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旨意錯綜.2


(やっぱ、水鏡(みずかがみ)は……いるよな。でも、この規模(きぼ)だ。そんなもの()ると視水(しみず)に使う《由宇可水(ゆうかすい)》、足りなくなる。光系の法具もない……光球(こうきゅう)は光球でしかないし。でも性質、()んでいるよな。あれって、ほかに使い道ないのかな?)

 《由宇可水(ゆうかすい)》は、見た目はそのものでも、ふつうの水ではなく、れっきとした法具である。

 そのままなら人体に害はないので飲もうと思えば飲めるが、一般で売られる飲料水の平均の三〇倍は値がはる。
 ゆえに、(かわ)きを(いや)やす目的で口にする人はまずいない。

 エタノールの(たぐい)どうよう、必ずしも《心力》を必要とするものでもなく、()かしたものの効果を融和させたり、法具の日陰の性質を呼び起こしたりと(後者(これ)に関しては、心力必須)、その用途は広いが、《由宇可水(ゆうかすい)》は、いま、専用の透明な容器に三リットルしかない。

 使いきってしまえば、それを(もち)いた技法はすべて実行不能となる。

 これが正当な課題で許可がおりていて、家にいるのであれば法具店に駆けこめばいいのだが、ここではそうもいかない。

(これって持ちあわせで、どうにかできる法印なのか?
 視水(しみず)水鏡(みずかがみ)だったら、どっちをとる?
 どっちをとっても、全貌は見えないし光系の法具はない……。両方不可で、感覚で読み()けってことじゃないだろうな?
 なんか、むかつく。(なら)ってない技巧だらけだし、影響しあい、いり()じって、理由・目的・必要がこれと特定しにくい……)

 🌐🌐🌐

 ——翌朝…(滞在三日目)…

 セレグレーシュは、日が昇る前から《法印》が組まれている大地に、きらきらきらめく水を()きはじめた。

 金系統・銀系統の独自性の強い(すな)をはじめ、複数の要素をふくんだ水~複合水(ふくごうすい)~だ。

 銀色のミキシングボールをふところに。
 石碑のあたりから木々が根をはりだす手前まで、ぐるぐると。
 その都度、素材を追加したり、心力()をくわえることで配分調整をほどこした内容物を、おたまほどもある蓮華調のスプーンですくいあげては、ぱらぱらと()らして歩く。

 ()かれたきらめく水滴は、深緑色の大地に吸収されることなく表層上面に薄く広がって、準ずる空間に隠されているものの形容をかいまみせた。

 蜃気楼を思わせる幻影が、水卦(みずけ)が敷かれた地面からたちあがっている。

 こちらの空間からは平面に圧縮されて、二次元的にしか感じとれなかった法具の影だ。

 同心円の陣形で配置されている球や四面体、六面体などの幾何学結晶。香油でリボンや糸やクロスのように(えが)かれた複雑な結び目や(おさ)え。
 なにか干渉(かんしょう)系の法具で(しる)したのだろう……特殊な響きが秘められた構図などが影絵のごとく空中に浮びあがっている。

 透明で色のない法具が多く使われているが、ところどころに赤や黄金色の、それぞれ意匠を異にする流麗な法輪(ほうりん)文様もあった。

 そこそこ見えてきたものの、その幻影は、上と下から潰したようなゆがみをおびていて、膝下ほどの高さしかない。
 しかも、つねに上下八方へ、のったりふわんふわんと……。ところによっては、そこかとない振動をおびながらゆらめいている。

(やっぱり浮かびが浅い。なんか見えてないところ、かなりあるし。これにひっかからない法具も少なくない(使われてる)から、予測してはいたけど……)

 視水(しみず)()き終えたセレグレーシュは、しばらく幻影の上をめぐり歩いた。

 気になる部分を見いだしては、吸いよせられるように、あっちへこっちへと足を迷わせる。

 法印の輪郭の縁が近くなったところで、手にしていた(ボール)を構成の外におきざりにして、そのまま気になる部分に誘われたようにもどってゆく。

 注意深く(さぐ)り見ることで、大地に隠し絵のごとく仕組まれた刺状(とげじょう)構成(こうせい)が見えてくる。

 おうおうに手間をかけて築かれたもののようだが、それはこれという規則性もなくちらばっている。
 きっちり組み込まれていたが、どう解釈(かいしゃく)しても無駄にしか思えなくて、セレグレーシュは気難しく表情を曇らせながら頭をひねった。

 日が高くなっても彼は、薄れはじめた幻影の中をうろついていた。

 セレグレーシュが手にしているボードに留められた紙面には、法印の形状や層、部分に注目し、分析理解しようとする記述が細々(こまごま)と分けて書きとめられている。

 観察しながら写しとった構成の簡略図だ。

 物体と物体の角度、使われている材料の相性・関わり方などから、わりだした計算式や数字、関係図。
 部分的に抜き出し、表記してみた構図。
 自分流で表現してみた予測に不明箇所。
 疑問、〝???(クエッションマーク)〟などが、他人には読めそうにない勢いで書きなぐられている。

 いくらか距離をおいた木陰では、金髪の女性が、けむるような藍の目に憂鬱(ゆううつ)そうな光を浮かべている。

 作業に熱中する彼を目で追いかけながら、気まぐれに嫌いだといっていたナッツ類を口に運ぶ。
 そうして時間を気にして高くなる太陽を見あげた彼女――女稜威祇(いつぎ)は、しびれをきらしたように幻影がゆらめくところへ踏みこんでいった。

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