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旨意錯綜.4


 太陽が地平に没し、市場(いちば)を形成していた人々が店をたたみはじめようかというころ。

 (いち)(ひら)かれる場所としては、街で最南端となるその広場に駆けこんできた一騎があった。

 青白い髪の少年が広場に(はい)りしなに手綱をしぼって、地面に降りたつ。

 その彼が連れているのは、ブリーダーでもなければ所有がそれなりの組織か裕福層に(かたよ)りそうな駿馬だ。

 二頭の馬をデモンストレーションを兼ねて連れ込まれた商品と勘違いして声をかける者、通りに獣を連こんだ行為を注意する者があったが、少年は、それらを言葉少なに退(しりぞ)けながら、売り手が退きはじめている雑踏にまぎれた。
 必要物資の確保・購入にとりかかる。

 ところによっては品薄(しなうす)になっている出店をめぐり歩いて、野菜、乾麺(かんめん)、木の実、果物、燻製(くんせい)など。日保ちするもの、気軽につまめる種類のものを選び求めている。

 洗剤など、消耗していた生活必需品を確保し、もれなく紙も余分(多め)に入手した。

非常携帯物件(非常用)じゃなくて……軟らかめのパンはないの?
 白パン(ブレッチェン)、ブリオッシュ、デニッシュ、ベーグル、パイ、揚げパンでも……。日保ちは、ほどほどでいいんだけど……(法具でいくらか伸ばせるから……)」

そういう(そうゆう)のは、たくさんは作らないしぃ、うちの蒸しパンと惣菜パンは人気だからねー。いつも早いうちになくなっちゃうの。
 用事があって……。明日とあさっては(午前・午後とも)市場権(場所)とっていないけど、三日後の午前なら出せる。
 予約して、確実にきてくれるなら安くしてあげますよー」

「いや、三日後()れるか、わからないから。じゃぁ、このへんで穀物(こくもつ)売ってくれるところはない?
 店でも農家でも。できれば、一ヵ所で仕入れてしまいたいんだけど……」

「ん。近いところ……。ないことはないけれど、まとまったお金がなければ、お勧めできないかなぁ。買い物中、馬、あずけるよゆうがないのなら、よけいにね。
 向こうの大通りならいざ知らず、店じまい(どき)でも非常識よ。
 立派な馬だから心配なのでしょうけど、ここは行政管理だから怪しい奴にひっかかりさえしなければ大丈夫よ。
 市場(この通り)は、馬だろうと人間だろうと公道に排尿脱糞ご法度だから、そんなの連れてると、対策してても粗相(そそう)する前から睨まれる。
 役人さんによっては未遂(みすい)のうちに追い払われる。やっちゃったりなんかしたら、掃除させられることはもちろん、びっくりするような罰金とられるんだから」

「うん…――(どんな仕様か、条件づけか……しつけか作用かもわからないけど、《法の家()》の馬は貸し出されている期間、街中(まちなか)排泄(粗相)する心配がないんだよな。そのかわり、ちゃんとフリーな場所に連れていって、できる機会、考えてやらなければならないけど……)。
 この時間だし、たくさん仕入れなきゃならないのに荷車もないから(荷物を持ちきれない)――…それに、急いでる」

「(そう)みたいね。急がば回れを言ってもいまさらか。
 ――そこの赤い家の横の道をゆくと、大通りに出るちょっと手前にノイの店(家)がある。
 入り口に、《ノイ》って書いた木彫りの看板が出てるからすぐわかると思う。
 玉蜀黍(とうもろこし)蕎麦(そば)、小麦なんかは(あれは趣味だと思うけど……)こだわりの自家生産もしてて、いいものあつかっているから、だいたいあるはず。
 でも、あそこ。
 知りあいでもない一見(いちげん)さんは、その場で一括(いっかつ)(ばら)いが鉄則なの。たくさん取引するなら後にして、いまの(ふところ)の範囲にしときなさいね」

「うん。ありがとう」

 少年は暗い空にいまにも消えそうな日暮れのなごりを見あげると、先を急いだ。

 赤っぽい屋根の家からはじまる路地へ向かう。

 🌐🌐🌐

 …——

「ありがとよ、兄ちゃん。君の顔は、お得意さまとしておぼえておこう。また寄ってくれよな」

 商売用でもあるのだろう…――

 青磁色の髪の少年セレグレーシュは、生来の明るさと人情味が見えてきそうな笑顔を小脇に見るともなく、うつむきかげんに受け流(スルー)した。

(それは、ありがたいような、ありがたくないような――…好意はべつとして、あまりうれしくはないか。おぼえられても、ここに長くはいないし。さほどの期待もしてないのだろうけど、自分の財布(お金)で買い物したわけでもない……)

