼女を見ようとはしなかった。

 目のまえの幻影として現れなかったものの影……存在感をじっと睨みすえている。

 なにかあって隠されている……ようなのだが――…
 それが周辺との関係から予測できるどの公式にあてはまらないので悩んでいた。

 未習得の概念・理論に違いないにしても、自分が知らない特殊な素材でも使われているのではないかと。

〔……。それを見てるの?〕

 彼が石碑の周囲に配置されている扇状の石の周囲をめぐり歩いては、足を止めることをくり返していたので見当づけたのだろう。

 セレグレーシュがもたげた視線を彼女に向けると、女稜威祇(いつぎ)は重ねてたずねた。

〔三角と四角の面が交互に見えるおかしなサイコロみたいなの〕

〔うん……それな(…――(なめ)らかで角がないけど、半正多面体――いっけんには立方八面だ。
 陣形の中枢(コア)――《(むろ)》を(かこ)いこんで遠隔的に円を()く配置で……八つ。
 抑え(・・)には違いないけど、ただの抑制じゃない。それぞれが一つ、一個のように見えるのに複数の空間とまざりあって、まとまっているようでもあるから単一とは思えないし、配置の外まで影響およぼして円形の面を築いて見えるけど感覚的には面でもなくて……。
 …――中心の《(むろ)》を――。
 法印の《(中枢)》を遠隔的に抱《かか》えこんでいるのは確かなんだけど……)〕

〔白っぽい銀色で磁気を発している――強力な磁石ね。
 一点に三個、重なりあっていて、それが八カ所で、ぐるりと……。
 三つがそれぞれ縦ならびに……高さの異なる空域の層みたいなところにあるのに、より近い次元の層では一か所になるよう集めて——その八か所でまとめてあるみたい。
 《高いところ》と《中空》と《地面》にあるものを三つ。その(八つの)点……ポイントで、力場が、ひとつになるようにね……。
 中心にからんでいる感じもあるけど、すっぽり、中のものを抱えこんだ延長にあって……直接でもないみたい。
 そこの小さいようで、けっこうな領域を具えていそうな球(※セレグレーシュに言わせれば《核》や《(むろ)》――法印のコア)を真ん中に配置したまま、上と下から厚い毛布を二枚合わせているみたいな感じ……(毛布じゃなくて、弾力のある(あみ)、スポンジみたいになった空間が、紙みたいに潰されている印象だけど……)〕

 気怠そうにもたらされた彼女の言葉で、ひっかかりをおぼえていた様式の正体に気づいた(正確には推測した)セレグレーシュである。

「マジか? 凄っ――(それって可能なのか? 確かに言われてみれば、そう。磁石で…――内部でも《天》と《(ちゅう)》と《地》を……領域を維持しながら(かた)めてるような印象で…——三次元的には、うすっぺらな(めん)に収めているわけだから理論としてありそうだ。
 不可欠な構成にはなりそうだから……。
 でも、どうやれば、こんなふうに…――(となりの)と逆軸によじり固められるんだ?
 これだけ強い力で組めば、ふつう、内部空間、維持できずに(つぶ)れないか?
 ゆがみもひずみも出てきそうなものなのに……磁力が各部分の立体内部。それぞれの一点に集約され、同一高度の円上にしっかり(しっか)と固定されていて、一抹(いちまつ)のぶれも見えない。
 たぶん、いくつかの段階を()て、こうなったんだな……もしかしたら逆で、基盤がそれぞれのポイントに立てられた柱状の法具(八本の柱)で……三次元(こっち)亜空(そっち)の天と(ちゅう)と地をからめ(かた)めながら上と下から凝縮されているから八カ所の点に……おのおの三点合一の立法八面体(~その形~)になって見えるんだったりして……。
 成立する(成る)まで、内と外からの梃子(てこ)入れもあったのかも……。いや、あるのが至当って感じだ。
 どんなかまでは、わからないけど。ただの磁石にも見えないけど、希土類(レアアース)かな? なんにせよ、すげぇ力業……)……」

 思わず感嘆の声をあげたセレグレーシュだったが、どうじに思ったのだ。

 これはもしかして減点になるのではないかと…。

〔教えていいのか?〕

〔わたし、加熱処理※したものしか食べないの(※いくつか嗜好による例外あり)。このままじゃ身体こわしちゃう〕

〔自分で焼けよ〕

〔ぁ! そうよね。できるもの! そうする〕

 嫌な顔されるかと思いきや、女稜威祇(いつぎ)は嬉々と駆けだして離れていった。

 森のはしで、ぼっと青く燃えだした地面に鍋をすえている。

 火をおこす動作はなかった。

 彼女があやつる炎のようである。

〔あまり温度高くするなよ? (見た感じの火力だと←青白い)鍋が(すす)けるより先に()けだすかもしれない――(燃料や道具がなくても、いろいろできるんだよな。闇人の力って便利だ…)〕

