第16話 初めて
◇7月4日 PM2:15 修学旅行の自由行動
思考:大迫清人
この自由行動が一番のチャンスだ。
そして、全員の目的はある程度把握している。
俺の思考は言うまでもなく汐崎さんとペアになること。
そのために必要なのは全員の思考を理解し、そのうえで誘導するということだ。
海ちゃんの思考は俺と同じ。
この件に関してすでに話し合っており、男女に分かれて行動する流れにすることは知っている。
つまり味方である。
碧の思考も俺と同じ...はず。
俺が汐崎さんを誘った時点で意図は伝わっている。
しかし、人妻を狙うという倫理的な観点から考えればNGな事象を食い止めるためにわざと汐崎さんと組もうとする可能性は0ではない。
実際、最近俺が汐崎さんを狙っていると発言すると「やめておいたほうがいい」というようになっていた。
汐崎さんの思考は恐らく安全。
俺の誘いに乗ってくれたのも、狙いがあったからだ...。
俺の男女に分かれて行動作戦そのものに乗ってこない可能性が高い。
しかし、三人がこの作戦に乗る場合は別だ。だが、そうなった場合の保険が我が相方である山口碧だ。このクラスで最も害のない人間。
人妻になってもまだ...いや、なお彼女の人気は高まっていた彼女を狙う人間も少なくない。だからこそ、最も安全な碧に逃げるようにこの班を選んだんだ...と思う。
総合的な図式でいれば2:1:1...。
つまり勝算は...高い!!
「せ、せっかく男女2人ずついるわけだから自由行動は男女に分かれない?」
「「「いいよ」」」
この時点で少し予想を外されて驚く。
てっきり汐崎さんは反対すると思っていた...。
まぁ、乗ってきてくれるならそれに越したことはない...。
「じゃあ、その...別れ方なんだけど...俺は汐崎さんと組みたいんだけど!どうかな...?」
「うん!いいよ!よろしくね、清人くん!」と、天使の笑みを浮かべる。
「え!?」と、誘ったくせに驚いてしまう。
「じゃあ俺は七谷さんとだね...。よろしく」
「うん...こちらこそ...」
こうして、俺の一人頭脳戦は幕が閉じるのだった。
◇同日 PM7:15
「ただいまー」
「おかえり!」と、いつもと変わらない笑みで出迎えてくれる。
そうして、おいしそうなご飯を二人で食べる。
「部屋なんか暑くない?」
「そうかな?」
「気のせいかな?...そういえば、ごめんね。修学旅行の件」
「二人で周れないのはちょっと悲しいけど、大丈夫!」
「うん...。そうだね」
「本当に思ってる?私の目がないからって海ちゃんとイチャイチャしちゃだめだからね?」
「しないしない。大丈夫」
「本当かなぁ??」
七谷さんに見つかったあの日、俺は一つの条件を突き付けられた。
それが修学旅行の自由行動で二人の時間が欲しいというものだった。
最初は反対していた真凜ちゃんも、「そもそもこのデートも汐崎さんが無理やり行ったものでしょう」と指摘されて仕方なく首を縦に振らざるを得なかった。
「大丈夫、大丈夫」と返事をすると、「そうだとうれしいなぁ~」と元気なく笑う。
すると、いつもより早くご飯食べ終えて寝室ではなく勉強部屋に行く真凜ちゃん。
こうして同棲して3週間ほど経つと、いつもより元気がないとか少しわかるようになっていた。
そっとしておいたほうがいいかもと思ったものの、やっぱり気になってしまったので、部屋のドアノブに手をかけると、すすり泣く声が聞こえる。
「真凜ちゃん?」と、ゆっくりと扉を開けると、真っ暗な部屋で唇を噛みしめて泣いている真凜ちゃんの姿がった。
「ど、どうしたの!?」
すこしびっくりした顔をして俺を見つめる。
すぐに涙を拭うと「何でもないよ!」と虚勢を張る。
「...何でもないわけないじゃん」
するとまた少し唇をかみながら「大丈夫、大丈夫」と無理に笑う。
「ごめん。俺のせいだよね。中途半端な態度とって...」
「ち、違うの!私が悪いの!碧くんが少しずつ歩み寄ってくれてるのはわかってる...。それに海ちゃんも...修学旅行で碧くんの気持ちが動かなければ諦めるって言ってたし...。だけど...もし...海ちゃんが良いって思ったならちゃんと言ってほしい。諦められるかは分からないけど...」と、いつになく自信なさそうにそんなことを言う。
「...ごめん」
「ほら...。今だって碧くんに謝らせて...。...私...恋愛とかしたことないから...どうしたら好きになってもらえるとかわからなくて...、私が好きってことばっかり伝えちゃって...、いっつも空回りしてるから...嫌われちゃってるんじゃないかって...」
「...嫌いなんかじゃないよ。けど、俺も誰かに好かれるなんて初めてだから...」
「わかってるの...全部わかってるのに...不安で...もうこんな自分が嫌なの...」
ここで彼女を抱きしめて、大丈夫だよと言ってあげるのが正解なのかもしれない。
けど、そうできない自分がいる。
こうしたほうがいいからとか考えている時点で演じてしまっている気がするから。
「俺は...」と言った瞬間、そのまま視界がゆがみ始めてそのまま倒れてしまうのだった。