無理難題.1
夜明け
ふぁさふぁさの金色の頭をした少年は、
油断すると
東の空が微妙に白みはじめているが、太陽はまだ姿を見せていない。
しかし、
その少年の感覚では、すでに曙光がさしていた。
「夜が明ける。起きろ」
ぐっすり寝いっている青年がまぶたを持ちあげる
そんな連れのようすを眼下に――少年は
陽色の双眸をなかば伏せた彼が、あるともなしの無音の溜息をついたその直後、
ビビビビッ——と…
細胞をわななかせるトゲのある衝撃——
毛布にうもれていた青年の神経をゆさぶり起こす何かが、その肉体を走りぬけていった。
一瞬で覚醒へといざなわれたその
ぴりぴりしている指先を意識しながら、いっぽうの肩をおさえて……。青年は、のそりと半身を起こした。
熟睡していた彼を襲った異常な感覚。
これが初めではなく…――アントイーヴは、キッと。それをおこなった張本人を睨んだ。
「なに……するんだっつ」
「朝だ」
非道を働いた少年が、冷めた表情で寝起きの彼を
「…って……。——まだ暗いじゃないか。また、こんな早くに……。…」
「
アントイーヴは、ここ数日、毎朝のように、このような事態に見舞われていた。
ざきゅんっと。身体の芯を稲妻のようにかけ
こんな起こしかたは
小鳥のさえずりが夜明けを告げる早朝。
なにか
そんなふうに起こされた日。アントイーヴは脳がフル活動しているように意識がはっきりして、おひさまが空にあるうちは
🌐🌐🌐
「……目的地がわからないと、やっぱり思うようには追いつけないよな」
物体の影が、こころなしか淡く感じられる
行動の早い者は街を出た後だったが、人が起きて活動を始めるのに遅い時刻ではない。
アントイーヴは、馬の背にいる連れのかたわらに立ち、これから進む方角を決断しようとしている。
先を行くものの痕跡を
一度ならず、見当違いな情報に踊らされて退き返したことがあったので、追跡対象との距離は大きく
その
視界に展開するのは、井戸あり荷馬車あり、屋外で夜をやり過ごした者の
この場を起点として、六方向にわたされている石畳。
それら
建物に統一性がないなかにも、注意力と記憶力、方向感覚が試される。
人によっては、この上もなく紛らわしいものでもあったが、間違えても最小限の労で
宿場としては大きい方でも、しょせんはポイントポイントに築かれるたまり場から発展したものだ。馬で疾走すれば、半時もなく町の外周をひとめぐりすることが
「いざ、ここに来ると迷うね。 あらためて検討しよう。どれにする?」
自分たちが来た道がひとつ。
以前の分岐でも行ける方面に向かう
残りは先行する者たちが通らなかったとはいえない選択対象だ。
「この三本にひとつだと思うよ」
「――…。開始期日はおとといだったな」
「うん。彼らはもう、どこかへ
見失った痕跡をとりもどすまでをひと
移動中も人里にある時も情報収集をかかさない彼らだが、この町に
対象が特徴的な外見をしているので、宿を利用していれば、だいたいその方面の痕跡は残されている。
旅行者も、これという理由でもなければ、いちいちすれ違う人間を注意して見ていないものだし、見かけて
特定の情報にありつけることが得がたい幸運なのだったが、今回はその方面の収穫がなかった。
遅れをとるほどに情報は拡散し、
時には憶測や噂、客引きまがいの虚実といった、この上もなく無責任で
「どうしようか。手分けして確認する?」
「順にあたってみよう」
道は三本。規準をそれとするなら三択だ。
次の人里に、ふたりが通った痕跡が残されているかどうかなのだが、行ってみなければ確認しようがない。確認できるかもわからないという、やっかいな場面。
おりよく、その方面から来た人間や地元の住民が、望む情報を持っていればいいのだが、そんな幸運には、なかなか恵まれないのが現実というものである。
法具を使えるアントイーヴには、遠隔的に
その技を活用し、手分けして情報を集め、適当な場所で合流するのが効率的なのだ。
それなのにこの連れは、またいっしょに行動することを選んだ。
道中、野人や夜盗の徘徊が噂される街もあったが、いまここで別れて行動することに特定の危険がともなうわけでもなければ、なつかれている……ということもない。
はじめにその少年が疾走している馬の脚に追いついてきたことを考えれば、生半可な生きものより速く動けることはあきらかだ。
アントイーヴは、馬上にある少年の横顔をじっくり観察した。
道のひとつを見つめているのは、気丈な美少女と見まごうあかぬけた造作だ。
その頬は上気して、ごく淡い紅色なのに、目のまわりはうっすらと影がさしたように青い……。
輪郭もこころなしか青白く、病的に思えた。
一時期は汚泥のようであった周辺空間のゆがみは、もう
「どこか悪いの?」
「
「寝不足かい? 睡眠負債は体に良くないよね。それとも…――」
そこでアントイーヴは、あえて言語を変えた。
〔成長過程の
「おまえには関わりないことだ」
アントイーヴは、あきれ半分、
「まぁ、
〔おまえが形成したものに入っても、壊すのがオチだ。「先へゆく」〕
とかいいながら、その少年は、初めの一度以来、ひとりで飛びだすこともしないのだ。
二十日あまりもいっしょに行動していながら、いいかげんにして欲しいというのが本音だったが、口にするだけ無駄なようでもある。
その人が造る壁――無意味な警戒心がもどかしかったが、当面は軟化しそうにない。
そこでアントイーヴは、いま直面している問題にたち戻ることにした。
宿や物産店、雑貨屋やくちいれ屋などが
「じゃぁ、どれにする?」
「一番近いのは?」
「
「では、どれでもよい」
「…――しょうがない。はじから行こうか」
追跡対象が、この街に宿泊したのは四日前。
先をゆく者達の移動速度はそんなに速くなかったので、かなり間合いをつめている感触はあった。
手懸かりがないからと、ここでじっとしていてもしかたがないので、最悪の場合、往復を繰りかえすことを覚悟して、運を天にまかせたかたちだ。
「違っても、文句を言わないでくれよ?」
「責めるべき部分がなければ」
あるとも限らない情報を頼りに移動している人を追いかけているのだから、捕捉するまで迷うのはあたりまえだ。
しかし。
法印技術に通じ、困ったときに用いる手札をむやみやたらに備えているアントイーヴには、恐いもの知らずな能動性と、つかんだ情報に流されがちな経験の浅さがあった。
十五の時受けた適性考査も、難易度の低くない課題を
気のゆるみが危機的状況を呼びこみかねない状況下にあって、主導権をもって長旅をするのもこれが初めなのだ。
的外れな情報に流されて方向を
『本気で追う気があるのか?』と非難されながら、子供の遊びめいた占いで道を選択する……というような
いっしょに行動している
その頼みの少年はいま
「棒倒しもあてずっぽうも、あまり変わらないよ。はずれたら戻るんだから……」
さほどの熱意もなくこぼれたその反論は、つれない相手へ投げられた不平の発露だ。
はきちがえた方面に本音がひそむ苦情なので、言葉にした内容にさほどのこだわりがあるわけでもない。
「あの
手応えとして、当面は押そうと引こうと歩み寄ってくれる気がなさそうだ。
連れの
気分をいれかえて、
「こうしていても仕方ないね。行こうか」