「どこかで野営会でもやるのかい?」

「これは、そういう(そうゆう)のじゃないから」

「そうかい。……しかし、見事な馬だ」

「ん。主人のなんだ」

「ほうほう。あんなのを預けられるなんて、勤勉でいい子に違いない。意外と腕も達つのかも知れないな。信頼されているねぇ」

 穀物店のおじさんは、にこにこしながら彼が購入した品を運んでくれた。

「だが……。頼むから、うちの敷地(~ここ~)で小便なんかさせないでくれよ?」

 大袋をひとつ肩に(かつ)ぎ、中サイズの袋を三つ。紐の結び口をひとまとめにつかんで彼についてくる。

 こういった店をきりもりするのだから、非力ではやっていられないのだろうが、ぷよっとした体型で、身体がなまっていそうに見えるのに力持ちで…。なんとなく、油断大敵の代名詞みたいな気もするおじさんだった。

 セレグレーシュが前に抱えている箱は、穀物(こくもつ)を蒸して、かちかちになるまで乾燥させた固形食(使い方はいろいろだが、主に粥やスープにして食すもの)なので、たいして重くない。

「この森の先に円錐形(えんすいけい)()が立っている空き地があるけど、あそこって、なにが眠っているの?」

 それと彼に振られると、穀物店のおじさんの表情が微妙に(くも)った。

「そこの鎮守さまかい?」

「うん」

「なにがいるかって、みんな(知ってるやつ)は穏和な御稜威祇(みいつぎ)さまがいるに違いねぇって言ってるよ。なんせ、あんなたいそうな石のっけられても、文句ひとつ言わねぇんだから」

(それは、あまり関係ないと思うけど……)

「だが、あの丸い原っぱは、ずーっと、むかしからあったっていうからな。
 石が置かれる前は、苔むした倒木だらけだったそうだし、いるかいないかなんて、わからないのさ。
 御稜威祇(みいつぎ)さま探しの法印士さんなんて来てるのか、いないのか…――知るのは神鎮めサンばかりなりっ、てな。
 市長なら、なにか知ってるかもしれないが……」

「いまの市長が碑を建てたの?」

「いや。碑が建ったのは何百年も前だ。
 そうだなぁ。ここは世襲でもないし、聞きにいっても見こみは薄いだろう。こういった(ゆー)ことを声を大にしていうのも、物騒だしな」

「どうして?」

「そりゃぁ、そういうのを狙って荒稼ぎしようとするやつがいるからだ。誰だって近所で問題起こされたくない。口も重くなるさ…。
 ――なぁ、ぼうず。おかしな気ぃおこしてるんじゃないだろうな?
 鉱脈とか宝探しとは、わけが違う。冒険するのもいいが、あーいった領域のものに悪さすると、神鎮めサンから見えないところに閉じこめられちまうぞ?
 興味本意で素人(しろうと)が触るもんじゃねえ。事情はしらないが、めったなこと考えてるんなら止めておけ。
 (あるじ)がそんな気ぃ起こしているなら注意するんだぞ? あぶないからな」

 店の主人に手伝ってもらって馬の背中に荷を固定しながら。セレグレーシュが見あげた天空には、ちらほらと星がまたたき始めていた。

 空を見ていて、ふっと思いだした彼は店主の方に向き直った。

「この時間でもパンを売ってくれそうなところを知らない?」

「んー? 安さと美味(うま)さ、近さでいえば、プティのところだ。いま修行中のチビがいて釜をほとんど休ませないから失敗作とか、よくもらえるんだ。いつかのは炭三歩手前の恐ろしい代物だったみたいだが、最近はそれなりに食える程度に……そうだ! ちょっと待ってろ」

 言うなり店の主人は、あわただしく建物の中に駆けこんでいった。

 さほど待たされることもなく戻ってきた穀物店の主人の手には、甘茶色の油脂の包みがあった。

「これを届けてくれたら確実だろうさ」

 セレグレーシュが、なにが入っているかもわからない包みを見おろす。

(近所なら自分で持っていけばいいのに。おおらかというか、ぬけているというか。人が良すぎ。
 やることが()まってて忙しいのかも知れないけど……きっと、幸せなんだな)

 無用心をいうなら、届けてやってもいいような気になっている彼も相手のことを言えないのだが……。
 受けいれるのは、ついでといえばついでで、親切な対応に対する義理といえば義理であり、紹介状ならぬコネ効果としての期待であり、自身の啓発を兼ねた自己修養でもある。

「そっちのつきあたりを右に行って七軒目。庭先にユスラウメの木が二本ある家だ。いまは、ちっこい赤い実がいっぱい()ってる。どうする? 頼まれてくれるか?」

「いいよ。行ってみる」

「つまみ食いするなよ? しょっちゅう会うからな。届けたものに歯形なんかついていたら、すぐわかるんだぞ」

(食べ物か。これくらいなら()られても大した被害じゃぁないものな…——薬膳だったりするかもしれないけど……)

「まだ、そんな(おそ)くないし、なにかしら融通してくれるとは思うが、もしもということもあるからな。無駄足になったら、それ食ってもいいぞ」

 きゅんと腹が鳴いたが、セレグレーシュは包みをひらくこともなく、そのまま届けることにした。


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