第17話 地獄と天使様
母は元舞台役者、父は元歌手の家に生まれた。
その影響もあり、家には色んな楽器や色んなドラマに映画が置いてあった。
俺が生まれてからは普通の会社に転職し、趣味程度になっていたようだった。
そうして、妹が生まれてからはさらに忙しくなり、俺に構ってくれる時間は短くなっていた。
すると、必然一人になった俺は楽器を触ったり、映画やドラマを見るようになった。
楽器は本当に一つの暇つぶしに触れる程度だったが、ドラマや映画にはどっぷりとはまった。
はまった理由は恐らく何もいらないからだ。
役者一人いればどんな世界も表現できる。そんな自由さは一人の自分にはちょうど良かったのだ。
そうして、誰かの真似をするようになり、次第にその世界にあこがれた。
けど、母も父も忙しそうでそんなことをやりたいなんて言い出すこともできずにいた。
そんな6歳の誕生日のこと。
どんなプレゼントもらえるのかと楽しみにしていると、渡されたのはとあるキッズモデル事務所のパンフレットだった。
「え...」
「こういうの興味あるんだろ?」
「...うん!」
きっとそれはどんなプレゼントより嬉しかった。
それから以前より一層演技というものにハマっていった。
元々の素質と、一人の時間で培った努力により俺の演技はほかの子供と比べても段違いだった。
そうして1年ほどレッスンを受けたとき、とある映画の主役の話が来た。
といっても、デビュー作ということもあり、無名の監督と無名の役者ばかりの単館映画であった。
それが後に名作B級映画として語られる作品になった。
その映画が放映後、映画の関係者の目に留まり高く評価をしてもらい次回の映画も決まった。
そのことを父も母も喜んでくれた。
そんなある日のことだった。
久しぶりに母と二人で出かけているときのことだった。
いつも通り渋谷の交差点の信号をお母さんと一緒に歩いていた。
「今日何食べたい?」と、ニコニコの母。
「うーん...ハンバーグがいいな!」
「そっか。じゃあ、あそこのお店の...」
「お母さんの作ったハンバーグがいい!」
「...そう。本当...碧あおいはいい子ね」と、お母さんは俺の頭をなでる。
そして俺はつないでいた手を離し、交差点を走る。
「危ないよ」
「大丈夫!大丈夫!」
信号は間違いなく青かった。
だって、周りの人もたくさん歩いていたから。
その瞬間、横からものすごい音と悲鳴が聞こえる。
ふと、横を見ると物凄いスピードで中型トラックが突っ込んできたのだった。
避けようと思ったが、体は動かなかった。
それは一瞬の出来事であるはずなのに、ゆっくり見える。
まさに走馬灯だ。
けど、ゆっくりでも確実に車はこちらに近づいてくる。
運転手の顔がはっきり見えた。
その顔は今でも忘られない。
なんとも言えないとてつもなく歪な笑みだった。
「危ない!!」という母の声とともに意識が飛んだ。
その後のことはあまり覚えていない。
気づいたときには病院のベットの上だった。
母が死んだ。俺のせいで。
それからは本当にあっという間だった。
父や妹たちからは恨まれ、ほぼ病院にくることもなかった。
退院後、父が再婚しその再婚相手の母からも小言と暴言を吐かれるようになり、次第に妹たちからもいじめられるようになった。
俺の部屋はなくなり、逃げるように天井裏に隠れた。
それが小学校の卒業くらいの話だ。
俺が中学に上がるころには妹たちは目覚ましい活躍をするようになった。
一人は陸上選手として、一人は歌手として。
反対にすべてにおいて中の下の俺という存在が気に食わないのか、ネグレクトはさらに加速するようになった。
まるで俺は透明人間になったように無視をされた。
そんな生きているのか死んでいるのかもわからない世界が俺のすべてだった。
その地獄から救ってくれたのは文字通りの天使様だったのだ。