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暗 影.8


 …——

 ふたりとも、昨夜起きた事は口にしなかった。

(この(ひと)は、夜、見たものをどう受けとめたのだろう?)

(この子はあの出来事をどのていどまで把握しているの?)

 それぞれに思うところがあっても胸に秘めたままカタチにはしない。

 言葉にしてしまえば、いまやっと(たも)たれている静かな関係が壊れてしまいそうな……そんな予感があったから。

(どう転ぶか、わからない。けど自分から話すようなことでもないよな……)

(探りを入れたらきっと警戒する。いま()れるのはりこうではない。そうね…。もう少し時間をかけてもいい。最初はそのつもりだったのだから……)

 暗に牽制(けんせい)しあいながら、ふたりは進む。

 馬車が二台、ようやく()きかえる(はば)の踏み土の(みち)

 左右に森がせまってくるその行路(過程)をななめに前後しながら。
 馬の首の分だけ先をゆく少年は、わずかに遅れてくる一頭の手綱(たづな)を意識して、手に(から)め直した。

 その素直さ・従順さが法具によるものか調教の成果なのかは(どこから来ているのかは)不明だが、《家》も考えて個体を選んでくれているのだろう。
 抵抗があるのは、手始めの()きだけで、あとは共にゆく一頭に(なら)って、惰性(だせい)で動いてくれる。
 その()を強く()き続ける必要はないのだが、それでもずっと捕捉していると、手綱を持つ手のひらに幾何(いくばく)かの違和感をおぼえた。

〔町は半日ていどの間隔であるのね?〕

〔ん。……一定じゃぁないけど、この方面は大体そう。夜型の人間もいるけど、たいていは朝、出発して、夕方()まる宿を決める〕

 答えた青磁色の髪の少年は、あふ……と。ねむそうなあくびをした。

 旅なれたものなら宿場をひとつまたぎ越えることも知っていたが、それは口にしなかった。

 朝も昼も、ゆっくり食べていられなくなるし、手綱をとる意思もない悠長な女性を連れていたのでは無理な話だ。

 出来ないことを口にしてもしょうがない。

 話せば乗馬を覚える気になってくれるかも知れなかったが、いまは、そんなことなどどうでもよかった。

 旅立てば、必ずしも順調に進めるとは限らない。
 ぎりぎりの行程なってしまうかもしれないが、この速度で進んでも期日には目指している街にたどり着ける。

 多少超過したとしても、数日程度であれば試験期間内にとりもどせるだろう。

 不本意であろうと手堅いのが一番なのだ。

 いろいろ思う事柄もあったが、試験の(ひょう)をにぎっているこの審査官に無理を()いるのは得策(とくさく)と思えなかった。
 なので最後の手段としてとっておくことにする。

 それはそれとしても。
 寝不足となれない労働をしたセレグレーシュの身体が、ぎしぎしいっていた。

 特に腰から上、肩や腕。それに指先が。

〔次の町についたら宿を決めましょう〕

〔うん〕

 連れの提案にうなずいた彼は、いま辿(たど)っている道筋を見すえた。

 体を休めたかったが、移動している理由を考えれば、そんなわけにもいかない。

 まだ起きていられたし……。

 また……嫌な夢を見そうな…――

 おなじことがくり返されそうな……さめやらぬ予感がくすぶっていたので、あくびは出るのだが眠る気になれないのだ。

 次の宿場についたら、きっと。すこしはおちついて――
 この連れからも離れて、ゆっくり休めるだろう。

〔もっと着替えが必要()る。外套も捨ててきちゃったし……〕

〔手に(はい)ればいいな〕

 少し前にすれちがった商業馬車の速度を追求されなかったことに、ほっと胸をなでおろしながら……セレグレーシュは、てくてくと地道に道程をこなした。




 ▽▽ 予 告 ▽▽

 次回、第六章 【追走~ついそう~】に入ります。

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