14.『ゲリラ』
私は浜崎 春代。
テルガド共和国日本大使館の職員で、今回の通訳案内者だ。
大学はこちらのに通った、筋金入りといえば入りの外交官だ。
SUVの中は、快適だった。
イスの中にしっかりした骨格とスプリングを感じる。
こんなに疲れないイスは初めて。
包むのは白い牛革のように見えた。
ドアやダッシュボードには木目パネルが使われている。
落ち着いた、高級感ある内装だと思った。
シートは3列。
運転席以外は向かい合わせになっている。
一番安全な真ん中の列に、前藤官房長官。
さっきまで隣の秘書と書類を読んでいた。
だが今は、車酔いしたので外をながめている。
その目が、なんだか真剣そうに見えた。
道路のすみからすみまで見たいのか、視線を忙しくしている。
この車の窓は開かない。
防弾ガラスはそれだけ重く、ブ厚いからだ。
他の国の同種の車両には、絶対ない装備もある。
官房長官のすぐ上、天井には大きなボタンがある。
彼の異能力を生かすための、極めてシンプルな装置が。
そういえば・・・・・・。
「あの、官房長官はテルガドは二度目なんですよね」
私に振り向いた。
「ええ、200X年の海外派遣の時。この道路も二度目です」
その答えに、私は面食らった。
「二度目ですか」
「取材して本にしました。
自衛隊が作るときいてね。
今のテルガド内閣が決まった選挙の時です。
その時は、選挙に間に合わせるための砂利道でした」
その選挙のあと、しばらく平和な時代が続いた。
「後にその道はテルガドが舗装し、重要な街道筋となったと聞いたのですが、残念です」
そうだ。
この国は貧しい。
どこに予算をつぎ込んだとしても、そもそもの予算が少ない。
格差社会が続いた間に、鉱山関係以外の産業や教育などの福祉は、ずっとすみに追いやられてきた。
そして世代が替わるほどの時がたっても、格差と不公平感、そこから産まれた憎しみは消えない。
その結果、この国は政府軍とゲリラによる戦闘が、再びはじまった。
「グッ」
短いゲップのような音がした。
その音とほぼ同時に、天井のボタンが激しく叩かれた。
前藤官房長官が、大慌てで叩いたのだ。
ピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーーピーー
せんたく機のエラーの音、電子的なブザーが、大音量で鳴り響く。
私は耳をふさいだ。
と同時に、私が後ろへ押し付けられた。
同時に、官房長官と秘書がこちらに倒れ込んだ。
車が急発進した!
その直後、後ろに光が走った。
ドン!
重たい衝撃音。
ロケット砲が打ち込まれたと後で知った。
泥のなかに突っ込み、爆発は閉じ込められていた。
ダダダダダダダダダ
外から、銃声が絶え間なく聞こえる。
セカンド・ボンボニエールには、ミニガンという弾丸をたくさん撃つ銃が着いている。
その音か。
キキー!
急発進は急停止で終わった。
セカンド・ボンボニエールたちの、私たちを逃す作戦計画は、失敗した。
ドンドン
銃声が止まらない。
ボンボニエール隊は逃げるのをあきらめ、戦うことを選んだようだ。
私はドアを開けて逃げようとした。
「よせ!」
秘書官に止められた。
彼は、いまだにへたり込んでいる官房長官を抱えている。
ドーン!
ひときわ大きな爆発を感じた。
「キャー!」
痛い!
車の後方が無理やり持ち上げられ、落とされた。
ロケット砲の直撃だ。
秘書官は正しかった。
イスが押し上げられて固まり、防弾ガラスに無数のひびが走る。
ドアを開けていたら、この爆風にさらされていたに違いない。
そして思いだした。
今回の仕事で忘れてはならないことの一つ。
官房長官は異能力者だ。
取材中に銃弾を受けた腹の傷。
そこが、危機が迫ると痛むのだ。
傷が痛んだ時は、柱のボタンを押して危機を皆に知らせる。
そしてもうひとつ気づいた。
私は、パニックにおちいっていた。