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稜威祇の少年.3


 ——…。

 木々がわずかな空間を(いだ)き、雑草がまばらに蔓延(はびこ)っているあたりに、こんもりとした隆起を見せる、むきだしの地面があった。

 簡素に固めただけの小さなもり土。

 かき集められた土に混ざりこんでいる青葉は、みずみずしさをいくらか残しており、まだ雑草が芽ぶくけはいもない。

 そんな小山のてっぺんには、微妙にゆがみをおびた取っ手つきの銀色の円盤がのっていた。

 大陸を分断する内海からこちら側。いまいる場所からみれば、南かげんの東。

 ルス・カの里には、墓を掘るさいに使った道具を故人にたむける習慣があった。

 使用した道具を忌むいっぽうで、埋められた場所が気にいらないときは、埋められた者自身が新たな陵墓(りょうぼ)を築けるようにと、掘削(くっさく)できる道具を残してゆく。

 死者が動くはずはないのに、そこに埋葬(まいそう)されるものの自立をほのめかし、作業にたずさわった人物や親類を呼ばないようにという願いがそこにはある。

 墓造りに利用した道具を墓標としてその場に残して行くという、その里独特の風習。それに関わった者の精神(こころ)安寧(あんねい)をうながす習慣。過去の怪異をもとに成立した(なった)(とむら)いの情景…。

 稜威祇(いつぎ)の少年は、築かれてから()もないその(つか)の前で足を止めていた。

「ぁあ、鍋のフタだね…」

 追いついてきて、彼のとなりに並んだアントイーヴが足を止めるともなく告げた。

「珍しいものではないね。最近、家で生徒に配布しているものと同じようだけど――彼のなのかい?」

 稜威祇(いつぎ)の少年は、ふっと視線を伏せると闇人の墓から顔をそむけた。

「なにか()まっていそうだね。それで、どうして鍋蓋(なべぶた)なんだろう?」

「…。先を急ぐぞ」

 くるりと身体の向きを変えて、道へとひき返してゆく。

(さびた金属……いや違うな。これは血臭…――?)

 アントイーヴは、なにが埋まっているとも知れない痕跡を前に頭をひねっていたが、早々に見切りをつけ、稜威祇(いつぎ)の少年の後を追った。

「鉄さび……血、みたいな匂いがしたね。確認しなかったけど、あれが彼の墓標ということはな…――」

「それはない」

 即答した後で、ふと眉を寄せた少年稜威祇(いつぎ)は、後からくる連れを見るともなく詰問する。

「それは、あの女があれの命を狙っているということか?」

 こころなしかその口調が威嚇的だったが、アントイーヴは、さして緊張することもなく応じた。

「そこまでじゃないと思うよ。いろいろと言い分が……。話したいことが、あるんだろうとは思うけどね」
 
 そこで稜威祇(いつぎ)の少年は、思案がちな視点をあらぬ地面におとした。

(……。…たしかに、あの女のようすには憤懣(ふんまん)、失意が見えた。けれども……。()つ時の姿勢(あれ)は、明確な敵意で……殺意があるようにも受けとれたが…――)

 🌐🌐🌐

 ふたたび馬上の人となったふたりは、踏み固められた土の道を進みはじめる。

 アントイーヴの後ろにいる少年の身体の向きが左に変わったことをのぞけば、道草をくったこともなかったように。

「野宿したのかな。……まぁ、さほど郊外でもないし、(みち)沿いも女子供(おんなこども)駿馬(しゅんめ)の組み合わせじゃ物騒だから無難なところかな。はじめの泊まりがあの場所の近くなら、そんなに速いペースでもない。この先、ふた(まち)は分岐もないから追いつけるかもしれないね。道からそれて行動してないことを祈るよ」

 そこでいったん言葉を切ったアントイーヴは、背後にいる少年の反応を意識しながら告げた。

「彼らを見つけても、ぼくは声をかけないけど、いいかな? 気づかれないように行動を見守るつもりなんだ」

「われはしばらく動かない。好きにするといい」

 稜威祇(いつぎ)の少年がぽつりと答えると、アントイーヴはあらぬ空を見るような顔をした。

 動けない(・・・・)の間違いではないだろうかと…――。

「……回復の構成、築こうか?」

「不要」

 機嫌でも悪いのか、そくざに返された言葉には攻撃的な響きがあった。
 そこでアントイーヴは、そっと憂鬱(ゆううつ)なため息をこぼした。

 協力してもらえそうな稜威祇(いつぎ)に体調を崩していられたのでは、いざという時に使えない。彼も困るのだが…。

 その少年は、弱っている事実を認める気がないらしい。

「マゾの()でもあるの?」

稚拙(ちせつ)な兆発だな。われは、おまえを信用していない。それだけのことだ」

「無口というわけでもなさそうだね。セレシュ君が、そんなに信頼に足る人間だというなら、ぼくも友人の列にくわえてもらおうかな。彼の噂なら、いろいろと聴いている。どんなやつなんだろうと思っていた」

 稜威祇(いつぎ)の少年は、しばし右に位置する(連れ)の背中を肩越しに眺めていたが、ふいっと視点をそむけた。

 おなじ組織に属する、人間と人間——おなじ種。

 僚友(りょうゆう)…。

 (こころざ)しさえあれば、気軽に近づけるその立場に嫉妬したわけでもなかったが、彼としては、少し……いや。かなり複雑だった。

 セレグレーシュは、彼が笑いかけると奇怪なものを見たような顔をして無視する。

 その少年らしい反応で、そうなることを予測して、あえてそうゆう対応を選択し続けている彼だが、否定的なその態度になにも感じていないわけではないのだ。


 ――…オレ、闇人なんか嫌いだ……


 それはかつて、彼が耳にしたその少年。セレグレーシュの言葉。

 誰よりも、そう呼ばれる種を……その者達を理解していた気がする人物は、もうこの世にはなく……
 その存在そのもののようにも思える少年は、闇人と呼ばれる存在(もの)を毛嫌いしている。

 その子が育った環境を思えば、人間嫌いになる方がまだしも自然な気がするのに……。

(…――われと人間(ヒト)は、それと区別されるほど、かけ離れてしまっているのだろうか? べつにかまわない。むしろ清々するくらいなのに――……どうしてだろう。こだわる理由などないはずなのに――…。これも、ある種の未練……執着か。……われも狂っ(いかれ)たものだ……)

 ――闇人。

 稜威祇(いつぎ)とも呼ばれる存在…――。

 複数の色彩を瞳に秘めたその少年は、おのれ自身と、その少年の内に認められる数ある矛盾を…――盲点の少なくない互いの事情が織りなす不透明な実情を把握しきれぬまま……。
 さして意味もないありがちな事実、現象として、シニカルに受けとめていた。

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