 稚拙(ちせつ)ながら、空腹から逃れる策をみいだしたらしい女稜威祇(いつぎ)のことは過去のことして、セレグレーシュは足もとにゆらめいている形成に目をもどした。

 しかし、さほどもなく、

 …プヷァシュ、カシュカシ…——

 なにかが破裂して金属を打ち、次々にかすめたような擦過音(さっかおん)。それと前後して、

〔きゃ…っ〕

 ざしゅっ…と。

 物体(鍋)が大地に投げ出されたような異音といっしょに、小さな悲鳴が聞こえた。

 セレグレーシュがふり返って見ると、そちらで立ちあがっていた女稜威祇(いつぎ)が、むっとした顔で彼の方へうったえた。

〔たまごが泡ふいて、破裂したわ!〕

どんな(どうゆう)火のかけ方した?〕

〔ひどいわ……。こんなの食べられない。たまご……もうない〕

〔ハムとか野草、()るか(いた)めるかしたら?
 そこにあるの全部カタしていいよ。また探すから……(なんか、金属焼けたみたいな怪しい(にお)いがするけど、(から)だきしたんじゃないだろうな…? たぶん……したんだろうな…――鍋、大丈夫かな…)〕

 思いかえしてみれば、野外で食事する機会があっても彼女は食べる専門だった。

 ここに着くまでは、ついでの作業だったので気にもしていなかったが、作る方はからっきし(・・・・・)なのかもしれない。

 なにかと危なっかしいと思っていたら、予想を超えた箱入りのようである。彼がなんとも思わないような現実でも、きっとその人には試練になるのだ。

 十五(※数カ月さばを読んでいる)にして世話のやける子供でも抱えこんだ気分になったセレグレーシュは、そっと疲労を感じさせるため息をこぼして、足もとの解読作業にもどった。

 そうしてしばらく、亜空にひそんでいる構造と睨みあいを続けていたが…――。
 陣の中枢を構成している法具の種類を見破ることにつまずいた彼は、少しだけ頭を休めることにした。

 昨晩、香草ときのことシジミのスープでごまかしたきり、水しか口にしていないので(はら)()いていたのだ。

 なにか残っているかもしれないと思いながら、女稜威祇(いつぎ)がいる方面に足をむける。

 そして、彼女の前にある鍋を見おろしたセレグレーシュは、図らずも大仰(おおぎょう)なため息をついてしまった。

(…――調理したことないにしたって、常識が無さ過ぎる…)

 いくらか()げくさい危険なにおいもただよっていたが、香りだけなら薬膳料理と思えないこともなかったのだ。しかし、

 鍋物ではあるようだが……。
 コショウが大量投下されたようななんとも異質な色合いで…――
 不ぞろいにぶつ切りにされた根野菜が皮つきのまま、ぼてぼてっと入っているところに、もどしも不充分そうな平麺(ひらめん)フィットチーネ(平面パスタ)風の麺)がからまっている。

 味付けされていなければ温野菜感覚(工夫次第)で、口には入れられるのかも知れないが、いっけんしただけで食指を退()くほど不味そうだ。

 それを作った本人も、(うつわ)によそってみたものをつつくでもなく、小わきに放置していた。

 口に運んだ形跡もない。

 仕上げに火でも放ったのか、よそわれた食材の表面が焦げて炭化している。

 平素なら笑い話にしかならない事態だが、とにかく彼はいま、非常に疲れていた。

 あきれるだけでは状況が進展しないので、まず、解決方法を模索して、これは手間でも自分が動いた方が早いという答えに(いた)る。

 そのへんで採集するのもいいが、それでは、いつまでも、この連れにわずらわされそうだ。法印の解読・解除に時間がかかることはわかっていたし、先は長いので、手軽に口にできるものがあった方がいいだろうとも。

〔人里まで行ってくる。手がかからないものをテキトーに選んでくるから、金くれよ〕

 女稜威祇(いつぎ)が、ぱっと表情を輝かせて立ちあがろうとしたので、セレグレーシュは手のひらをみせて相手の意向を拒否した。

 紙も欲しかったし、それなりの量と物資を確保するなら、以前、たち寄った街の市場まで足を伸ばすべきかも……というようなことを思案しながらに告げる。

(おそ)くなるからオレひとりで行く——(いまからなら、ぎりぎり(すべ)りこめそうだ……。でも帰りの道は暗いから足が(にぶ)る。よゆうをみて……遅くなったとしても…)——三更(さんこう)(午後十一時から午前一時)には戻れると思う〕

〔街で食事しましょう!〕

〔連れていったら行きだけでも、オレが行って戻るよりかかるだろう。そんなに時間かけてられない。日が落ちれば手に入るものも入らなくなる。荷物ができる(になる)から、馬は二頭とも連れて行く。ちゃんと戻ってくるから、ここで休んでて。……あと――それ、片づけておいて〕 

しおり